第19話 頑なにデートだと主張する女

「に、い、さ、まぁ!」


 歌うようなリズムで呼びかけながら駆け寄り、環は当然のように庸一の腕に抱きついた。


 場所は、駅前の妙なオブジェの前。


 待ち合わせによく利用される目印である。


「絶好のデート日和ですわね、兄様っ!」


 環は、満面の笑みを庸一に向ける。


「まぁ、そうかもな。これはデートじゃないけどな」


 一方の庸一は、やや苦笑気味であった。


「あら、何をおっしゃいますの? 愛する二人が二人きりで出かけているのですから、デートに決まっているではないですか」


「うーん……」


 確かに、男女が二人きりで出掛けることをデートと定義することもあるだろう。


 ただし。


「コヤツの妾たちに対する無視っぷり、もはや清々しいものすら感じるのぅ……」


「環の場合、脳でフィルタリングして本当に庸一以外の人間を視界から消してる可能性も否定は出来ないけどな……」


 今回は、全然二人きりでさえないのであった。


「時に兄様、今日はどこに向かうのでしょう?」


 やはり黒と光など存在しないかのように、環は庸一だけを見て小首を傾げる。


「あぁ、この春に越してきたばっかであんまり街のこととか知らないだろ? 若干今更感もあるけど、一通り案内しとこうと思ってたさ」


「まぁ、わたくしのためにっ? 兄様、ありがとうございます!」


 パァッと笑顔を更に輝かせる環。


「確かにわたくし、まだ通学路周辺とHOTEL EDEN周辺くらいしか散策しておりませんので。助かります」


「逆に、なんでピンポイントでHOTEL EDEN周辺には行ってんだよ……」


「わたくし、実は小学生まではこの街に住んでおりましたので」


「だとしてもだよ。つーか、だとしたら逆になんでだよ」


 ツッコミを入れてから、庸一は軽く眉根を寄せた。


「って、小学生まで住んでたんだったら案内は不要だったか」


「いえ……」


「言うてこの三年でそれなりに様変わりしとるし、無駄にはならんじゃろ」


「この辺りも、だいぶ店が入れ替わったものなー」


 と、黒と光が会話に加わる。


「………………」


 そんな二人に、環もようやく目を向けた。


 なお、今しがたまでの笑顔が嘘だったかのような真顔である。


「兄様、案内なら兄様お一人で十分なのではなくて?」


 それをまたパッと笑顔に変えて、庸一の方を振り返った。


 その見事な切り替わりの速さは、もはや顔芸の一種と言っても良いのかもしれない。


「一応、妾たちのことを認識してはおったんじゃな……」


「認識した上でこれと言うのも、それはそれでどうかと思うけどな……」


 そんな環を見て、黒と光は半笑いを浮かべていた。


「まぁ、そう言うな。せっかくなんだし、皆の方が楽しいだろ?」


「むぅ……」


 庸一の言葉に、環は少し頬を膨らませる。


「くふふ、妾がいると色々とお得じゃぞ? なにせ、この辺りは妾の庭じゃからな」


「君の場合、割と本当にそうだからツッコミも入れづらいよなー……」


 黒が笑みをニンマリとしたものに変化させ、光は苦笑気味に。


「どういうことですの?」


 環が尋ねる先は、庸一である。


「暗養寺グループのお膝元だけあって、傘下の企業がめちゃくちゃ多いんだよ。黒の顔も知れ渡ってるから……まぁ、色々と便宜を図ってもらえるところが多いわけだ」


「なるほど……」


 納得はしたようだが、環は露骨に不安を顔に残したままだ。


「そういうことならまぁ魔王はいいとして、光さんは……」


 と、光の方にチラリと目を向け。


「……まぁ、構いませんわ」


 そう呟きながら、小さく嘆息した。


「少し、意外だな……君のことだから、私だけでも排除しようとするかと思ったのだけれど」


 言葉通り意外そうに、光は片眉を上げる。


「どうせ魔王がいるなら、別に光さんがいようがいまいが変わりませんもの。それに……」


 光に向ける環の視線が、少し変化した。


「光さん、お友達が少なそうですものね……流石に、追い返すのは可愛そうでしょう」


「ガチで同情の視線を向けるのはやめてくれないか!? ていうか、別に友達少なくないし! いや、うん、まぁ、確かに高校で新しい友達が出来ていないのも事実ではあるけどさ……」


「そらまぁ、入学早々クラスメイトに喧嘩売るような輩と友達になりたい者なぞ稀有じゃろうからのぅ」


「それは君のせいでもあるだろう!?」


「はぁん? 一方的に喧嘩を売られただけの妾に何の責任があるっちゅーんじゃ?」


「くっ……! 正論で殴ってくるのはやめてくれないか……!」


「仮にもかつて『勇者』と呼ばれた存在とは思えない発言ですわねぇ……」


「まぁ、アレだよな。光は、ほとんど俺たちとしかつるんでないもんな。友達の輪が広がらないのはしゃーないよな」


「庸一……フォローしてくれるのはありがたいんだけど、なんというかその……余計に虚しくなってくるというか……」


 庸一の言葉を受けて、光は力なく笑う。


「と、いうか! 光さんの友達が少ない話など、どうでも良いのです!」


「君が始めた話だろう!? あと、友達少ないで情報を確定させるのやめて!?」


 そして、環の言葉を受けてちょっと涙目になってきた。


「ささっ、兄様! 早くデートに参りましょう!」


 そんな光にはもう一瞥をくれることさえもなく、環は庸一の腕を引いて歩き出す。


「妾たちの存在を認識した上で、デートっちゅう主張は変わらんのじゃな……」


「まぁ、環らしくはあるんじゃないか……」


 そして、黒と光は半笑いでそれに続くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る