第44話 端的に言って、狂気
黒が言葉を失い、庸一を茫然自失の状態にさせた光景。
それは──
「さぁ皆さん、叫びなさい! さすれば救われます! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高!」
『兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高! 兄妹愛最高!』
何やら神輿っぽいものの上で扇動すると環と、それに従って狂ったように叫ぶ男たち……というものだった。
端的に言って、狂気しか感じられなかった。
全体的に。
「お、おぅ……これ、完全に宗きょ……」
「黒、それ以上は言わないでくれ……」
「もうほとんど全部言うたし、口にせんかったからっちゅーて現状が変わるわけではないからな?」
力なく首を横に振って現実逃避する庸一を、黒がジト目で睨む。
「ちゅーか、何をしたらこの短時間でこんなことになるんじゃよ……ま、まぁ、名だたる宗教家っちゅーのは異常な程の人心掌握力を持つっちゅーしな……いや、にしてもって話じゃが……」
何やら、悩ましげにブツブツと呟く黒。
「兄妹愛最高! 兄妹愛最こ……っ!?」
とそこで、環の視線がこちらに向けられた。
同時に男たちも『兄弟愛最高』コールを止め、一糸乱れぬ動きで一斉に振り返ってくる。
その視線の『圧』に、庸一と黒は思わずビクッとなった。
先程まで熱狂していた彼らが、完全に無表情になっているので尚更だ。
ほぼ、ホラー映画のワンシーンである。
「皆さん、御覧になって!」
先の狂乱が嘘だったかのようにシンと静まり返る倉庫内に、環のよく通る声が響いた。
「兄様がご降臨なされましたわよ! ひれ伏しなさい!」
環の声に従い、男たちがこれまた一糸乱れぬ動きで素早く五体投地の姿勢となる。
「おぉ、兄よ……!」
「偉大な兄よ……!」
「母なる兄よ……!」
祈りを捧げるかのように、厳かな声を上げる男たち。
「えぇ……? 何だよこれ……何これ……」
庸一、ドン引き・オブ・ドン引きである。
「神よ、的なテンションじゃとしてもちょっと……いや、だいぶアレな光景じゃな……ちゅーか、母なる兄とかもはやどういう意味じゃよ……」
もちろん、黒も同様の表情であった。
そんな中……タタタタタッと、外から軽快な足音が近付いてくる。
「ふはははは! 全ての追っ手を倒し、私が再び参戦! こういう場面じゃ、味方がピンチに陥っていると相場は決まっておわぁ!? なんだこれぇ!?」
勢いよく飛び込んできた光が、驚愕の表情で勢いよく跳び退いた。
「おぅ光、よく来てくれた……ピンチだ……それも、かなりの……助けてくれ、勇者様……」
「こういう方向性のピンチは想定していないんだが!? 勇者様、こんな状況初めてすぎてどうすればいいかわからないんだが!?」
光、大混乱である。
さもありなん、といったところであろう。
そんな一同の方へと、神輿的サムシングから降りた環が歩み寄ってくる。
「時に兄様、こんなところでどうされたのです?」
「うん、そっくりそのまま返すわ。お前、何やってんの? いや、マジで何やってんの?」
「あぁ、この信者たちのことですか?」
「もう信者って言っちゃったよ」
男たちを振り返る環に、庸一は半笑いを漏らした。
「実は兄様と別れた後、先日兄様に喧嘩を売ってきた不埒な輩どもと会いましたので」
「あぁ、うん」
そこまでは、世紀末的価値観男が言っていた話と同様だ。
「少々、洗脳致しました」
そして、一瞬でだいぶ乖離した。
「待て、過程を飛ばすな。いや結論も大概おかしいけど、とりあえず過程をちゃんと話してくれ」
頭痛を感じてきて、庸一はこめかみの辺りを軽く手で押さえる。
「はいっ、兄様がそうおっしゃるのなら!」
一方の環は、ふわりと微笑んだ。
その笑顔だけを見れば、まる優雅なティータイムに談笑でもしているかのようだ。
もちろん、彼女の後ろには多数の男たちがひれ伏し未だ「兄よ……!」と唱え続けているという地獄絵図が展開されたままである。
