第39話 デート、その後に
庸一と環の『デート』は続く。
◆ ◆ ◆
「なかなかいい映画だったな」
「ですわね。離れ離れになっていた兄妹が抱き合うシーンなど、涙無しには見られませんでした」
「……そんなシーン、あったか? つーか、そもそも主人公の妹なんて出てこなかったろ?」
「街が壊滅状態になる場面の右端辺りで描かれていた感動のシーンですわよ?」
「もしかしてモブの話してる!? ていうかそんなの、兄妹かどうかもわからなくないか!?」
「いえ、あれは間違いなく兄妹でした。立ち居振る舞い全てから、兄妹オーラが出ていましたもの」
「お、おぅ……まぁ、お前がそう思うならそれでいいけどさ……」
「というわけで兄様、わたくしたちも激しく愛し合いましょう!」
「『というわけで』って単語の使い方について、もしかして俺と違う教育施された?」
◆ ◆ ◆
「あっ、兄様兄様! わたくし、あのぬいぐるみが欲しいです!」
「よし、任せろ。これで、クレーンゲームは結構……よし、取れたぞ」
「流石ですわねっ、兄様!」
「ほれ、プレゼント」
「ありがとうございますっ! 一生の宝ものにしますわねっ!」
「ははっ、大げさだっての」
「防腐処理を施し、妙な霊が寄り付かないよう結界を……いえ、逆に信用出来る霊を憑依させておいた方が自己メンテが可能になって便利かもしれませんわね……しかし、下手に動かれて傷が付いてしまっては……」
「マジで大げさだな……」
◆ ◆ ◆
「よっ、ほっ、はっ……っと。ふぅ、どうにかクリア出来ましたわ。結構難しいですわね、このゲーム……画面と足元、両方に集中しないといけませんし」
「いやいや、凄いぞ。初見でそんなに軽快にステップ踏める奴とかそうそういないぜ?」
「そうですの? 先程の兄様の華麗な足さばきに比べれば、まだまだだと思いますけれど」
「まぁ、俺は中学時代結構やり込んだからなぁ……これの、前の世代のやつだけど」
「……魔王と、ですの?」
「んあ? まぁ、ほとんどの時には黒もいたけどさ。対戦してたのは基本、別の奴らだな。なぜか知らんけどこの界隈、ゲームやら何やらで対決仕掛けてくる奴が多くてな……流石にそれを無視して暴力で解決するわけにもいかんし、色々と練習する羽目になったんだよ」
「……そういう意味で問いかけたのでは、ないのですけれど」
「ん? すまん、よく聞こえなかった。何て?」
「いえ。色々とこなせる兄様は流石だな、と思っただけです」
「ははっ、器用貧乏なだけだよ」
◆ ◆ ◆
と、そんな感じで遊び回って。
現在は既に夕刻、日も赤くなり始めていた。
「ふぅ……楽しい時間は、あっという間ですわね」
「あぁ、そうだな」
微苦笑を浮かべる環に、庸一も同意する。
実際、今日は庸一も心から楽しんでいた。
(久しぶり……つーか、現世では初めてだな。家族二人でこうやって過ごすのなんて)
もっとも、今はもう血の繋がりはないのだが。
それでも庸一の感覚としては、環は今でも『家族』なのである。
「それで、兄様。この後……」
「言っとくが、ホテルに行く流れとかはないからな?」
「ふふっ、承知しておりますわよ」
先制してジト目を向けると、環がクスリと微笑む。
「とても……とてもとても名残惜しいですが、今日はここで解散と致しましょう」
言葉通り表情は非常に残念そうではあったが、そう口にする環に迷いは感じられなかった。
「……?」
珍しくやけに素直な態度に、庸一は片眉を上げる。
「あぁ、まぁ、そうするか」
とはいえ、特に異論もなかったので頷いて返した。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「えぇ、兄様も」
そのまま手を振り合って、あっさりと別れる。
(もうちょっと粘るかと思ってたが……)
やはり意外な思いと共に、帰路につく庸一。
(つーか今日は全体的に、いつもよりだいぶ大人しかったよな)
傍から見れば『大人しい』の範疇に収まっていない場面多数だったのだが、事実いつもと比べればマシな部類ではあったと言えよう。
(そういや、前世では割とこんな感じだったよな? 転生して、より喧しくなったのは……やっぱ、光と黒もいるからか?)
