第45話 妹の願い、兄の想い

「わたくしのために自らを危険に晒すのは、もうやめてくださいまし」


 環は、そう言葉を重ねた。


「見ての通り、わたくしは一人でも大抵の状況を乗り切れる自信がありますから」


 冗談めかして、力こぶを作るポーズ。


「ですから、兄様……」


 上げたばかりの腕が、力なく下がっていく。


「前世でのようなことが、またあれば……わたくしは……」


 それが最期の時を指していることは、明白であろう。


「わたくしは……」


 目尻に浮かんできた涙を、環はそっと指で拭った。


「環……」


 環の気持ちを考えられていなかったことを、庸一は今更ながらに反省する。


 確かに、前世では自分を助けに入った兄が目の前で殺されたのだ。

 トラウマになっていてもおかしくはない……というか、むしろなっていて当然とすら言えよう。


 普段はあまりそういった面を見せないが、きっとずっと抱えて続けている感情なのだろう。


 それでも。


「悪いが、それは出来ない相談だ」


 庸一は、ハッキリとそう言い切った。


「俺は、何度だってお前を助けるために駆けつける」


 そう……迷いなく、駆けつける。


 今回のように。


「たとえ、お前の方が強かろうと」


 前世でも、現世でも。


「たとえ、自分の命を懸けることになろうとも」


 ずっと、そうしてきた。


「言ったろ?」


 なぜならば。


「それが、お兄ちゃんってやつなのさ」


 兄は、妹を守るものだから。


 少なくとも庸一は、そう決めていた。


「兄様、でも……」


 環の顔は、曇ったままだ。


「ま、とはいえ心配すんな」


 だから、庸一は殊更明るく笑う。


「俺だって、好きで死にたいわけじゃない。この平和な国に生まれたのに身体を鍛えまくったのだって、今度こそ死なないためってのが大きいしな」


 冒険者として活動する中で自然と鍛えられていった前世と違い、現世では赤ん坊の頃から出来る範囲で意識的に鍛えてきた。


 現代の、科学的なトレーニングも取り入れた。

 身体能力は、前世の頃を大きく上回っているはずだ。


 加えて前世で数多の魔物と戦ったことによる命懸けの実戦経験は、この世界ではほとんどの者が持たないものであろう。


「約束するよ」


 自信はあった。


「今度こそ」


 そしてそれ以上に、覚悟があった。


「お前を守って……その上で、俺も死なないってさ」


 全部、言葉に乗せる。


「兄様……」


 環が、目を見開いた。


 それが、徐々に細められていく。


「ふふっ、兄様は欲張りですわね」


「知らなかったか? 前世の頃から、結構欲張りだったんだぜ?」


 互いに、微笑み合う。


 しばらくそのまま、見つめ合っていたところ。


「あの……雰囲気作ってるとこ悪いのだけど」


 光が、言いにくそうに声を上げた。


「これ、どうするんだ……?」


 彼女がチラリと目を向ける先では。


「なんと尊い兄妹愛……!」


「やはり、兄妹愛こそが世界を救う……!」


「兄妹愛最高……! 兄妹愛最高……!」


 信者たちが、感涙と共にそんなことを叫んでいた。


『………………』


 庸一と環は、再び顔を見合わせる。


「……帰るか」


「はいっ、兄様!」


 それから、踵を返した。


「君たち、見なかったことにしたな……」


 そんな二人に、光がジト目を向ける。


「実害なさそうだし、まぁいいんじゃないか?」


 未遂とはいえ妹を害そうとした相手なので、庸一も割と辛辣であった。


「モロに人格に影響が出ている気はするんだが……」


「あぁ、安心なさって? 今は悟りを開いた興奮でこのようになっていますけれど、しばらくすれば普通に生活出来るレベルに落ち着きますので」


「一応そこは配慮されてるんだな……あと、この状態のことを『悟り』って言うのはやめてもらえないだろうか……」


「兄妹愛に対する信仰が物事の基準となるだけで、性格の変化もそこまでではないはずです」


「それを『そこまでではない』で済ませるのは無理があるのでは……?」


「それに、前世で緊急時にやったアレコレに比べれば可愛いものでしょう?」


「まぁ、それもそうか。ていうかよく考えたら、兄妹愛に対する信仰の有無で行動が変わる場面なんてそうそうなさそうだしな」


 光も納得した様子である。


「えぇ……? 何なんじゃ、コヤツらの倫理観……怖っ……ネタで言うとるんじゃよな……? なっ……?」


 一人、黒だけはドン引きの表情であった。


「いやぁ、しかし久々に暴れたなぁ」


「兄様のご活躍をこの目に焼き付けられなかったことだけが残念ですわ……」


「あぁ、そういうことなら安心せぇ。ウチの者が、ドローンでずっと撮影しとったからの」


「やりますわね、魔王! 後で動画データをいただきますわ!」


「ていうか君、それは盗さ……いや、それも庸一公認ということか?」


「いや、俺は知らねぇけど……」


「じゃあやっぱり普通に盗撮じゃないか!?」


「くふふ、ウチの者は妾の活躍を記録しとっただけじゃが? そこにたまたま他の者が映っておったとして、何が問題じゃと言う?」


「くっ、詭弁を……! あと、それはそれとして私も動画データが欲しい……!」


「光、お前……」


「あっあっ、違うんだ庸一! これは、その……そう! 一武芸者として、君の動きを参考にしたくてな!」


「浅ましい言い訳ですわね……」


「浅ましい言い訳じゃな……」


 なんて、四人はすっかりいつもの調子に戻って倉庫を後にする。


『兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高!』


 スタンディングオベーションで滝のような涙を流す男たちには、決して目を向けないようにしながら。









―――――――――――――――――――――

しばらくの間、更新頻度を落とさせていただきます(週2回程度を想定)。

楽しみにしてくださっている皆様におかれましては、誠に申し訳ございません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る