第42話 バイクで行く

 黒が用意した『足』もまた、バイクであった。


 それも大型のもので、小柄な黒が運転するとほとんど車体にしがみついているような格好だ。


 それでも、黒は危なげなく軽快にバイクを走らせていた。


「あの……魔王、今更なんだが……」


 黒の後ろに乗っている光が、恐る恐るといった感じで話しかけてくる。


 ちなみに二人共ちゃんとフルフェイスのメットを被っているが、暗養寺家の者が一緒に用意してくれたインカムを装着しているので会話も割とクリアに可能だ。


「君、免許は持っているのか……?」


 光の声には、露骨に不安が含まれていた。


「安心せい、警察の方には話を通してある」


 それに対して、黒の声は適当な調子だ。


「サラッと黒い話を……いや、というか、その必要があるってことは君……」


「まぁ、こんなもん何となくで動かせるじゃろ」


「お、降ろして! 降ろしてくれ! 無免許が運転するバイクになんて危なっかしくて乗っていられるか! こっから私は自力で走っていくから!」


 インカム越しに、光の悲痛な叫びが届いてくる。


 しかし、振り落とされないよう黒の胸の辺りに腕を回してしっかり抱きついたままではあった。


「やかましい奴じゃのぅ……前世から引き継いどる力を使えるっちゅーなら、この程度何の危機でもなかろう?」


 早くも相手にするのが面倒になってきた黒は、普段の意趣返しも兼ねてそう返す。


「なるほど、言われてみればそれもそうだな」


 すると、スンッと光が大人しくなった。


「お、おぅ……マジでこれで納得するんかい……」


「ははっ、意外と記憶が蘇っていなかった頃の感覚に引っ張られるものだな」


「まぁ、お主が納得したのならそれで良いが……」


 メットの中で、黒の表情は大層微妙なものとなっている。


「……むっ」


 それが、少し引き締められた。


「ヨーイチの反応が止まったようじゃ。この先……となると、海沿いの倉庫街か。くふ、テンプレを外さん奴らじゃの」


 家の者より、そう報告が入ったためである。


「なぁ……緊急時だからとりあえずさっきは一旦スルーしたけど、庸一に発信機を付けてるってヤバくないか君……」


「本人も同意しとるんじゃ、問題なかろう」


「えっ、そうなの?」


「まさしくこういう時のために、の。中学時代はよく活用したもんじゃ」


「君たち、中学時代にどんな暴れ方をしていてたんだ……?」


「くふふ、その一端はこの後に垣間見えよう」


「ていうか君、楽しそうだな……」


「基本的に妾は、刺激的なイベントが好きじゃからな」


「これを『刺激的なイベント』程度の扱いにしかしてない辺り、やっぱり君って魔王だよな……」


「さて、雑談はここまでじゃ。舌を噛まんよう、黙っとれ。突っ込むでな」


「え……? あの、なんか、進路上にいっぱい人がいるんだが……」


「ヨーイチの襲撃を受けて湧き出てきた雑魚共じゃろうな」


「別に、そういうことを聞きたくて言ったわけじゃ……あいたっ!? 舌噛んだ!?」


「じゃから言うとろうに」


 アクセルを回し、エンジンを吹かして加速。


 そのタイミングで光が案の定の事態になったようだが、黒としては知ったことではない。


 ニィと笑うその様は──無論本人にその自覚はないが──前世で人々を恐れさせた笑みによく似ていた。


「さぁ、くぞ!」


 更に笑みを深め、ワラワラ集まっている男たちに突っ込んでいく。


「げぇっ!? そのまま突っ込んできやがったぞ!?」


「やべぇぞ、あれたぶん魔王コンビの魔王の方だ!」


「さっきの奴といい、なんで全然躊躇ねぇんだよ!?」


 蜘蛛の子を散らすように、バイクの進路上にいた者たちが慌てて逃げだした。


