第30話 続・体育の時間
ローテーションが周り、今度は環たちがフットサルの試合に入った。
環と黒が同じチームであり、光はその対戦相手のチームだ。
「ふっ……環よ、私を止めることができるかなっ?」
猛スピードでドリブルしながら、光が挑発的な笑みを浮かべる。
「暑苦しいノリですわねぇ……」
一方、その正面に立つ環はほとんど棒立ちで表情にもやる気が感じられなかった。
「……おっ、ヨーイチがこちらを見とるぞ」
「活躍している姿を兄様に見せるのは、このわたくしでしてよ! 光さん、どこからでもかかってらっしゃいな!」
しかし、ポツリと黒が呟くと一気にやる気ゲージがマックスまで上昇した模様である。
「暑苦しいノリじゃのぅ……」
自ら焚き付けておきながら、黒は半笑いを浮かべていた。
「なら……全力でいくぞっ!」
光は表情を引き締め、左右に一度ずつ身体を振った後に環を抜きにかかる。
だが環はフェイントに引っかかることもなく、しっかりと光の進行方向を見極め……。
「宙を漂う行く宛なき者たちよ! 我が声に従い、我等が前に立ち塞がる敵を打ち砕きなさい!」
右手を上げてそう唱えたかと思えば、霧状の『闇』が光に向かって猛スピードで噴出された。
「って、ちょぉっ!?」
一方の光は慌てて足を止め、両手を前に。
「破魔の力よ、盾に!」
叫ぶと同時に一瞬だけ輝く壁のようなものが出現し、『闇』と衝突すると同時に両方が消滅する。
「いや君、何やってんの!?」
直後、光が環に食って掛かった。
「何って、攻撃魔法ですけれど?」
「なぜ『何言ってんだコイツ』みたいな表情なんだ!?」
「何言ってんだコイツ、と思っているからでしょうね」
「何を他人事のように……!」
平然としている環に対して、光はググッと拳を握る。
「もうこの際だから百歩譲って、たかだか体育の授業で魔法を使うのは良しとしよう! いや全然良くはないけど、君はそれくらいやる奴だからな! でも、なんで私に直接攻撃してくるの!? なんでボールを奪う方向ですらないの!?」
「ルール上、霊を使っての攻撃はファウルに当たらないのですから問題ないでしょう?」
「そりゃ確かにルールはそんな状況想定してないからね! そして普通の人は、仮に力を持っていてもそういう使い方しないからね! 倫理観っていう抑止力が働くから!」
「倫理……観……?」
「なんで初めて聞いた単語みたいな反応なの!?」
「えーい、これ以上の問答は無用ですわ! さっさとボールを寄越しなさい!」
「うっそだろ君、話が通じない系のラスボスだってもうちょい問答すると思うんだけど!? あとその物言い、完全に強盗の類だからな!?」
「……この先のことを考えると、光さんはここで倒しておいた方が楽ですわね。光さん、やっぱりボールを寄越す必要はないのでここで倒れなさい! 大丈夫です、ちゃんと気絶程度に留めますので! まぁでも、光さん相手なら多少力を入れすぎても大丈夫ですわよね!」
「強盗の方がまだマシかもしれない!」
なんて、環と光は完全に足を止めて言い合っていた。
「……お主ら、フットサルのルール知っとる? ボールそっちのけで何やっとんじゃい」
呆れ顔で、黒が自らの足元に転がってきたボールをトラップする。
「ほっ……と」
そして、軽い掛け声と共に相手陣営へと蹴り上げた。
高い放物線を描いて飛んでいくボールは、吸い込まれるようにゴールに向かっていき……見事、ゴールラインを割る。
「おっ、入ったのぅ」
片眉を上げる黒に、周囲から『おおっ』と感嘆の声が上がった。
味方だけでなく敵方まで嬉しそうな表情を浮かべているのは、ようやくフットサルらしい展開になったためであろう。
なお、その間も。
「破魔の力よ! 彼の者の魔法を封じてくれ!」
「ほほほほ! 魔法の扱いでこのわたくしに勝てるとでも? さぁ霊たちよ、一斉に掛かりなさい! 生死は問いませんわ!」
「せめて生死は問うて!?」
環と光は、ハーフウェイライン辺りでそんなやり取りを続けているのであった。
◆ ◆ ◆
そんな、無駄に騒がしい体育を終えて。
「よぅ、黒。さっきのロングシュート、上手いこと決まったな」
「くふふ、あれくらい軽いものよ」
共に着替え終えて教室で合流した庸一と黒は、そんな会話を交わす。
「ぐぎぎぎ……! 本来ならわたくしに注がれていたはずの兄様からの称賛を横から掻っ攫うとは……! 卑怯……! 流石魔王、卑怯ですわ……!」
「うん、まぁ、魔王は何もしてないっていうか、私たちがフットサルしてなかっただけなんだけどな……」
ちなみに、環と光の対決(?)は結局試合終了のホイッスルが鳴るまで続いた。
周囲はもう二人のことはいないものとして扱い、他メンバーで普通にフットサルを行いそれなりに白熱した試合になっていた形である。
「環と光も……あー、その、アレだな。見応えのある勝負ではあったよな」
「っ! ありがとうございます、兄様!」
苦笑気味に紡がれた庸一の言葉で、歯を食いしばっていた環の顔にパッと笑顔が咲いた。
「でも、授業はもっとちゃんと受けような?」
「はいっ、兄様! 次からは、もっと早く光さんを仕留められるよう頑張りますねっ!」
「うん、まぁ、出来れば光を仕留めるのもやめような……」
「出来ればじゃなくて、私を仕留めようとするのは絶対やめてほしいんだが……」
そう口を挟みはするものの、光の表情には諦めの色が見て取れる。
(コヤツら……時折、どこまでマジで言うとるのかわからなくなるのぅ……)
心情的に一歩引いたところで、黒は半笑いを浮かべた。
(……ちゅーか)
頭の中に浮かんでくるのは、先程の体育での二人。
(さっき、何やら黒いモンが噴き出したり何かが光ったりしとったような気がするんじゃが……気のせい、じゃよな……?)
つぅ、と黒の頬に一筋の汗が流れるのであった。
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