第23話 共に重ねた年月

 黒と庸一の、現世での出会い。


 それは、庸一と黒の間における『勘違い』が始まった瞬間でもあった。

 そしてそれは、およそ五年の時を経てもずっと解消されずにいる。


 庸一は、自身の問いに対して即座に答えた黒が『魔王』としての記憶を有していると信じて疑わなかった。

 姿はもちろん、口調だって前世の頃と変わらなかったので尚更だ。


「ま、魔王……今日はどこに行くつもりだ……? 俺も、ついていくからな……お前の、監視のために……」


「……勝手にするが良い」


 ゆえに当初、庸一は黒に対して酷く怯えている様子であった。


 もっとも、良家の子供が多数在籍している小学校に通っていた黒にとって同世代からのそんな反応は慣れたものである。


 当然のことながら、黒としては彼が前世の自分に対して怯えているなどとは夢にも思っていない。


 だから黒は黒で、庸一も『暗養寺』を恐れているのだと疑いもしなかった。


 そして……そんな当たり前の事実に少しだけ失望している自分が、どこか意外だった。


(別段……何を期待したところで、変わることなぞ存在せん。世界は、灰色のままじゃ)


 そんな風に考えていた黒だったが。



   ◆   ◆   ◆



「おーい黒ー、今から帰りか? じゃあ、あそこの駄菓子屋寄ってかね?」


 庸一の態度が変化するのに、そう長い時間はかからなかった。


 なにせ黒は、誰かの命を脅かすどころか自らの意思で物を壊すことすらなかったのだから。


 やがて庸一は、彼女が「世界を壊したい」と口にしたのも冗談の一種であったのだと認識し始める。


 件の言葉を口にした数秒後には黒にとって世界を壊すことなどどうでもいい事項と成り果てていたので、その点についてはそう大きな齟齬も生じていなかったと言えよう。


 庸一にとって、現世での黒は『普通の女の子』でしかなくなっていった。


「お主……少々、気安いのではないか……?」


「え、なんで? ダチとの距離感ってこんなもんじゃね?」


「ダチ……じゃと?」


「あれ……? もしかして俺、黒に友達と思われてなかったりする? 毎日会ってるんだから、もうそう呼んでいいかなって思ってたんだけど」


「………………いや」


 そしてそんな庸一の存在が、氷に閉ざされていた黒の心を徐々に溶かし始める。


「妾も、お主のことを……」



   ◆   ◆   ◆



「ヨーイチよ! 早うせんか! あの薄っぺらいカツの駄菓子が売り切れるじゃろうが!」


「あぁいうのは売り切れる類のもんじゃねぇよ……ていうかお前、普段比べ物にならないくらい美味いもん食ってんじゃん……」


「くふふ、妾に禁断の味を覚えさせたのは他ならぬお主じゃろうに」


「人聞きの悪いこと言うなよ。ていうか、禁断でもなんでもないわ。普通の駄菓子だわ」


 そうして、いつの頃からか庸一と黒は自然な距離感で一緒に過ごすようになった。


「あぁ、そういえば……時にヨーイチよ、お主中学はどこに行くんじゃ?」


「ん? 普通に、西中だけど?」


「ふむ……では、妾もそこにしよう」


「は? お前んとこ、エスカレーターだろ? ていうかそれ以前に、そんな思いつきでどうこうなるもんじゃねぇだろ」


「妾の場合は、どうこうなるのじゃ。ウチは、割と放任主義じゃからの。妾の希望は全通りである」


「いやだからって、なんでわざわざ名門私立から普通の公立中学に……」


「くふふ、なぜじゃと思う?」


「え? んー……あっ、わかったアレだ! さては、庶民の暮らしを体験してみたいっていう暇を持て余した貴族みたいなムーブだなっ?」


「はぁ……ほんに、ヨーイチは相変わらずヨーイチじゃのぅ……」


「人の名前を罵倒語みたいな使い方すんなよ……」


 といった感じで、黒は庸一と同じ公立中学校へと進路を変更。



   ◆   ◆   ◆




 どうやら『魔王』を止めるのも自分の『使命』ではなかったらしいと悟った庸一が新たな可能性を求めて危険な場所に出入りするようになってからも、むしろ喜んでその場についていった。