「どうやら最初は、わたくしを人質にして兄様を脅すつもりだったようなのですけれど」
「うん」
ここまでは、わかる。
「とりあえず、返り討ちにしまして」
「うん」
ここも、わかる。
「少々拷問したところ、他にも兄様を付け狙っている塵芥が多数いるということでしたので」
「うん」
少々物騒な単語が混じった気もするが、許容範囲内だろう。
「洗脳しました」
「うん?」
途端に、わからなくなった。
「悪いんだけど、もうちょっと詳細に話してもらえるか?」
庸一は、極力優しい声色を意識しながら問いを重ねる。
「わたくしが再起不能なまでに全員叩きのめしたところで、兄様を付け狙う意思まで折れるかは微妙でしょう?」
「流石に、再起不能なまでに叩きのめしたら諦めるんじゃないか……? 物理的な理由で……」
「それにわたくし、思うのです。人を救うのは、愛だと」
「うん、まぁ、それはそうかもしれないな」
ここだけを聞けば、まるで暴力に愛で応えようとする聖女のようだ。
「ですので、兄様への愛を叩き込みました」
もちろん、そんなわけはなかった。
「あー、なるほどな? ようやく、ちょっと理解出来てきたぞ? 納得は一ミリも出来ねぇが、理解は出来てきた」
頭痛も増してきたが。
「つまるところ、こいつらを自分の信者にすることで俺への敵対意思を無くしたってわけだな?」
「わたくしの信者ではなく、わたくしと兄様の愛に傅く信者ですわ」
「………………あぁ、そう」
「魂にまで信仰を刻み込みましたので、そうそう解けるものではありませんわよ」
「………………あぁ、そう」
ここはツッコミを入れても無駄だろうなと思い、スルーしておく。
「あぁ、安心なさって? 外の方々も、ちゃんとこの後で全員『教育』して差し上げますので。とりあえず、幹部とか名乗って偉そうにしていた連中たちに関しては概ね仕上がりましたし」
「別にそんなとこは心配してないっつーか、やめてやれ……」
既に手遅れな者は仕方ないとして、新たな被害者を出すのは避けたかった。
主に、この地獄をこれ以上拡散させたくない的な意味で。
庸一への敵意を削ぐという意味でも、幹部連中がこのザマなら恐らく大丈夫だろう。
「それで、兄様はなぜここに?」
再び問いかけてから、環は黒と光の方へとチラリと視線を向ける。
「わたくしと兄様の愛の巣に、招かざるものまで来ているようですけれど」
「さっきの話を聞いた後だと、『愛の巣』って表現があながち間違いでもない気がしてくるのが絶妙に嫌だな……」
「妾たちとて、こんなところじゃと思うて来たわけではないわ……」
言葉通り、二人はとても嫌そうな顔していた。
「……ま、何せよお前が無事で良かったよ」
「兄様……?」
環の頭をぽんぽんと撫でると、環は不思議そうに首を傾ける。
「……もしや」
それから、ピンと来た様子で表情を改めた。
「わたくしの身を案じて、来てくださったのですか?」
「あぁ、まぁな。結局、必要なかったみたいだけど……いや、この地獄絵図をこれ以上拡散するのを止められたって意味では必要だったのか……?」
庸一の返答、その後半はほとんど独り言だ。
「私たちは、環なら大丈夫だろうって言ったんだけどな」
「まぁ結果的に、ある意味では大丈夫ではなかったわけじゃが……」
光が苦笑気味に、黒が半笑いで、それぞれそんなことを口にする。
「君が拐われたって情報がもたらされてからの庸一の動揺っぷりと焦り方、君にも見せてやりたかったよ」
「よせよせ、そんなことをすれば調子こいてマウント取ってくるだけじゃ」
高笑いを上げる環の姿が、庸一の脳内にもありありと映し出された。
が、しかし。
「……兄様」
実際に環が浮かべたのは、やけに真剣な表情。
「兄様のそのお気持ちは、とても……本当にとてもとても、嬉しいのですけれど」
小さく、口元が笑みを形作って。
「そのようなことは、もうやめてくださいまし」
環は、それをどこか切なげなものに変化させた。
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