ぼんやりとそんなことを考えながら歩く。
(ふっ……お兄ちゃんを取られちゃって寂しい、みたいな感覚なのかな? だとすれば、可愛いとこもあるもんだ。いや、環は全部可愛いんだけどな)
密かにブラコンを発揮しつつ、字面上はそう間違いでもないのに絶妙にズレたことを考えている庸一であった。
◆ ◆ ◆
他方、庸一と別れた後の環は人気のない公園へと場所を移していた。
「……この辺りで良いかしら」
立ち止まって、小さく息を吐く。
「出てきなさい、まさか怖気づいているわけでもないのでしょう?」
環のそんな言葉が空気に溶けてから、数秒。
「よく気付いたなぁ」
「にしてもわざわざ一人になってくれるとは、誘ってんのかい?」
「こないだは、謎の貧血で全員が倒れちまったが……今回は、そうはいかねぇぜ?」
「キッチリほうれん草とレバーを食べてるようにしたからなぁ!」
ゾロゾロと姿を現したのは、先日庸一に喧嘩を吹っかけ環に気絶させられた男たちだった。
ただし、その時は五人だったのに対して今は四人だけである。
「上手く姿は隠せていたようですけれど……その悪意に満ちた魂、周囲に存在するだけで不快ですわね」
「おいおい、不思議ちゃんか?」
眉をひそめる環に対して、失笑する男たち。
「わたくし個人に御用がありそうな気配だったので、断腸の思いでわざわざ兄様と別れてまで来て差し上げたのです。つまらない用件でしたら、魂引っこ抜きますわよ?」
構わず、環は自分の言いたいことだけを口にする。
「あぁ、じゃあ単刀直入に訊くがな」
男はニヤニヤと笑っており、自分たちの優位を疑っていない様子であった。
「アンタ……平野庸一の女、ってことでいいな?」
「ほほほほ! 何を言うかと思えば!」
問いに対して、環は高笑いを上げる。
しかし、それは決して嘲笑の調子ではなかった。
「当たり前でしょう! わたくしが、兄様の女です! 兄様の! 女! はぁ、なんと甘美な響き……! 貴方がた、なかなか良いことを言いますわね。問答無用で殲滅することも考えましたが、話を聞いて差し上げてよかったですわ」
『お、おぅ……』
急に上機嫌になってテンションを上げた環に、男たちは若干引き気味である。
「あー……その、なんだ。兄様、とか言ってるが兄妹じゃなくて恋人関係ってことでいいんだよな?」
「兄妹であり、恋人関係でもあります」
「えぇ……?」
続く環の回答に、ドン引き具合が加速する。
「ちょっと待て、本当にコイツで合ってんのか……?」
「あぁ、間違いなく血縁関係はないはずだ」
「じゃあ、そういうプレイってこと……?」
「たぶんそうなんだろう……」
なんて、ちょっと不安げにヒソヒソと話し合っていた。
「さて」
そんな中、環は表情を改める。
「まぁそうだろうとは思っていましたが、最終的な狙いは兄様でしたか。わたくしへの用件がどういうものなのかも、大体察しましたけれど……差し出がましいことをしてしまいましたわね」
男たちが不思議そうに眉を顰めているにも拘らず、マイペースに独り言を漏らしていた。
「とはいえ、降りかかる火の粉を夫に代わって払っておくのも妻の務め……」
その背後から、バチバチと音を立てるスタンガンを構えた男がそっと忍び寄り──
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今度は、書籍版1巻のKindle版が1冊丸ごと無料になっているようです(5月21日22:00まで)。
WEB版とは異なるストーリーとなっておりますので、この機会にこちらも読んでいただけますと嬉しいです。
https://hobbyjapan.co.jp/hjbunko/lineup/detail/882.html
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