第43話 辿り着いた先に

 その後も黒は、進路を塞いでくる男たちを適当にやり過ごし。


「おっ、ヨーイチの奴がおったな」


 少し先に、庸一の姿を発見する。


 周囲には、気絶した男たちの山。


「吐け……環はどこだ?」


 意識を保っている者の襟首を引っ掴んで詰問している様から、大体の状況は察せられた。


「お、俺たちにこんなことしていいと思ってんのか……!? 俺らのバックには、ヤクザが……」


「知るかボケ、こちとら中二の時にヤクザの事務所にバイクで突っ込んでんだよ」


「そういやそうだった!? こいつら完全に頭おかしいんだったわ!」


「妾まで一緒にするでないわ」


 ツッコミを入れながら、庸一の隣に並ぶ。


「つーかそんなことはどうでもいい、環はどこだって聞いてんだ」


 しかし恐らく黒の到着にも気付いていない様子で、庸一はガクガクと男の身体を揺らしていた。


「て、てか、さっきから誰だよ環って……!?」


「可愛くて美人で気立てもいい最高の女だよ、ここにいるんだろ?」


「そんな抽象的な特徴言われても……」


「あぁん? 可愛くて美人で気立てもいいってのが嘘だってぇのか?」


「誰もそんなこと言ってないだろ!?」


 どうやら、熱くなりすぎで頭があまり回っていない様子である。


「先頃、お主らが拐った? 女のことじゃよ」


 このままでは埒が明かないと思い、黒が助け舟を出した。


「さ、拐った女? そんなの、知らな……」


「とぼけるつもりか?」


「いやマジで……あっあっ、もしかしてアレか!?」


 引き続き庸一にガクガク揺すられる中、男が何かを思い出したような表情に。


「ちょっと前に、ボスたちと一緒に来た女が……でも、あれは拐われたっていうより……」


「余計なこと喋んな、どこにいるかだけ言えばいいんだよ」


「わ、わかったって! 確か、ボスや幹部連中と一緒に第三倉庫に……」


「第三倉庫どこ」


「む、向こうの一番端っこのやつだよ……ここから真っ直ぐ行けば……」


「よしっ!」


 最後まで聞くことなく、庸一は男を放って駆け出す。


「マジで熱くなっとるのぅ……」


 若干呆れ気味に呟いてから、黒もそれに続いた。


「うおぉぉぉぉぉぉ! この先に行かせてなるものか!」


「うるせぇ、邪魔すんな」


「ぐぇっ!?」


 庸一は、行く手を阻む者を殴り飛ばしながらほとんどスピードを緩めない。


「ふっ……よくぞここまで来たぶげっ!?」


「おいおい、勘弁してくれよ。俺にまで出番が回ってくるなんほぎゃっ!?」


「よくぞここまで来た、俺はここまでの奴らとは格が違もがっ!?」


「我こそは四天王最強のおとごほぁ!?」


 何やら個性的な面々が挑んできているようだが、庸一の選択肢は『殴り飛ばす』一択であった。


「あそこが第三倉庫か……」


「ふむ……間違いないじゃろうが、ここに来て一人の見張りもおらんというのも妙じゃのぅ……何かの罠か……?」


 一応相槌を打ってはいるものの、聞こえているのかいないのか。


「環……! 無事でいてくれよ……!」


 庸一は必死の形相で、祈るように呟いている。


(この顔……出来れば、妾が助けられる側で見たかったものじゃのぅ)


 黒としては、そう思わずにはいられなかった。


(くふ、この妾が囚われのお姫様に憧れる日が来るとは)


 黒も普通の学生同様、小説も漫画も読むし時にはアニメを観ることもある。

 自宅に大シアターが存在するので、映画だって見放題だ。


 それなりに多くの作品に触れてきたと思っているが、ただ主人公の助けを待つだけのヒロインはあまり好きになれなかった。

 というか、見ていて少し苛立つのだ。


 なぜ、自身の未来を他者に委ねるのか。

 自らで切り開いていくからこその人生ではないのか。


 そんな風に思っていたし、黒は自分ならそうすると信じて疑っていなかった。


 もっとも、それらは庸一と共に過ごすようになってから培われた価値観だったが。


 彼に会う前の黒は運命に流されるまま過ごしていた少女であり、待っているだけのヒロインに近い性格だった。

 あるいは、過去の自分と重なるがゆえに苛立ってしまうのかもしれない。


 そして。


(くふふ、妾も女の子じゃったっちゅーことか)


 その価値観を揺らがせるのも、やはり庸一であった。


(……なるほど? 魂ノ井、さてはそういうこと・・・・・・か?)


 とそこで、思考が派生してピンと来る。


(庸一に助けに来てもらうために、わざわざ自ら囚われの姫を演じとるというわけか。ふっ、小賢しい……と言いたいところじゃが、まぁ気持ちはわからんでもないの)


 なんて、納得の気持ちを抱いた黒であったが。


 倉庫の前に近づくにつれ、少し状況が妙であることに気付き始めた。


(なんじゃ、これは……? 熱気、とでも言えば良いのか……?)


 閉ざされた扉の向こうで、『何か』が行われている気配が伝わってくるのだ。


 多人数が、熱狂しているかのような。


 外からでは詳細には聞き取れないが、そんな風な声が聞こえてきていた。


(中で、何が行われておる……?)


 ここに来て、黒はなんとなく嫌な予感が胸に生じ始めているのを感じていた。


 あの扉を開けてはいけない……そんな漠然とした不安は、あるいは未だ戻っていない前世の記憶が発する警告なのかもしれない。


(どうする……? 一旦、ヨーイチを止めるか……? いや、それでは事態を先送りにするだけじゃしな……ちゅーか、そもそも今のヨーイチが止まるとは思えん……)


 考えがまとまらないうちに、ついに件の倉庫まで辿り着いてしまう。


「環!」


 果たして、庸一は一瞬も躊躇することなく勢い良く扉を開けた。


 熱波。


 そう感じる程に温度差のある風が中から噴き出してきて、黒は思わず一瞬目を瞑る。


 そして。


 再び、目を開けた時。


「っ!? これは……!?」


 そこに広がっていた光景は、流石の黒も言葉を失わざるを得ないものであった。


「おい、環……嘘だろ……」


 庸一も、茫然自失といった様子で立ち尽くしている。


 それはそうだろう。


 なぜならば、倉庫内では──

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