第17話 世紀末男と魔王コンビ

 勝負しやがれ、と叫んだ世紀末的価値観に憧れる男に対して。


「あの時のというわけか……? いいだろう」


 光が、一歩踏み出す。


「待て待て待て」


 そして、その更に一歩前へと庸一が踏み出した。


「なんだ庸一、この私が負けるとでも?」


 中学時代ならばいざ知らず。

 記憶を取り戻した今、この程度の相手など物の数にも入らない。


 そんな自信を込めて不敵に笑って見せる。


「いやそりゃ戦えば光の圧勝だろうけど……ここは、俺が引き受けるわ」

「庸一……私の身を案じてくれるのは嬉しいんだが……」


 元はと言えば、光が撒いた種である。


 光としては、自分で対処するのが筋だろうと考えていた。


「いや、どっちかっつーと相手の心配というか……光、手加減とかめっちゃ苦手そうじゃん……」


 しかし、庸一の懸念事項は別のところにあったようだ。


「そ、そんなことはない! むしろ手加減、滅茶苦茶得意だし! 前世では小さい頃から『峰打ちのエルちゃん』と呼ばれていたくらいだ!」


「貴女の場合、峰打ちでもそこらの魔物程度なら両断出来るからそんな二つ名が付いていただけではなくて?」


「くっ……君まで敵に回るか、環……!」


「わたくし、一度たりとて貴女の味方だったことなどないと思うのですけれど」


「せめて前世で一緒に戦ってた頃のことは仲間認定してほしいんだが!?」


「どうでもえぇからお主ら、やるならやるでさっさと片付けぇよ」


 くぁ、とあくびをしながら黒が会話に割り込んでくる。


「ヒャッハー、来ねぇならこっちからいくぜー!」


 それとほぼ同時に、世紀末的価値観男に飛びかかってきた。


「ほっ……っと」


 その腕を取ったかと思えば、軽い掛け声と共に庸一が投げ飛ばす。


「ひでぶっ!?」


 男は背中から地面に叩きつけられた形だが、わざわざ世紀末的な声をあげた辺り割と余裕があるのかもしれない。


 実際、庸一の投げは相手に怪我をさせないよう十分に注意されたものであったように見えた。


 それでも気絶させるには十分だったようで、世紀末男はそのまま白目を剥く。


(そうなんだよなぁ……庸一、普通に戦える・・・人だったんだよなぁ……)


 これが、現世で出会った当初に光が勘違いしていたことの一つ・・だ。


 あの時はどうにか庸一だけでも逃さねばと危機感を覚えていた光だったが、実際のところは余計な心配だったわけである。


(まぁ前世じゃ盗賊やら魔物やらと戦っていたんだから、この世界の不良如き相手になるはずもないよな)


