第25話 元魔王の例外
いつの間にかお化け屋敷に行くことを決めていたらしい一行に対して。
「お、おおおおおおおう、そうかえ。なら、お主たちは行ってくるが良い? 妾は、その、アレじゃ……ほら、暗養寺ランドなぞ行き飽きとるしな」
黒は、涼しい顔を保ちながらそう答える。
……と本人は思っているが、その頬には冷や汗が流れているし口元もヒクついていた。
「ははっ、なに言ってんだよ。前に俺と二人で行った時、結構はしゃいでいたじゃないか」
「そ、それはその……お主と一緒じゃったから……」
恥ずかしさからではなくこの場をどう切り抜けるかに思考の大半が割かれていたため、黒の言葉はモニョモニョとしたものとなる。
「はぁん? 聞き捨てなりませんわよ! 魔王、兄様と遊園地デートをしたと言うんですの!?」
「いや、デートじゃなくてなんか新しい施設のモニターが欲しいって話があってさ。ついでに他のも全部タダで乗せてくれるってんで、一通り遊んだんだ」
「それをデートと言わずとして何と言いますの!? モニターの件だって、ただの切っ掛け作りに過ぎないに決まってますわ!」
実際その通りであり、普段の黒ならば「じゃからどうした?」とでも余裕たっぷりで返すところなのだが。
「あー……まぁ、うむ……そうじゃのぅ……」
引き続き別のことを考え続けているため、大変に歯切れが悪い。
「と、いうか! 来ないというなら、それで構いませんわよ! さっ、兄様。二人っきりで遊園地デートと参りましょう」
「自然な感じで私をハブるのはやめてくれないか!?」
しれっと庸一の手を取って歩き出そうとする環に対して、光が抗議を送った。
「ほらほら、揉めてねーで。仲良く行こうぜ。黒も、な?」
と、庸一が黒の背中を押す。
既に行くことは決定事項となっているようで、ここで自然に断る言い訳は思い浮かばなかった。
黒は、ゴクリと唾を飲む。
(仕方ない……
そして、そう決意を固めたのであった。
◆ ◆ ◆
それから、小一時間程の後。
「黒……それ、危なくないか?」
仄かな明かりだけが頼りの薄暗い通路を進みながら、庸一が胡乱げに黒へと尋ねた。
「妾は、この施設の全貌を把握しとるからの。これくらいせんと、退屈であくびが出るわ」
実際、施設の全貌を把握しているというのも嘘ではない。
あくまで、机上で確認しただけに過ぎないが……どこにどのような仕掛けがあるのかは、全て頭の中に入っていた。
幸いにして、このお化け屋敷は音でビックリさせる系のギミックは少ない。
その数少ない箇所も、どこで何が鳴るのかがわかっていれば心の準備が出来るはずだ。
「なるほど……確かにこの程度の暗闇、我々にとっては太陽の下とそう変わらないものな。完全な暗闇にすることで神経を鋭敏にし、襲い来る敵に備える訓練をしているというわけか」
何やら光は感心の声を上げているが、黒にとっては心の底からどうでも良かった。
「時に、魔王。その、肩のところですけれど」
「んあ……?」
環の声に反応して、目を開きかけて。
「く、くふふ……古典的な手じゃな。妾をビビらそうとしても無駄じゃぞ?」
直前で思い直し、不敵な笑みを浮かべて見せる。
……と黒本人は思っているが、実際には頬がヒクッと動いた程度であった。
「いくらなんでも、こんなことで魔王を驚かせられるなんて思ってませんわよ……」
環の声に、呆れの色が混じる。
「そうではなくて……肩のところに、ついていますわよ?」
「はぁん……?」
環が重ねて言ってくるので、黒は渋々目を開けた。
しかし、暗闇の中に見える自らの肩には何かが付いている様子はない。
「虫か何かがいたんか……?」
「いえ、悪霊が」
「悪霊が!?」
「今も憑いていますけれど」
「今も!?」
訝しげだった黒の表情が、一気に驚き一色に染まった。
「と、取って! 取ってたもれ!?」
「まったく、そのくらい自分でおやりなさいな……」
またも呆れ気味に言いながら環は黒の肩辺りに手を伸ばし、むんずと
それから、ポイッとそれを投げ捨てた……ように、見えた。
実際には、何も掴んではいなかったはずなのだが……妙に、その様は自然だったように思える。
「く、くふふ。やはり、ビビらそうとしとったんじゃないか」
今になって少し冷静さを取り戻し、黒は頬をヒクつかせた。
「ですから、この程度の低級霊で驚かせられるだなんて思ってませんわよ」
「というか、最上級の霊でも魔王をビビらせることなんて出来ないだろうに」
「どっちかっつーと霊の方をビビらせる側だよな」
なんて、黒以外の面々は朗らかに雑談を交わしている。
その表情には、恐怖は欠片も感じられない。
(えーい、こんな時まで設定の話で盛り上がるではないわ! えぇから、早う出口に向かわんか! 一度目を開けてしまった以上、もう一回閉じるのは逆に怖いんじゃからな……!)
思わず口に出しそうになったが、ギリギリで誇りが勝って堪えることが出来た。
「にしても、流石ですわね」
そんな折、環がふと周囲を見回しながら呟く。
「ま、まぁ、世界を先行く最新技術を惜しみなく注ぎ込んで作ったお化け屋敷じゃからな」
暗養寺家としても力を入れた施設なので、どうにか虚勢混じりに胸を張った。
「えぇ……その精巧さにも、正直驚かされましたけれど」
環は、引き続き感心の表情である。
「こんなに
「はぁん……?」
一瞬、環の言っている意味がわからず眉根を寄せる黒。
(って、本物ってまさか本物の……!? い、いや、フカシに決まっておる……また、妾をビビらそうとしておるんじゃ……)
そう、自分に言い聞かせる……その時であった。
ガタガタガタッ!
通路に設置された人形たちが、一斉に鳴動し始めたのは。
「ひぇっ……!?」
黒の喉から、か細い声が漏れる。
(な、なんじゃ!? こんな仕掛け、存在せんはずじゃろ……!?)
ガタガタガタッ!
黒の身体も、人形たちに負けないくらい震え始めた。
「ほほほ、皆さんの歓迎感謝致します」
「相変わらず霊に好かれる体質だなー君は」
「昔っから、墓場なんかに行った日にゃ大騒ぎだったもんな」
なんて、呑気に交わされる会話をどこか遠くに感じながら。
「……きゅぅ」
人形がビュンビュンと宙を飛び回り始めた辺りで、黒はひっそりと気を失った。
◆ ◆ ◆
「……ん?」
庸一は、ふと黒の方に目を向ける。
「おいおい……」
そして、苦笑を浮かべた。
「確かにお前にとっちゃ退屈な光景かもしれないけど、本当に寝るかよ……」
立ったまま白目を剥いている黒のことを、そう判断したためである。
「この騒音の中で眠れるとは……流石魔王、大物と言えるんだろうな……」
「単に図太いだけではなくて?」
一同、(元)魔王が幽霊にビビって気絶したなどとは露程も思われず。
こうして、黒の名誉は守られた(?)のであった。
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