第24話  忘れても魔王

「黒? なんかボーッとしてるけど、どうかしたか?」


 ふと気がつけば、庸一がこちらの顔を覗き込んでいた。


 その心配げな表情が、どこかくすぐったく感じる。


「いやなに、少々半生を振り返っていただけのことじゃ」


 特に恥ずかしがることもなく、黒は堂々と事実を告げた。


「なんでこのタイミングで、そんな無駄に壮大なことを……」


 胡乱げな目を向けてくる庸一を相手に、フンと鼻を鳴らす。


「妾がいつ思い出に浸ろうが勝手じゃろ?」


「まぁ、そらそうだけどさ……」


 そう返しつつも、庸一は釈然としない様子であった。


 と、その時である。


「ちょっ、やめてよ!」


 そんな、悲鳴に近い女性の声が聞こえてきたのは。


 一同、声の方に目を向ける。

 すると、男に手を捕まれ顔を歪める女性の姿が目に入ってきた。


「ヨー……」


 イチ、と黒が言い切る前に既に庸一は動き始めている。


「……相変わらずじゃな」


 そんな後ろ姿を見て、黒は微苦笑を浮かべた。


「はいはーい、ちょっとお邪魔しますよっと」


 そう言いながら、庸一は男の手首を掴む。


「あん? なんだアンタ……」


「この人、お姉さんの彼氏さんですか?」


 睨んでくる男を無視して、庸一は女性の方に尋ねた。


「い、いえ、しつこいナンパで……」


「そう」


 女性の返答を受けて、庸一は一つ頷く。


「なら……やっちゃっても・・・・・・・いいかな?」


 そして、ニィッと悪役っぽく笑った。


「っ!? いでででっ!?」


 直後、今度は男の方が悲鳴を上げて顔を歪める。


 恐らく、庸一が手に力を入れたのだろう。


「ナンパはいいんだけどさ。あんまりしつこかったり、迷惑をかけるのは良くないって俺は思うんだけど……そちらは、どう思います?」


「わ、わかった! 悪かったから、離してくれ!」


「あいよ」


 あっさりと、庸一は手を離した。


「ってて……クソッ!」


 最後にそう吐き捨てて、相手は早足で去っていく。


「失礼、余計なお世話でしたか?」


「あ、いえ……」


 尋ねる庸一のことを、女性はポーッと見つめていた。


「っ……あの女、完全にメスの顔をしていますわ……!」


「待て待て待て待て」


 走り出そうとする環の手を、慌てて光が掴む。


「なぜ邪魔しますの、光さんっ! 私は、あの女を掃討しに行くだけですわよ!?」


「だからだよ! むやみに一般人に危害を加えようとするな!」


「兄様に手を出した時点でそれはもうエネミーですわ!」


「じゃあせめて手ぇ出してからやってくれる!?」


 なんて言い合った後、光は小さく嘆息した。


「心配しなくとも、ほら……もう、魔王が行ってる」


 光が視線を向ける先では、黒がゆったりとした足取りで庸一たちの方に向かっている。


「はぁん? だから何だと言いますの?」


「いいから、君は見ているだけにしておけ」


 訝しげに眉根を寄せる環の手を、光は引き続きガッチリとキープ。


「あの、よろしければお礼にこの後……」


「ヨーイチよ」


 庸一に話しかける女性を遮り、黒が声をかけた。


「終わったなら、さっさと行くぞ」


「え……? 貴女は……?」


 急に割り込んできた黒に、女性は困惑した様子である。


「妾が、何か?」


 睨んだわけでも、まして直接害したわけでもない。


 だが、しかし。

 暗養寺黒は、生まれながらの支配階級である。


 同時に、生まれながらに海千山千の猛者たちと将来戦うことを運命づけられた少女でもある。

 否、幼い頃から既に散々戦ってきた。


 ゆえに、その身に纏うオーラは一般人のそれとは一線を画する。

 それは暗養寺家の者でも時に圧倒されることもある程で、恐らく前世が全く関係していないということはあるまい。


 とはいえ魔王時代とは比べるまでもなく、ゆえに庸一たちは極普通に接しているのだが……それ以外の人間が、『抑えていない』黒と正対するとどうなるか。


「っ……あ、いや、その……」


 この女性のように、気圧されて飲まれる・・・・のが普通の反応だろう。


「し、失礼しましたぁ!」


 結局、そのまま女性も早足で去っていった。


 これまでも、庸一の周囲に女の影が全くなかったわけではない。

 むしろ、今のように庸一に助けられたことでチョロチョロしく惚れる女など山のようにいた。


 だが、黒が睨みを効かせるとすぐさま逃げていくのが通例だったのだ。

 光と環のように、黒の視線に怯んだ姿すら見せない相手がレアケースなのである。


「黒……あんま一般の方を威圧すんなよ?」


 庸一が苦笑気味に笑う。


「妾は、格別何もしておらんじゃろが」


「まぁ、そうなんだけどさ……」


 そんな会話を交わす二人の元に、環と光も歩み寄ってきた。


「魔王……わたくし、初めて貴女に有用性を見出しましたわ……」


「くふふ、言うたじゃろう? 妾がいればお得じゃと。昔から、ヨーイチに寄ってくる女を追い払うのは妾の役割じゃったからな」


「誤解を招くようなこと言うなよ……それじゃ、なんか俺がモテてたみたいじゃないか」


『……はぁ』


「なぜ一斉にため息をつく!?」


 女性陣の反応に、庸一が目を剥く。


「まぁ庸一が鈍いのは今に始まったことじゃないから置いとくとして」


「え? 俺、斥候とか得意だったしどっちかっつーと鋭い方……」


「モタモタしていると日が暮れてしまう、早く行こうか」


「ですわね」


「全力スルー!?」


 驚愕の表情を浮かべる庸一を置いて、光と環はさっさと歩き始めた。


 環にしては珍しい反応ではあるが、それだけこの件については思うところがあるということなのだろう。


「む? 行くって、どこにじゃ?」


 そんな中、黒は首を捻る。


「魔王、聞いてなかったのか? 暗養寺ランドに行こうって話してたじゃないか」


 どうやら、黒が回想に浸っている間にそういう話になっていたらしい。


「にしても、創設者の名前を遊園地に冠するとは悪趣味ですわねぇ……」


「別にえぇじゃろが、暗養寺グループが全額出資しとるんじゃから」


 暗養寺ランドとは、小堀市に存在する遊園地の名である。

 市の規模に見合わぬかなり広大なものだが、それも暗養寺グループのお膝元であるがゆえと言えよう。


「妾がいれば文字通りに顔パスじゃが……行くなら、日を改めた方が良いのではないかえ?」


 と、黒は先程とは逆側に首を傾けた。


 まだ日が落ちるまでには時間があるが、暗養寺ランドを十分に回ろうと思えばとてもではないが時間は足りまい。


「別に、ガッツリ回ろうってわけではないんだ」


「話題になっているでしょう? どんなものなのかと、見学してみようかと思いまして」


 と、環が光の後を引き継ぐ。


「最近出来た、世界一怖いという触れ込みのお化け屋敷を」


 特に思うところもなさそうな、環のその言葉に。


「………………え゛っ」


 黒の表情は、ピシリと固まった。


 暗養寺黒は覇王の器を持つ少女であり、恐れるものなど何もない。


 ……ただし世の中、何事にも例外は存在するものである。






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