第20話 攻められるのに弱い女

 街を散策するついでに各々適当に買い物なども済まし、現在トイレ休憩中。


 別に示し合わせたわけでもないが、光と黒がちょうど同じタイミングでトイレを出る。


『おっ』


 そして、目にした光景にこれまた同時に声を上げた。


 二人の視線の先にいるのは、一人残って荷物番をしてくれている環だ。


 そして、彼女の前には男性の二人組がいて何やら親しげに環へと話しかけている。


 一応環も何かしらの受け答えはしているようだが、無表情ながら遠目にも苛立ちが募っていることが見て取れた。


「なんちゅーか、典型的な光景じゃのぅ」


「まぁ、黙って大人しくしている時の環には私でも未だに見惚れることがあるしな……」


「……アヤツが黙って大人しくしとることなんぞあったか?」


「庸一に関わらないところでは割とそうじゃないか?」


「つまり、ほぼないっちゅーことじゃな?」


「うん、まぁ……」

 

 なんて、のんびり観察しながら二人は雑談を交わす。


「……止めに入らんで良いのか?」


 と、黒が光を見上げた。


「環からすれば、庸一とのデートを邪魔されてる形だからなぁ……いつ爆発するかわからない環に近づくのはちょっと勘弁願いたい……」


「理由がヘタレとるのぅ……なにが『勇者』じゃい」


「君はブチ切れた時の環の怖さを知らないからそんなことを言えるんだ……というか、そう言うなら君が止めに入れば良いだろう」


「必要なら、近くにおる妾のSPを向かわせても良いが……」


 言いながら、ついと黒は視線を外す。


「ま、いらんじゃろ」


 その視線の先には、猛スピードで環に向かって走っていく庸一の姿があった。


「ヨーイチの奴、血相を変えよって……ほんに、過保護じゃのぅ……」


「いや、この場合はたぶん……」


 黒と光、それぞれ苦笑を浮かべているが恐らくその理由は異なる。


 そんな彼女たちが見守る中、庸一が環の元まで辿り着いたのは環の髪が不自然にブワッと舞い始めた時のことであった。


 環と男性たちの間に割り込んだ庸一は、ぎこちない愛想笑いを浮かべながら男性たちに何かを言っている。


 その表情には焦りが滲み出ており、どちらかと言えば環を守っているというよりも……。


「やっぱり、魔法を行使しようとする環をダッシュで止めにいったんだな」


「お、おぅ……そうかえ……」


 頷く光に対して、黒は何とも言えない微妙な表情を浮かべるのであった。




   ◆   ◆   ◆




 どうにか、男性二人組にお引き取り願うことに成功し。


「……ふぅ」


 庸一は、額に浮かんでいた汗を手で拭った。


 ちょっとダッシュした程度で汗をかくような、ヤワな鍛え方はしていない。


 どちらかと言えば、冷や汗的なものだった。


「はぁん、兄様っ! わたくしのピンチに颯爽と駆けつけてくれるそのお姿、まるで白馬に乗った王子様のようでしたわ!」


 環は、とろけるような笑みを浮かべて頬に手を当てている。


「うん……まぁ、うん……」


 流石に、「むしろ相手がピンチだったから駆けつけたんだけど」とは言いづらい雰囲気であった。


「ん……?」


 とそこで、庸一はとあることに気づく。


「環」


「はい、何でしょう?」


「ちょっと、動かないでくれ」


 小首を傾げる環の頬に、そっと手を当てた。


「……ふぇっ!?」


 一瞬遅れて、環はそんな声と共に仰け反った。


「動くなって」


 少し手に力を入れて、環の頭部を固定する庸一。


 それから、ゆっくりと顔を近づけていく。


「兄さ、あの、えっ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 環の顔は見る見る紅潮していき、庸一が固定するまでもなく身体はピシリと固まっていた。


 そんな中、両者の顔は近づいていき……。


「よし、取れた」


 慎重な手付きで環の睫毛に触れた後、庸一はスッと離れた。


「抜けた睫毛、目に入りそうになってたぞ?」


 摘んだ睫毛を、フッと吹き飛ばす。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 なお、環は未だ赤い顔で目をグルグルと回していた。


「庸一……今のは流石にどうかと思うぞ……」


 とそこに、苦笑気味の光が歩み寄ってくる。


「なんだ、見てたのか?」


 庸一は、特に思うところもなく片眉を上げた。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 その間も、環の挙動は変わらない。


「環の奴、完全にバグっちゃってるじゃないか……」


「あぁ、前世の頃から急に近づいたりするとこんな感じになるんだよ」


「しかも、わかっててやったのか……」


「今にも睫毛が目に入りそうだったからさ。ていうか、勇者一行の旅ではこういう状況なかったのか?」


「あるわけないだろう、君がいないんだから……」


「? 家族だからこその反応ってことなのかな?」


「いや、まぁ、うん……うーん……これは流石に、ちょっと環に同情してきたぞう……」


「ははっ、なんでだよ」


「君がそんな反応をするからだよ……前世での様子がありありと伺えるな……」




   ◆   ◆   ◆




 なんて会話が交わされる傍ら、黒はぼんやりとその光景を見ていた。


(なんちゅーか、コヤツらは相変わらずじゃな……)


 黒には、到底理解出来ない。


 なにゆえ、庸一たちがこんなに自然な風に会話出来るのか。


(まったく、前世だなんだのと)


 それは、暗養寺黒が『魔王』の生まれ変わりであり。


 人間とは異なった精神構造や価値観を持っているから。


 では・・ない・・


(よくそんな設定・・の話で、ここまで盛り上がれるもんじゃ)

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