第26話 彼のいない放課後

 とある放課後。


「うーん……どっちにしようかなー……うーん……」


 ショッピングモール内に出店している雑貨屋にて、光は悩ましげに唸っていた。


 両手に一つずつ持っているのは、翼を模した髪留めだ。


「光さん、買うなら早く決めていただけません?」


「も、もうちょっと待って……」


 環が頬に手を当て溜め息を吐く間も、光の視線は二つの髪留めの間を行ったり来たりしている。


「ちゅーかそれ、そんなに悩むようなとこかえ……?」


「はい出たっ、貴族理論! 迷うならどっちも買えばいいじゃない、とか言うつもりだなっ?」


「いや、単純にあんま変わらんのじゃからどっちでもえぇじゃろと思っただけじゃが……」


「微妙に色合いが違うんだよ……君は、こういう細かいところで悩んだりしないのか?」


「なぜ、悩む必要がある? 身につけるものなど、些末なことに過ぎぬ。重要なのは己の魅力であり、装飾品なんぞ文字通りの付属品じゃ」


「な、なるほど……?」


「なんだか良い感じに言っていますけれど、それ結局ものぐさなだけなのではなくて……?」


 光が半ば納得の表情を浮かべる傍ら、環はジト目を黒に向けていた。


「いずれにせよ、私はそこまで割り切れないからな……少ないお小遣いから買うんだし、慎重に選ばねば……」


「力さえあればそこまでお金を稼ぐ手段に困らないという意味では、前世の頃の方が手っ取り早い部分もありましたわね。わたくしたちなんて、主な金策は強奪でしたし」


「人聞きが悪いこと言わないでもらえるか!? ていうかそれ、もしかして盗賊の類を退治して盗品を回収してた時のことを言っている!? アレはちゃんと盗まれた村の人たちに返していたし、一部を謝礼として好意で貰っていただけだから!」


「お主ら、油断しとるとすぐ『前世』の話をし始めよるよな……」


 環の発言に対して、目を剥いて抗議する光。

 そんな二人に対して、黒が半笑いで生暖かい目を向ける。


 実にいつも通りの光景であった。


 ただ、一つ違うのは。


「時に、兄様……」


「なぁ、庸一……」


 二人が何気ない調子で振り返った先に、誰もいないという点である。


『あっ……』


 同時にその事実を思い出したらしく、環と光の声が重なった。


「そうか、庸一は……」


「兄様は、もういらっしゃらないのでしたわね……」


 光が少し寂しげに、環がとても悲しげに、小さく呟く。


「……いや、単に別で用事があるから来れんかっただけじゃからな? なに故人を偲ぶ的な雰囲気出しとるんじゃい」


 呆れ気味にツッコミを入れる黒。


「兄様と共にいられない時間など、わたくしにとって死んでいるも同然ですわ!」


「凄いこと言い出しよったな……それなら、中学までのお主は何だったんだっちゅーんじゃ……」


「死人同然でしたわ!」


「言い切りよった……」


 ちょっとだけ、黒の顔に感心の色が浮かんだ。


「……ところで」


 そこで、スンッと環のテンションがフラットなものになる。


「兄様がいらっしゃらないというのに、なぜわたくしたちは一緒に行動しているのでしょう?」


 環にそう言われて、黒と光は顔を見合わせた。


「言われてみると確かにな……」


「なんとなく、自然とこうなっとったの」


 二人共、そんなこと考えてもいなかったといった表情だ。


「お主ら、高校生にもなって放課後を共に過ごす友人の一人もおらんのか?」


「君それ、一字一句違わず全部ブーメランだからな……?」


「頂点に立つ者は孤独というのが常じゃからな。隣に並び立つ伴侶がいれば、それで良い」


「人はそれをぼっちと呼ぶのでなくて……?」


 二人の胡乱げな視線が突き刺さる中、黒は誰憚ることもないとばかりに堂々と胸を張っていた。


「ま、とはいえアレじゃな」


 それから、肩をすくめる。


「わざわざ、今から解散することもあるまい。引き続き、妾の供をすることを許そうぞ」


「なんで私たちが君の部下みたいな扱いなんだ……」


「いいから光さん、さっさとお決めなさいな。結局、どっちを買うんですの?」


「あっうん、もうちょっとで決まりそうな予感が……」


「……そちらの色合いの方が、お主の髪に映えるのではないかえ?」


「やっぱり君もそう思うかっ? よし、じゃあこっちにしよう!」


「貴女、散々悩んでおきながら魔王の助言で即決って……」


「い、いいじゃないか。他人の意見は貴重だし……それに、上流階級で育った魔王なら審美眼も確かだろうし……」


「しかも、理由が俗っぽいですわねぇ……というか貴女、普段の魔王の格好を見て本当に審美眼が確かだと思いますの?」


「言うとくが、妾とてフォーマルな場では正装するからな……?」


 なんて雑談を交わし合いながら、三人はワイワイと買い物を続ける。


 そんな三人の関係は、少なくとも端から見れば。


 友人同士、としか称せないものであると言えよう。

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