第18話 彼の、憧れの人
エルビィ・フォーチュン……『勇者』への憧れがあったと、庸一は語る。
「真っ直ぐに、自分の『正義』を信じて突き進むその姿をさ。俺は前世じゃ、近くで見れるだけの力さえも持ってなかったけど……生まれ変わって、その転生に意味があるのなら。俺は、今度こそあんな風になりたいって。そう、思ってたんだ」
「いや、そんな、私は……」
そんな風に思われていただなんて、予想もしていなくて。
「ただ、生まれた時からそう運命づけられていただけで……その使命に、盲目的に従っていたに過ぎない。それこそ、それが自分の使命だと……疑うことすらなく」
本心から、そう返す。
「確かに、そこだけ聞くといかにも脳筋で考え無しという感じですわよねぇ」
環がクスリと笑った。
けれど、それは馬鹿にしたような調子ではなく。
「ま、使命感だなんてフワッとしたものだけで迷い無く突き進めるのも得難い才能だと思いますわよ。そんな貴女でなければ、わたくしが旅を共にすることもなかったことでしょう。たとえ、兄様との生活を護るためにしゃーなしで、であってもですわ」
むしろ、どこか自慢げにも見える微笑みであった。
「それに、だ」
似たような表情で、庸一。
「『勇者』の使命なんてなくても……その記憶がなくても、自分の力さえ忘れてても、それでも立ち向かってたじゃんか。誰かを助けるために、敵うかもわからない相手にさ」
それが現世での……あの時の出会いを指していることは、言われずともわかった。
「覚えていて……くれた、のか」
その事実が、光の胸の内に暖かく広がっていく。
「忘れるわけねぇだろ、前世で憧れた存在との再会だぜ?」
どこか照れくさそうに、けれど庸一はハッキリと言い切った。
「むしろ、そっちこそよく覚えてたな? 当時は前世の記憶だって戻ってなかったんだし、俺が何を言ってるのかもサッパリわからなかったろ?」
「……それこそ、忘れるものか」
自然と、口元が笑みを形作る。
「だってあの時、私は君に……」
恋したのだから。
そう、ほとんど口まで出かけたところで。
「……光さん?」
目を細めた環の視線に射抜かれ、ハッと我に返る。
(わ、私は今、何を口にしようとしていたんだ……!?)
次いで、急激に心拍数が上昇し始めた。
「そんなに物欲しそうな目をしても、兄様の腹筋は触らせてあげませんわよ?」
「いやそんなことを考えていたわけじゃない! ……まぁ、さっきはちょっと思ってたけど」
「光、お前……」
「あっあっ、今の無し!」
思いっきり墓穴を掘った結果庸一に何とも言えない目を向けられ、慌てて手をワタワタと動かす。
先程とはまた違う意味で心拍数が少し上がった。
「ほほほ、兄様の腹筋はわたくしだけのものでしてよ!」
「一応言っとくけど、お前のものでもないからな……?」
庸一の何とも言えない目が、今度は環の方に向く。
なお、環の手は未だ庸一のシャツをガッチリと掴んだままである。
「くっ……! 立ちそうになっていたフラグを折った上に、私を変態に仕立て上げることで相対的に自分の評価を上げるとは……! 環、姑息な手を……!」
「前者はともかく後者についてはお主が自爆しただけじゃし、魂ノ井の評価も一緒に下がっとると思うんじゃが」
拳を握りながら漏らした呟きが黒の耳に届いたらしく、そんなツッコミが入った。
(まぁともかく、だ)
それをスルーし、光は思考を切り替えることにする。
(ずっと、私の存在なんて庸一の中じゃちっぽけなものに過ぎないって思ってたけど)
そうでないことは、ハッキリと庸一の口から語られた。
(今は……たぶん、恋愛感情じゃないのかもしれないけど)
庸一が光に対して抱いている感情は、あくまで『憧れ』に過ぎないのだろう。
それくらいは、恋愛経験値が限りなくゼロに近い光にだってわかる。
けれど、思っていたより不利な戦いでないことは証明された。
(ならば、『勇者』としては……いや、違うな)
心の中で、首を横に振る。
(恋する、乙女としては)
真っ直ぐ、前を見据える。
(庸一と環が褒めてくれた通り)
好きな人を、見つめる。
(迷い無く、突き進むのみ!)
そして、密かにそんな決意を新たにするのであった。
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