第21話 暗養寺黒は信じない
暗養寺黒は、異世界転生者である。
前世での名は、エイティ・バオゥ。
世界を支配するべく人類に喧嘩を売った、『魔王』であった。
が、しかし。
ここに一つ、庸一含む他の転生者全員が勘違いしている事実が存在する。
それすなわち。
黒自身は、
「あら。このジュース、ポニャの実の果汁に似た味ですわね」
「あっ、本当だ。懐かしいなぁ……旅の中で見つけたら、テンションが上がったものだ」
「向こうの世界じゃ貴重な甘味でしたものねぇ……」
「その点、こちらの世界は甘いものが溢れていて幸せだな」
「光さんに同意するのは不本意ですが、その点については私も同感ですわ」
「どうして私に同意するのは不本意なんだ!?」
ゆえに、そんな会話を交わす環と光のことを。
(今日も今日とて、中二病っとるなぁ……)
黒は、生暖かい視線で見守るのであった。
「やっぱり、黒も魔王時代はポニャの実の果汁を飲んだりしていたのか?」
「あー……うむ、そう……じゃのぅ……?」
そして自らに話題が振られた際には、こんな風に騙し騙し誤魔化す日々である。
「あれ……? でも、魔王軍の支配域でポニャの木が生えるような場所なんてなくなかったろうか……?」
「そ、そうじゃったか……?」
「別段完全に流通が分断されていたわけでもないのですし、献上させたのではなくて?」
「そ、そんな感じじゃな……」
このように割と綱渡り的なことが多いのだが、黒が前世の記憶を有していないなどとは夢にも思っていない面々は気付いていないのであった。
ちなみに現在、環も硬直から復帰したということで引き続き街を散策しつつ雑談中だ。
「前世の食べ物っつったら、マポルとかも美味かったよな」
「確かに。マポルとギレギレが採れた時は、ちょっとした宴だったなぁ……」
「ジャジャンロを付けると絶品でしたわよね」
なんて、三人は懐かしげに盛り上がっている。
(コヤツらの前世トークはいつものことじゃが、推測さえ出来ん固有名詞が頻出する時はマジで意味不明じゃのぅ……)
一方の黒は、一人内心で半笑いを浮かべていた。
「そうそう、まるでネグフィンとホポポを足して二で割ったような味になったよな」
(えーい、知らんもんで知らんもんを例えるでないわ! もう会話の大半が知らん単語で構成されとるぞ!?)
「あぁ、モッチャケロンパゴルリンナフス」
(なんて!? 天ケ谷、今なんて!? これに関しては、そもそも聞き取れすらしなかったんじゃが!? ちゅーか、何!? 単語か!? 呪文か!? それとも、オリジナル言語か何かかえ!?)
「うふふっ、いやですわ光さんったら」
(ジョーク的な何かじゃったんか!? どこが笑いどころだったんじゃい!)
口に出したい気持ちでいっぱいであったが、どうにか堪える。
(ま、まぁ、コヤツの楽しみを奪うのも可愛そうじゃからのぅ)
そんな気持ちゆえのことであった。
(とはいえ、今では大体コヤツ等の設定もわかってきたんで以前よりマシじゃけどな……)
現実逃避がてら、そんなことを考える。
(最初は、マジで何言っとんじゃコヤツ……とか思ったもんじゃわ)
庸一と出会った頃のことを思い出すと、クスリと笑みが漏れた。
(まったく……この妾が、話を合わせるために苦心することになろうとはな)
庸一と出会うまでは考えられなかったことだ。
逆はあっても、黒が他人のために心を砕くことなどなかったし、その必要もなかった。
黒は、生まれながらの支配階級だったから。
もっとも、今でもその点については微塵も揺らいでいないのだが。
ただ、そこに一つだけ例外が生じただけのこと。
支配するのではなく、心を向けてくれることを望む無二の存在。
黒が唯一、欲しいと願ったもの。
(妾にここまでさせるとは、何とも不遜なことよのぅ)
そう考えながらも、口元の笑みが崩れることはない。
(くふふ、これもまた一興よ)
実のところ、黒はこの状況を全く不快には思っていないのだ。
いつからだろう。
暗養寺黒という少女が、笑わなくなったのは。
いつからだろう。
暗養寺黒という少女が、再び笑うようになったのは。
前者はとんと記憶にないが、後者は明確に思い出せる。
鮮烈な感情と共に刻まれた、記憶。
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