第36話 宣戦布告とスルー

 魔王に挑んだ勇者一行は、魔王を打ち倒すも代償としてその命を捧げることとなった。


 恐らく、後の歴史書にはそんな風に書かれることだろう。


「……魂ノ井? 先程から目ぇ瞑ったまま黙り込んどるが、何なんじゃ?」


 しかし、実際にその場にいた者だけは知っている。


 勇者一行の力だけは、魔王を打ち倒すことは出来なかったと。

 歴史には一行たりとも登場しない、とある平凡な冒険者の存在があったからこそなのだと。


「こら環、言いたいことがあるとか言って私と魔王を呼び止めたのは君だろうに。わざわざ庸一は先に帰らせてまで」


 そして、これはメーデン・エクサだけが知っていた事実だが。


 今際の際で、彼女はもう一つ魔法を使った……否、生み出した。

 魂に新たな生を授ける、転生魔法。


 死ぬ前の一瞬にも満たない時間で、メーデンは死霊術師としての極地に至った。


「どうする? もう放っといて帰るかえ?」


 メーデンは、身体から離れた己の魂を操り兄の魂を追いかけた。


 意識が薄れる中、どうにか掴むことが出来た。


 兄の魂を離すまいと、全力で抱きしめ……。


(恐らくは、そのおかげで同じ世界に転生出来た……ということなのでしょうね)


 何やら勢い余って他の魂まで掴んでしまったようだが、それはどうでもいい。

 結果良ければ全て良し、である。


「そうしたいのは山々だけど、それはそれで後が面倒くさそうなんだよなぁ……」


 メーデンにとっては、自分が転生したことでさえもついでに過ぎなかった。


(兄様は、わたくしを庇って命を落とされました……いずれは魔王に滅ぼされる運命だったとて、わたくしの存在がなければもっと生きられたはず)


 それが、前世における最大の後悔。


「……だから、兄様にはこの世界で平穏に生きていただきたいのです」


 静かに、メーデン……環は、閉じていた瞼を上げる。


 目に入ってくる光景は、放課後の教室。


「幸いにして、この国は平和です。普通に学生生活を楽しみ、恋をし、やがて結ばれ、慎ましくも幸せな家庭を築き、一生を終える……今度こそは、そんな生が可能であるはず」


 そして、キョトンとした表情で環の方を見ている黒と光の姿である。


「そう……このわたくしというパートナーと共に!」


 そんな二人へと、環は高らかに宣言した。


「今際の際では、断腸の思いでその役割を他の誰かに託すつもりでしたが……また同じ世界に生まれ落ちたということは、そういう運命だということに違いありませんもの!」


 そんな環に半目を向けた後、黒と光が顔を見合わせる。


「トリップしとったかと思いきや急に電波を発し始めよっとたが、大丈夫かコヤツ?」


「それについては、今に始まったことでもない気がするが」


「まぁ、そうじゃが」


「ただ、確かに今回はあまりに脈絡がなさすぎて怖い」


「同感じゃ」


 胡乱げに会話を交わす二人を前に。


「と、いうわけで」


 環は、コホンと咳払いを一つ挟んだ。


「わたくしは、ここに改めて宣戦布告致します! いかに貴女たちがこの世界で兄様をつけ狙おうと、わたくしの想いはその全てを打ち砕くと!」


 そして、ズビシと二人に指を突きつける。


『………………』


 その後に訪れる、少しの沈黙。


「環、話はそれで終わりか?」


「では帰るとするかのぅ」


 環を胡乱げな目で見た後、光と黒は帰り支度を始めた。


「ちょっとお二人共、なんですのそのリアクションは!」


 それに対して、環がカッと目を見開く。


「なんですの、も何も……なぁ?」


 光が、呆れ混じりに黒の顔を見た。


「何を今更、としか言えん。世界一無駄な時間を過ごしたわ」


 こちらは呆れ100%の顔の顔で、黒。


「くっ……! わたくしが、秘めたる乙女心を一大決心と共にカミングアウトしたといいますのに……!」


「君の乙女心ほど秘められていないものもそうそうないと思うが」


「ちゅーか、乙女心というよりは煩悩の類ではないかえ?」


 悔しげに拳を握る環に対して、二人の呆れが更に加速する。


「何にしても、じゃ」


 と、黒が肩をすくめた。


「お主がどう思おうと、妾には関係ないしの」


「はぁん!? 魔王、まさか貴女この期に及んで兄様のことを狙っていないだなんて言うつもりですの!? 光さんならともかく、わたくしがそんなことで誤魔化されるとでも!?」


「勝手に巻き込むのはやめてくれないか!? あと、それは流石に私でも騙されないし!」


 突然の流れ弾に、光が抗議する。


「別段、そんなことは言っとらんじゃろうが」


 それをガン無視して、黒は小さく嘆息した。


「ただ、妾は他者が何を考え何を喋り何をしようと己の行動を変えることなどせぬ。唯一の例外は、それこそ庸一くらいじゃな」


 そして、どこかイタズラっぽく笑う。


「……まぁそういう意味では、わたくしも変わりませんけれど」


 環の顔にも、納得の色が浮かんだ。


「わたくしを兄様色に染められるのは、兄様だけですわ!」


「それはまぁ、君の兄様は一人だけだからな……」


 頭痛が痛い的な構文に、光が半笑いを浮かべる。


「だが」


 それから、それを不敵な笑みに変えた。


「そういうことなら、私だって……」


「あ、光さんのそういうのはいいです」


「光さんのそういうのはいいです!?」


 そして、それが更に驚愕の表情に変わる。


「どうせ、わたくしたちと同じような台詞を吐くだけなのでしょう? もう、聞くまでもありませんわ」


「ぐむ……そ、それはそうだけども……なんていうか、様式美みたいなものがあるだろう!?」


「あとお主の場合、割と他者の発言で行動がブレるしの」


「否定は出来ない!」


 元魔王の発言により、元勇者はちょっと涙目になってきた。


(まったく……本当に、喧しいお邪魔虫たちですこと)


 そんな二人を眺めて、環は「ふぅ」と息を吐き出す。


(……けれど)


 しかし。


(正直に言えば……こういう時間が嫌いではない自分がいるのも、否定出来ない事実ですわね)


 その口元には、小さく微笑みが浮かんでいるのであった。

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