第37話 鎧袖一触

 環の宣戦布告から、数日。


「兄様兄様! 今日は将来に備えて、赤ちゃん服を見に行きませんかっ?」


「私は、ファーストフードがいいなぁ。ちょっと小腹が空いてしまって……」


「ヨーイチよ、妾は海の気分である。供をするが良い」


 三人の様子は、全く変わっていなかった。


「お前ら、ちょっとは他人の意見を尊重しようとかそういうつもりはないのか……?」


 庸一に関しては、そんなことがあったとすら知らない。


 それほどに、変化のない面々であった。


「なぜ、兄様以外の意見を尊重などする必要が?」


「うん、まぁ、お前の場合はそれ以前の問題なんだけどな……」


「妾を誰じゃと思うておる? 他人の意見なぞ、塵芥に等しいわ」


「黒は……まぁ、そうだよなぁ……」


 ブレる気配のない二人に、庸一は希少気味に笑う。


「あっあっ、私は二人とは違うぞ! ちゃんと協調性があるし、他者の意見だって尊重するさ!」


 一方、光は自分を指差しながらアピール。


「はぁ、ここぞとばかりに……まったく、浅ましいことですわねぇ」


「己を偽って愛されたとて、虚しくなるだけではないか?」


「私が批難される謂れはなくないか!? 別に自分を偽っているわけでもないし!」


 環と黒にジト目を向けられ、そう吠えた。


 そんな風に、実にいつも通りの放課後を過ごしていたところ。


「おっとぅ? そこにいらっしゃるは、魔王コンビ様じゃないですかー?」


 野太い男の声が、会話に割り込んできた。


 一同、そちらに目を向ける。


「綺麗どころに囲まれて、羨ましい限りですなー」


「一人くらい分けてもらえませんかねー?」


「ちゃんと可愛がるぜー?」


「恵まれない非モテにお恵みを、ってね」


 最初に声をかけてきた者を含めて、計五人の男たちがニヤニヤしながら近づいてきていた。


「凄いな、今どきこんな典型的な因縁の付け方をする奴がいるのか……」


「言うて、そこそこおるぞ? まぁ、妾も久々に見たが」


 光と黒が、呑気にそんなコメントを口にする。


「はぁ……」


 一方の庸一は、小さく溜め息を吐き出した。


「わかったわかった。別にそんな張り切らなくても、普通に喧嘩売ってくれれば買ってやるから」


 庸一は、争いを好むタチではない。


 中学時代だって、目的のための手段でしかなかった。


 しかし、だからといってどうしても荒事を避けたいとも思っていない。


 暴力が最も手っ取り早い解決手段だというなら、それを選択することへの躊躇もほとんどない。


 この辺りは、荒事が基本だった前世の冒険者時代に培われた価値観であると言えよう。


「はっはー、余裕ッスねー」


「強者の風格、ってやつですかー?」


「さっすが、かっこいいねー」


 なんて、男たちは引き続きこちらを挑発する態度である。


「だから、そういうのはいいって。全員一気にでいいから、さっさとかかって……」


 こいよ、と言いながら一歩踏み出しかけて。


「行きなさい、我が敵へ」


 隣から庸一を追い越す形で、ニュッと細い腕が伸びた。


 その指先から黒い霧のようなものが現れたかと思えば、五つに分かれて猛烈な勢いで直進する。


 そして、それぞれが男たちの頭に直撃した。


『……あ?』


 直後、男たちは揃ってそんな声を上げて倒れ伏す。


「この程度の相手、兄様のお手を煩わせるまでもありませんわ」


 手の主、環がフンと鼻を鳴らした。


「兄様を馬鹿にしたような雰囲気だったのも、万死に値します」


「……まさか、本当に殺しちゃいけないよな?」


 流石にそれはないだろうとは思いつつも、ちょっと心配になって尋ねる庸一。


「ご安心を、ただ気絶させただけですわ。一応、直接的な侮蔑の言葉はありませんでしたし」


「そっか、なら良かった」


 庸一には、戦いについての美学的なものも基本的には存在しない。


 自分が売られた喧嘩ではあるが、別に自身が相手をすることへのこだわりもなかった。


 結果的に火の粉を振り払えたのなら、それでいい。


「光さんを相手にするならともかく、一般の方に対してはわたくしだってちゃんと加減を気遣いますわよ」


「私を相手にする時でも気遣ってほしいんだが!? というかそもそも、私相手に攻撃魔法を使わないでほしいんだが!?」


「ほほほ、面白い冗談ですわね」


「今の私の発言のどの部分が冗談判定されたんだ!?」


 なんて、何事もなかったかのように話が逸れていく中。


(俺の過去を認識した上で喧嘩売ってくる奴とか、久々だな……流石に、もう『魔王コンビ』の名前も期限切れか……?)


 庸一は、頭の片隅でそんなことを考える。


(それとも……)


 前世の頃に培った危機察知能力が、ほんの僅かにだけ反応している気がした。



   ◆   ◆   ◆



 なお、その傍らでは。


(えぇ……? なんじゃよ、今のは……何かしらの暗器的な飛び道具か……? にしても妙じゃった気はするが……ガスとか、そういった類のもの……なるほど、その可能性は高い気はするがあそこまで正確に指向性を持たせられるものじゃろうか……待て、あれはやはり目の錯覚だったという可能性は……? とはいえ、実際に気絶させとるしなぁ……)


 表面上は涼しい顔を保ちつつも、混乱真っ最中の黒が佇んでいるのであった。

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