第28話 更衣室にて

 体育直前の休み時間、女子更衣室にて。


「……光さん、なんですの? ジッとこちらを見て」


 環が、訝しげに光へと尋ねる。


 実際、光の視線は先程からずっと環に注がれていた。


 より正確に言えば……その、下着が露出した胸部へと。


「いや、改めて……大きいなー、と思って」


「今更なにをそんなことで」


「私も、もうちょっと大きければなー」


 自身の胸元を見下ろし、光が小さく溜め息を吐いた。


「言うて、お主もそこまで小さいわけではあるまい?」


 ズボッと適当にシャツを脱ぎながら、横から口を出す黒。


「そうは言っても、やっぱりこれ・・を見てしまうと……魔王は、羨ましくなったりしないのか?」


「くだらんな」


 フン、と鼻を鳴らす。


「乳房の大きさが人生に及ぼす影響なぞ、微々たるものであろう」


「そんなことないだろう、女子だったら……いやまぁ、君の場合は確かにあんまり関係ないのかもしれないけどさ……」


 途中で黒が暗養寺コンツェルンの跡取り娘であることを思い出したのか、光は軽く苦笑を浮かべた。


「とはいえ、庸一が巨乳好きだったら君も困るだろう?」


「ふっ、それこそ論ずるに値すらせん」


 再び、黒は鼻を鳴らす。


「逆に訊くが……アヤツが、乳の大きさで伴侶を選ぶ男じゃと思うのか?」


「ぐむ……た、確かに……」


 黒の言葉が正しいと判断したのか、光は呻きながら軽く仰け反った。


「ちょっと魔王、何を知った風な口を!」


 とそこで、それまで興味なさげに傍観者に徹していた環が黒に突っかかる。


「貴女が兄様の何を知っていると言いますの!?」


「お主よりは知っていると思うが?」


「はぁん!?」


 挑発的な笑みを浮かべる黒に対して、ビキリと環のこめかみに血管が浮かんだ。


「兄様のことでわたくしが知らないことなんてあるはずがないでしょう!」


「ほぅ? なら、庸一の中学の時のクラスは? 担任の名前は? 一番仲の良かった男子は?」


「ぐ、ぎぎぎぎ……! 現世での話は卑怯ですわよ……!」


「くふふ、妾の勝ちのようじゃな」


「なら、逆にお聞きますけれど! 兄様が倒した魔物の総数は!? 兄様がギルド併設の酒場で最も多く頼んだメニューとその回数は!? 兄様がコッチャルシしたボッコリのケチャは!?」


「知らんがな……ちゅーか、最後はもはや何て言うた?」


「ほほほほ! やはりわたくしの勝ちですわね! 正解はそれぞれ、1万5892体、モリルッツァボンニャ定食で289回、ハスセロバスンジャメローン、ですわよ!」


「後半、なんて!?」


「というか環、それを全部覚えている君が怖いんだが……」


 高笑いを上げる環に、目を剥く黒に、半笑いを浮かべる光。


 そんな三人に対して。


「今日も、厨二ーズは絶好調ね」


「ていうか、絶好調じゃない時がないけどね」


「最近は、あのやり取り見るとなんか安心するようになってきたわ」


「あっ、私も~」


 なんて、他の女子たちが生暖かい視線を注いでいた。


「くっ……! 君たちのせいで、私まで注目を浴びてしまっているじゃないか……!」


 光の頬が、軽く紅潮する。


「貴女が始めた話でしょうに」


「別段こんな話を始めたわけじゃないんだが!?」


「ちゅーかお主、諦め悪すぎじゃないかえ? もうどう考えても手遅れじゃろうに」


「君は、当事者なのになんでそんなに他人事なんだ……?」


 一方の環と黒は、特に気にした風もなく涼しい顔であった。


「有象無象の視線なぞ、あってもなくても変わらんからの」


「クラスメイトを有象無象扱いするなよ……まぁ確かに君の場合は、人からの視線なんて慣れっこなんだろうけど」


「というか光さんも、前世で人の視線なんて慣れっこでしょうに」


「あれは、こんな生暖かい感じじゃなかったから……」


「お主らマジ、シームレスに『前世』の話に移行しよるよな……」


 今度は、二人の会話を受けて黒が半笑いを浮かべる。


 他方、他の女子たちは。


「今日って、グラウンドだっけ?」


「だねー。汚れるからヤだなー」


「そういや、男子もグラウンドだってさ。野球って言ってたよ」


「ふーん?」


 何とは無しに、そんな会話を交わしていた。


 それに対して、ピクピクピクッと環と光が反応する。


「兄様の体操着姿、一刻も早くこの目に焼き付けねば!」


「ま、まぁ、男子がどうこうは関係ないが、早め早めの行動は重要だなっ! 決して、決して庸一の筋肉が露出している様を見たいとかそういうわけではないのだけどなっ!」


 そして、二人の着替える速度が露骨に上昇した。


「お主ら……流石に、もうちょい欲望を隠すことを覚えた方が良いのではないかえ……? 自分で言うのもアレじゃが、妾が言うとか相当じゃぞ……? 天ケ谷に至っては、自分では隠せてると思うとるところが逆に痛いからの……?」


 黒の半笑いも加速する。


 そんな風に、ただ着替えるだけでもまぁまぁ騒々しい一同であった。

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