第31話 黒と魔法

 暗養寺黒は異世界転生者である。


 記憶はまだない。


『じゃんけん、ほい!』


「あっち向いてホイ、そして行きなさい皆さん!」


「ちょぉぁっ!? 君、なんで指の動きと一緒に霊飛ばしてくるの!? 危うく直撃コースじゃないか!」


「そうして避ければ、わたくしの指した方を向いてしまうという寸法です。まんまと引っかかりましたわね?」


「これそういうゲームじゃないから!」


「ではわたくしの勝ちということで、今日のお昼はわたくしが兄様の隣に座りますわね」


「どう考えてもルール違反だろう!」


「最初にレギュレーションで禁じなかった光さんの側に落ち度があるのではなくて?」


「あっち向いてホイするのにわざわざレギュレーション設定することとかある!?」


 ゆえに、今日も今日とてそんなやり取りを「厨二病っとるなぁ……」と見るともなく眺めているのだが。


(……今、魂ノ井の指から何やら黒い霧みたいなもんが一瞬出てこんかったか?)


 先程の光景に、ブルリと背が震えた。


(く、ふふ……まさか、本当に霊を操っとるわけはないからのぅ。恐らくは………………そう、妾の目の錯覚じゃな。どうやら、妾は疲れておるようじゃ……そういえば、最近ちょっと寝不足気味な気もするしの……)


 そう自分を納得させて、目頭を揉む。


「そういえば、黒はさ」


 そんな黒に、庸一が話しかけてきた。


 環と光のやり取りには、我関せずといった様子である。


「全然魔法使わないよな?」


「む? まぁ、そう……じゃのぅ……使わん……のじゃ、ないかのぅ……」


 『前世』の話となると彼らの設定と極力矛盾しないよう気遣わねばならず、言葉選びは慎重なものとなった。


「俺は向こうでも魔法使えなかったからよくわかんねぇけど、魔法を使える奴らって手足動かすのと同じ感覚で魔法使うって言うじゃん? 前世の感覚で、ついつい使いそうになっちゃったりしないのか?」


「そこは、ほら、アレじゃ、妾じゃからな……」


「ははっ、そっか。魔王レベルともなれば、その辺りの制御も完璧ってことだな」


「うむ、まぁ、そういうことじゃな……」


 ある意味で幸いなのは、黒の前世が『魔王』という設定である点だろう。

 どうやら彼らの設定では魔王は普通の人間と色々と違うらしく、『魔王だから』で乗り切れることが多いのだ。


「でもさ、なんで使わないんだ? 流石に環みたいな使い方をするのはちょっとどうかと思うけど、魔法を使った方が何かと便利な場面だってあるだろう?」


「あー……それは、じゃな……」


「やっぱ、前世とは違う世界なんだから現世の流儀に合わせようってことか?」


「う、うむ、それじゃな」


「なるほど、流石は黒だな」


「うむ、妾じゃからな……」


 あと、このメンツにおいては勝手に『わかられる』ことも多いのであった。


 そんなこんなで、毎度の綱渡り的な会話を交わしながら。


(魔法……か)


 この日がいつもと少しだけ異なったのは、黒の心中にその単語が妙にハッキリと残ったという点である。



   ◆   ◆   ◆



 その日の夜。


「ふむ、今日はこの辺りにしておこうか」


 教科書とノートを閉じ、立ち上がった黒は大きく伸びをする。


「今日は、早めに寝るとしようかの。また目の錯覚など起こらんように……」


 ベッドに向かう途中で、そんなことを呟いて。


(……もしも)


 ふと、その足が止まった。


(ありえんことではあるが、万一……そう、万一。昼のあの光景が、妾の目の錯覚でなかったとすれば?)


 そんな考えが、頭をもたげてくる。


(本当にあれが、『魔法』だとすれば)


 恐らくそれは、一日の疲労が溜まった脳でなければ浮かばなかった考えであったと言えよう。


(本当に、アヤツらが別の世界から転生しており)


 その証拠に、どこか思考はぼんやりとしていた。


(妾も……そう・・、じゃとすれば)


 ゴクリと、喉が鳴る。


(妾も、魔法が使えるのか?)


 その考えに至った途端、胸にソワソワするような感覚が生まれた。


「ま、まぁ、アレじゃな。物は試し、と言うしの」


 誰にともなく、言い訳して。


「すぅ……はぁ……」


 一つ深呼吸を挟んだ後に、足を軽く開いて両手を前に突き出す。


でよ、炎よ!」


 そして、そう叫んだ。


 黒の手から炎が飛び出す………………などということは、特になく。


 シン……。


 部屋に、静寂が訪れる。


「……ふっ」


 黒は、自嘲の笑みを浮かべた。


「アホなことやっとらんで、早う寝るべきじゃな」


 それから気の抜けた表情となって、ベッドへの歩みを再開させる。


 ……と、そこでふと背中に視線を感じた。


(………………まさか)


 嫌な予感を全力で抱きながら、ギギギと古びたロボットのような動きでドアの方を振り返る。


「お嬢様……ノックはしたのですが、集中されていたようで……」


 するとそこには、黒が生まれた時から黒の世話係を務めている執事の姿があった。


 ドアを開けた状態で、とても優しげな笑みを浮かべている。


「じいは、何も見ておりませんぞ……」


 そしてその笑顔のまま後ろに下がったかと思えば、パタンとそっとドアを閉じた。


「ちょっ、待つが良い! 恐らくお主は誤解しておる! 妾はただ、もしも自分に魔法が使えるならと……じゃなくて、魔王の生まれ変わりだとすれば……って駄目じゃこれ、説明しようとすればするほどただの厨二病じゃな!?」


 慌てて彼を追いかけながら、黒はちょっと涙目になっている。


「えーい! もう二度と、アヤツらの話を信じてみようとか血迷ったことを思ったりせんからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 からなぁ……!


 からなぁ……。


 なぁ……。


 そんな黒の叫び声が、夜の暗養寺家にこだまするのであった。

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