「ふはははは! ヨーイチよ、今日はどこのアホ共と潰そうかのぅ!」


「なんでお前そんなにノリノリなんだよ……」


「知っとるか、ヨーイチよ! 最近、妾たち『魔王コンビ』などと言われとるようじゃぞ! まったく、センスのない名前よのぅ!」


「いや、むしろセンスある方じゃね……? お前の性質をこの上なく的確に見抜いてるわけだし」


「くふふ、誰が魔王じゃ!」


「お前だよ、お前以外にどこに魔王がいるんだよ」


 毎日が新鮮で、中学生として過ごした三年間は世界に初めて色が付いたような。

 それどころか、輝いて見えるような景色の中を駆け抜けていったような感覚だった。


 当然、高校も庸一と同じ学校を選ぶ以外考えなかった。



   ◆   ◆   ◆



 高校でもまた輝きに彩られた日々が続くのだと、信じて疑わなかった黒だったが──そして実際、その願い自体は見事果たされているわけだが──そこに、少し変化が生じる。


「な、んだ……!? 知らない記憶が頭の中に……!? いや、違う……これは、私の……!?」


「はぁん? ヨーイチよ、見るが良い。あれが厨二病患者というやつかの?」


「ん……? って、あの人は……!? まさか、黒を見たことで記憶が戻ったってのか……!?」


「あぁ……忘れとったわ、お主も患者じゃったな……」


「魔、王……! 貴様、この世界でも……!」


「待て、待ってくれ! 違うんだ、勇者様! こいつはもう、違うんだ!」


「えっ、怖……何かいきなり寸劇が始まったんじゃが……? ちゅーかもしかして妾、なんか知らんクラスメイトから喧嘩売られとる……?」


 高校一年の春に、天ヶ谷光。



   ◆   ◆   ◆



「わたくしと兄様は、前世から結ばれるべき運命にあるのです! 前世でこそ、終ぞその悲願が叶うことはありませんでしたが……それも、全てはこの時のためであったと今になって理解致しましたわ! わたくしと兄様の間に割り込まんとする愚か者には、例外なく天罰……否、この私の手による人誅が下ると知りなさい!」


 そしてこの高校二年生の春に、魂ノ井環。



   ◆   ◆   ◆


 中二病仲間だからか庸一とも気が合うようで、今や彼女たちと一緒にいるのは当たり前のこととなった。


 とはいえ、庸一と二人きりの時間が減ることを少しだけ不満に思っただけで、黒にさしたる動揺はなかった。


(ヨーイチの心が最終的に辿り着くのは、妾の元であると決まっておるのじゃからな。最後に妾の隣におれば、それで良い)


 そう、微塵も疑っていないためである。


 なんなら、二人の愛をより激しく燃え上がらせるためには多少の障害くらいはあって然るべきだとすら思っていた。

 中学時代は、むしろ順調が過ぎた。


 恐れるものなど何も存在しない。


 暗養寺黒、まさしく覇王の器である。


 もっとも……この場合、単に恋愛経験値が不足しすぎているせいで自分が失恋する姿を想像出来ていないだけかもしれないが。






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書籍版2巻、本日発売です!

http://hobbyjapan.co.jp/hjbunko/lineup/detail/905.html


今度の舞台は林間学校!

ハイキングにお風呂にカレー作り、そんなイベントを通じて庸一をめぐる環と光の恋愛バトルがエスカレートしていく中……ついに、黒の『魔王の記憶』が覚醒し!?


といった内容で、1巻より更にハイテンションでお送りしております。

書籍版も、どうぞよろしくお願い致します。



現在、1巻が丸ごと無料で読めるキャンペーンも実施中です(5/15まで)。

WEB版とは異なる展開ですので、是非とも読んでいただけますと幸いです。

https://r.binb.jp/epm/e1_142259_23042020180506/

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