「ふはははは! 控えおろう! 妾が来たぞ!」


 結果的に出来た空白地帯を、黒が高笑いを上げながら突っ切っていく。


「うわぁ、魔王的だなぁ……」


 なお、光は若干引き気味の様子であった。


「さて、ヨーイチは……おっ、あっちの方じゃな」


 庸一が乗っていったバイクが乗り捨てられているのを発見し、黒は徐々にバイクを減速させていく。


「チッ……舐めた真似しやがって!」


「こっから先に行けると思ってんじゃねぇぞ!」


「つか、無事に帰れると思うなよ!」


 バイクが完全に止まったところで、ワラワラとまた集まってきた男たちに囲まれた。


「ほぅ? この妾の行く手を阻むと?」


 メットを外しながら、黒はニィと笑う。


「不敬であるぞ?」


 そして、その笑みを完全に消して目の前の有象無象を睨みつけた。


『うっ……』


 つい今しがたまで威勢の良かった男たちは、明らかに怯んだ様子を見せる。


「び、ビビんじゃねぇ!」


「そうだ、所詮は女二人だ!」


「だが、甘く見んじゃねぇぞ! もう一人は知らんが、魔王の方はかなりやるって噂だからな!」


 とはいえ、流石に戦意喪失とまではいかなかったようだ。


「なぁ、魔王」


「なんじゃ?」


 これだけ多くの敵意に囲まれていながら、二人は普段教室で談笑していると時と変わらない雰囲気だ。


「実は私には、前世の頃から言ってみたかった台詞っていうのがあるんだ。私は、いつも言われる側だったからな」


「急に何を言い出すんじゃ……?」


 全く関係ないことを言い始めたよう思える光に、黒は胡乱げな目を向けた。


「今こそ、その台詞を言わせていただこう」


 一方の光の目は、どこか輝いて見えた。


「ここは私に任せて、先に行け!」


「そうか、なら行くとしよう」


 大仰なポーズで言い放った光の隣から、黒はゆったりと歩き出す。


「ちょっ……! ここは、もう少し熱い返し的なものがあっても良くないか……!?」


「知らんわ、お主が勝手に言いだしたことじゃろうが」


 最後に、そう言い残し。


「ほっ」


 軽い掛け声と共に、駆け出した。


 その速度は、陸上の全国大会でも通じるレベルである。


 向かうは、何やら騒がしい物音が聞こえてくる方。


 恐らく、庸一が起こしている騒ぎだろう。


 ギョッとした顔を浮かべている男たちに向けて突っ込んでいき……跳躍。


「よっ」


「ぐぇっ!?」


 目の前にいた男の顔面を、踏みつける。


「とっ」


「ぶっ!?」


「たっ」


「でっ!?」


「ほいっ」


「あざすっ!?」


 身軽さを利用し、次々と男たちの顔面を渡り歩いていく。


 そうして、瞬く間に包囲を抜け出した。


「ぬ、抜けられたぞ! 追えっ!」


「ま、待て! こっちの援軍を頼む!」


「ちょ……!? なんだこの女、馬鹿みてぇに強ぇぞ!?」


「つか、どんな筋力してんだよ!? 大の男が空飛んでんぞ!?」


「相手を女と……いや、人間と思うな! ゴリラだ! 俺たちは今ゴリラと戦っている!」


 後ろは、先の言葉通り光が引き受けてくれているようだ。


 黒としては特に必要もなかったのだが、追っ手がないというのであればそれはそれで楽で良い。


 別段、黒はバトルジャンキーの類ではないのだ。


 ただ、こうして派手に遊ぶ・・ことが好きなだけなのである。


 最後に、本当に追っ手が来ていないか確認するためにチラリと背後を振り返る。


「誰がゴリラだ!」


 そう叫びながら拳を振るって男たちを次々と吹き飛ばす様は、確かに割とゴリラっぽいなぁと思う黒であった。








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