第38話 間接キスと
「絶好のデート日和ですわね、兄様っ!」
いつかと同じような台詞を口にする環。
ただし、あの時とは少し状況が異なる。
「二人っきりの休日、楽しみましょうね!」
それすなわち。
「あぁ、まぁ、そうだな……」
今回は光と黒もおらず、本当に二人きりであるという点だ。
「あのな、環……念のため、確認なんだが」
ゆえに、庸一は確かめねばならない。
「光と黒に、ガチで呪いを送ったりしてないよな……?」
二人揃って今朝になって体調が悪いという連絡が来たため、その疑惑が晴れなかった。
「ほほほ、いやですわ兄様ったら。わたくしといえど、そんなことは致しませんわよ」
普通であれば、なんだかんだ友人だと思っている相手を害する意思はないという意味だと解釈する場面だろう。
「流石に光さんや魔王を相手に呪いをかけるとなると、かなり大規模な儀式が必要となりますもの。供物の類も日本に存在するか怪しいものが多いですし、代替品を探ったりする時間があまりに不毛です」
しかし環なので、やはり普通とは理由が違った。
「ははっ、そうだよな」
そしてそこに疑問を抱かず納得する辺り、庸一もやはり一般的な感覚からはズレていると言えよう。
「それで兄様っ、今日はどこに行きましょう?」
「今日は基本、環の好きなとこでいいよ。なんだかんだ、普段は光や黒の希望を優先することも多いしな」
「兄様……!」
軽い調子で返すと、環は感激したかのように目を見開いて口元に手を当てた。
「では……!」
それから、ニコリと微笑んで。
「ホ」
「ホテル的なところは無しな」
「お」
「屋外で致す的なことも無しな」
「あ」
「赤ちゃん服も見に行かないぞ」
「流石は兄様、わたくしと通じ合っていますわね!」
「うん、まぁ、どっちかっつーと悪い意味でな……」
自分の希望が即座に却下されているにも拘らず、環はこの上なく嬉しそうだった。
「それではわたくし、行ってみたいカフェがあるのでお付き合いいただけませんか?」
「あぁ、お安い御用だ」
ようやく出てきた普通の提案に、庸一も微笑みを漏らす。
◆ ◆ ◆
それから、カフェのオープンテラスに場所を移して。
「うふふ、このパフェを食べてみたかったんですの」
大きなパフェを上品に掬って口に入れ、微笑む環。
庸一は、ホットコーヒーを啜りながらそれをぼんやりと眺めていた。
(こうして普通にしてると、普通に可愛い妹なんだけどな……)
長い睫毛に、すっきりと通った鼻梁、桜色の唇。
それらが、神の作り給うた芸術品かの如き奇跡的な美しさで配置されている。
誰がどう見ても、文句無しの美少女と言えよう。
実際、こうしてオープンテラスに座っていると道行く人々の大部分が環に一度は目を向けているのがわかる。
「……兄様?」
そんな庸一に目を向け、環は小さく首を傾けた。
「あぁ、遠慮なさらずにおっしゃってくださればいいのに」
次いで、何かを察したような表情となる。
「はい、あーん」
それから、スプーンでパフェを一掬いして庸一の口元へと差し出した。
どうやら、物欲しそうな目をしていると思われたようだ。
「いや……」
苦笑を浮かべて、断ろうとするも。
(……まぁ、せっかくの好意を無下にするのもアレか)
そう、思い直した。
「サンキュー、それじゃ一口貰うわ」
何気なく、差し出されたスプーンを口に入れる。
甘い味と香りが、ふんわりと口の中に広がった。
「うふふっ」
スプーンを引きながら、環がどこか妖艶に笑う。
パフェをもう一掬い、自らもう一口。
「間接キス、ですわね」
まるで重大な秘密について話してでもいるかのように、小声で囁いた。
「ははっ、何言ってんだ今更」
それを、庸一は軽い調子で笑い飛ばす。
前世では満足に食器を用意出来ない場面も多かったので、食器を共有するなど当たり前に行っていたことである。
「ですが、今回の人生では初めてです」
「ん、まぁ……」
なるほど、それは確かに事実と言えた。
(妹……じゃなくなった相手と間接キス、か……)
自然、視線は環の唇に引き寄せられていく。
(間接、キス……)
トクン、と妙に強く心臓が跳ねたのが感じられた。
(……って、何をちょっと動揺してんだよ……生まれ変わっても妹に変わりはないっての)
苦笑気味に、自らの胸をトンと叩く。
「さぁ兄様、この調子で次は間接でないキスを! そして、ゆくゆくはその先にも……! いえ、ゆくゆくだなんてまどろっこしいことを言わず今すぐにでも構いませんのよ! わたくしの準備は、いつでも出来ておりますので!」
そんな庸一の内心を知った風もなく、環が鼻息も荒く身を乗り出してきた。
(うん、やっぱり生まれ変わってもこいつはこいつだわ)
もう、心臓の鼓動も完全に平常運転である。
「さぁ兄様、この後はホテ……公園……も、先程禁止されましたわね……と、なると……そうです、学校! 逆に、今から学校に行くというのはどうでしょう! きっと今なら、保健室に忍び込めば誰もいませんわよ! もっとも、兄様が望むのでしたら人前でも問題ございませんけれど!」
ほんの少しだけ立ちかけていたフラグを自らバキバキに折っていることに気付かず、今日も絶好調な環であった。
◆ ◆ ◆
元々人目を引く容姿であることに加え、その珍妙な言動も合わさって今の環は滅茶苦茶目立っていた。
向けられているのは、ほとんどが野次馬的な視線であるが……その中に、明確な意図が込められたものが数組存在していることに。
庸一は、気付いていない。
前世の頃であれば、これだけ多くの視線に紛れていても気付けたことだろう。
あるいは中学時代でも、反応出来たかもしれない。
しかし庸一は、既に実戦から離れて久しい。
この平和な国に、慣れすぎた。
それが、どういう結果に繋がるのか。
この時点ではまだ、誰も知らない。
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昨日、体調不良につき更新出来ず申し訳ございませんでした。
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