第2章

第46話 ガチの拉致?

 狂信者量産事変……もとい、環拉致誤報事件の翌日。


「はぁっ、何度見ても素敵ですわ兄様ぁ……」


 放課後になっても、環はスマートフォンで昨日の動画を眺めながらうっとりとした表情を浮かべていた。

 もちろん、繰り返し見ているのは庸一が活躍している場面だ。


 もっとも、黒が渡したデータの時点でほとんど全編が庸一活躍シーンなのだが。


「わたくし、囚われのお姫様のような他人任せなキャラはあまり好きではなかったのですけれど……いざなってみると、悪くないものですわねぇ」


『ぐむ……』


 環の発言を受け、黒と光が小さく呻く。


「コヤツと発想が被るとは……妾までイカレてしもうた気分になるではないか……」


「実は、私もちょっと思っちゃってたんだよなぁ……前世では、助ける方ばっかりだったし……でも、環と同じ思考をしてしまうとは……」


「ちょっと二人共、聞こえていますわよ?」


 半笑いを浮かべる二人を、環がジト目で睨んだ。


「……まぁ、ともあれ」


 しかし、すぐにその目元も緩む。


「遅くなりましたが、お二人にもお礼を言っておく必要はありますわね。誤報だったとはいえ、昨日はわたくしのためにありがとうございました」


 そして、ふわりと微笑んだ。


「お、おぅ……」


 黒が、何か奇妙なものでも見るような目を環に向ける。


「なんですの?」


「お主から素直に礼を言われると、なんちゅーかこう背中の辺りがゾワゾワッとしてのぅ……」


「失礼な」


 環、再びジト目。


「環は、礼節弁えてるからな。礼を言うべきとこでは、ちゃんと言うさ」


 と、庸一からフォローが入った。


「まぁ確かに、前世で一緒に旅をしていた時もしっかりしていたしな。だからこそ、兄に関わるとここまでバグるとは思っていなかったんだけど……」


 言葉の途中で、光の表情がまた半笑い気味となる。


 なんて、このメンツにしては比較的穏やかに帰路を歩んでいたところ。


 一目で高級車とわかる黒塗りの車が、静かに横合いへと停車した。


 やや荒々しく、左右後部座席と助手席のドアが開く。

 そこからそれぞれ一人ずつ、計三人の男が出てきた。


 スキンヘッド、パンチパーマ、オールバックと髪型こそ違うが、全員が強面であることは共通している。

 また、顔にいくつもの傷があるという点も同じであった。


(ふむ……まぁ、どう見てもカタギの者ではない……が……)


 見た目というよりは、身に纏う雰囲気から黒はそう判断する。


「失礼。兄さん、平野庸一さんで間違いないですかい?」


 男の一人が、庸一へと話しかけた。


「えぇ、そうですが?」


 庸一は、特に動揺もなさそうな素の調子で答えている。


 その間に、残りの二人は庸一を中心とした三角形を描くような位置へ。


「ちょっと、我々と一緒に来てもらってよろしいですかねぇ?」


 形こそ尋ねる口調であったが、明らかに『逃さない』という意思が感じられた。


「わかりました。乗せていただいても?」


「えぇ、もちろん。こちらへどうぞ」


 やはり平静に頷く庸一に対して、男はニコリと微笑んで後部座席を手の平で指す。


 笑うと余計に顔が厳つい印象になって、もしここに赤子がいれば泣き出すこと必至と言えよう。


「では、失礼して」


 しかし庸一は少しも躊躇を見せず、あっさりと車の後部座席に乗り込んだ。


「ご協力に感謝しやす」


『しやす!』


 揃って、庸一に向けて一礼。


「お騒がせしやした」


『しやした!』


 続いて、環たちの方に向けてもう一礼。


 それから、男たちもそれぞれ車の中に戻る。


 後部座席は庸一を挟んで両側に男たちが乗る形であり、やはりどうあっても逃がさないという意思が感じられた。


(もっとも、ヨーイチの方にも逃げる意思なぞないじゃろうが)


 でなければ、ここまであっさりと車に乗り込みはすまい。


 なんて黒が考えている間に、車はまた静かに発車する。


『………………』


 その場に訪れる、沈黙。


「よ……」


 それを破ったのは、光であった。


「よ、よ、よ……」


 車が走り去った方向と黒たちの方を交互に見ながら、口をパクパクさせる。


 たっぷり三秒ほど、そうした後。


「庸一が拉致られたんだがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 驚愕の表情で、叫んだ。


「どどどど、どうする!? どうすればいい!? 警察か!? 警察に連絡すればいいのか!? それとも、乗り込むか!? ヤクザのとこ、乗り込んで大丈夫か!?」


 スマートフォンを取り出すも、滅茶苦茶に取り乱しておりどうすれば良いのかわからない様子だ。


「やかましいのぅ……ほれ、これでも飲んで一旦落ち着くがよい。ハーブティーにはリラックス効果があるでな」


 眉根を寄せながら、黒はペットボトルを光へと手渡す。


「あ、あぁ、ありがとう……」


 光は素直にそれを受け取り、キャップを開けて口を付けた。


「ふぅ……これ初めて飲んだけど、思ってたより美味しいな」


 残っていた分を一気に飲み干し、ラベルに目を向ける。


「……って、言っている場合か!?」


 そして、空のペットボトルを力強く地面へと叩きつけた。


「光さん、ポイ捨ては感心しませんわよ?」


 眉を顰めて、環がそれを拾う。


「いや、だから言っている場合か!?」


 そんな環へと食って掛かる光。


「というか、光さん……聞いている限り、昨日わたくしが拉致されたかもしれないという報を受けた時と随分態度が違うのでは? はぁ、所詮前世でのパーティーメンバーよりも男ということですのね、浅ましい」


「君、どの口で……! いや、というか、今回は目の前で実際に拉致られているじゃないか!? それに君の場合は魔法もあるからどうとでもなるという確信があるけど、庸一は身体能力だけじゃ限界が……!」


「光さん」


 言い募る光を、環が静かな声で遮る。


「昨日の己の発言と少々矛盾はしますけれど……あまり、兄様を舐めない方がよろしいですわよ? 兄様は、前世でも身一つで冒険者稼業を立派にこなされていたのですから」


「それはそうかもしれないけど……な、なぁ、魔王!?」


「知らんがな、急にこちらに振ってくるではないわ」


 助けを求めるような光の視線に対して、黒は迷惑そうな顔であった。


「ま、ヨーイチのことなら別に心配いらんじゃろ。ヤクザと揉めるのも、初めてではないし……」


 言いながら、黒はチラリと環の方を窺う。


 一瞬だけ目を合わせたが、環は特にリアクションを返すこともなく視線を逸らした。


「……?」


 そのやり取りの意味がわからなかったのか、光は疑問符を浮かべる。


「いや、というか……魔王はともかくとして、環のその反応は意外だな? てっきり、即座に悪霊をけしかけるくらいはするかと思ったんだが……」


「相変わらず脳筋ですわねぇ……そんなことをすれば、兄様まで危険に晒してしまうではありませんの」


「それはまぁそうなんだけども……本当に冷静だな君、どうしたんだ……?」


 意外を通り越して、光が環に向ける目は未知の生物を見るようなものであった。


 環は、小さく嘆息する。


「どうしたもこうしたも、今のは──」

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