 そんな風に光が考えている傍ら。


「そっちの人も、やるのか?」


 威圧するでも挑発するでもなく、ただ確認の調子で庸一がもう一人の男に尋ねた。


「いや……俺は、ただの付き添いだ」


 男は、ゆっくりと首を横に振る。


「悪いな、コイツに付き合ってもらって」


 そして、気絶したままの世紀末男を抱き上げて背負った。


「それはまぁ別にいいけどさ……結局、なんだったんだ? 御礼参りいしては、なんか中途半端な気がするんだけど」


「あぁ、実はコイツが去年のことをずっと気に病んでてな」


「気に病んでた奴の態度とは思えなかったが……」


「キッチリやられてこそ世紀末的であって、逃げるのは良くなかったと」


「気に病む方向が思ってたのと違った……」


 男の言葉に、庸一は半笑いを浮かべる。


「ま、俺に襲いかかってくるくらいならいつでも構わんし、暴力沙汰は辞めとけ……とは、俺の立場では言いづらいけど」


 それから、肩を竦めた。


「あんま、一般の人に迷惑とかかけんなよ? さもないと……いつ、亡霊・・が蘇ってくるとも限らんぜ?」


 これも、闘気や殺気を放っての言葉ではない。


 しかし、男は気圧されたように冷や汗を流すと共にゴクリと喉を鳴らす。


「あぁ、心得てるよ……魔王コンビに喧嘩を売るほど、俺らも命知らずじゃねぇ」


 そして、苦笑を浮かべた後にそのまま去っていった。


「はぁん! 兄様、素敵でしたわぁ!」


 かと思えば、鼻息を荒くした環が庸一に抱きつく。


「服の上からでもわかっておりましたけれど、やはり現世でも身体を鍛えてらっしゃいますのね! ほら、腕なんてこんなに太くて逞しい!」


「まぁ、身体が資本なのはこの世界でも変わらないからな……」


 腕をスリスリと撫でられながら、庸一はやや微妙な表情であった。


「胸筋だって分厚くて……腹筋も、とっても硬いですわねぇ……!」


 スリスリ、スリスリ。


 環の手が、徐々に下の方に移動していく。


 しばらく、腹筋のところでスリスリした後。


「………………」


「いや、無言で服を捲るな!」


 ズボンに入れられていたシャツを捲ったところで、庸一が環の手をガッと掴んだ。


「はい、わかっておりますわ兄様! ここでは恥ずかしいということですわよね!? ちょうど、少し行ったところにエデンというホテルが……!」


「わかってなさすぎてビックリするわ! ほんで、HOTEL EDENこっからだと結構遠いし! つーか、引き続き捲ろうとするな! 鼻息が当たってくすぐったい! あと今にも垂れそうなそのヨダレを拭え!」


 頑なにシャツを離さない環の手を庸一がブンブンと振るせいで、庸一の腹筋チラチラと見え隠れする。


(うっ……確かに、あれは触ってみたいかも……このドサクサに紛れて、そっと触ったらバレなかったりしないかな……)


 そんな光景に、光の目は釘付けとなっていた。


「前々から思うとったが……お主、割とムッツリじゃよな」


「な、なんのことだっ!?」


 黒にジト目を向けられ、返す声は露骨に裏返る。


「時に、兄様」


 そんな中、環がスンと真顔に戻った。


 なお、手は未だ庸一のシャツを掴んだままである。


「先程の方が言っていた、『魔王コンビ』というのは何のことですの?」


「あー……それなー……」


 庸一は、苦笑気味に言葉を濁した。


「凄いなコヤツら、この状況で普通に会話を進めとるぞ……」


「環はともかく、庸一は諦めの境地に達してるだけじゃないかな……」


 外野の黒と光は半笑いである。


「まぁ良い、ヨーイチはどうせ答えんじゃろうから妾が教えてしんぜよう」


 表情を改め、黒がコホンと仰々しく咳払いを挟んだ。


「『魔王コンビ』っちゅーのは、三年ほど前にこの辺りの不良グループを潰していった二人組の俗称じゃ。悪魔のように強い男と、そんな男を従える魔王の如き女……という印象ゆえ付いた名前、じゃそうじゃぞ?」


 他人事のように言ってから、ニンマリと笑う。


「その、魔王の如き女と言うのは……」


「無論、妾じゃな」


 環に目を向けられ、黒は鷹揚に頷いた。


「古傷が抉られるから、出来ればあんま言わないで欲しいんだけどな……」


 一方の庸一は、苦笑を深める。


「兄様、そんなことをしていらしたのですね?」


 普段は庸一の行動に対して全肯定で称賛を送る環も、これは事情が気になるようだ。


「あー……うん。まぁ、なぁ……」


 庸一は最初、言いにくそうに言い淀んでいたが。


「何か、意味があると思ってたんだよ」


 しかしやがて、そんな言葉と共に語り始める。


「自分が転生したことには何かしらの意味があるんだって、信じて疑ってなかった。けど、いつまで経っても神様の啓示とかそんなのはなくて……」


 どこか遠い目。

 珍しい表情に、光の鼓動はトクンと跳ねた。


「中学時代、自分の『使命』ってのを自ら探すために始めてみた行動だったわけだ。正義の味方モドキ、的な? ま、結局モドキはモドキにしかなれなかった。結果としちゃあ、街のワル共に一目置かれるっつーダサいポジションを手に入れただけだ」


 これが、光が勘違いしていたことの二つ目である。


 あの時やけにあっさりと引いていった男たちも、別に「格好悪い」と言われたからではなく庸一のことを知っていたからだったというわけだ。


「でも、中学二年も終わろうかって時期にふと思ったわけだよ。あれ? 俺これ、傍から見たら単にグレただけなんじゃね? ってな。その頃になってようやく、あぁ俺の転生に意味なんかなかったんだなって素直に認められるようになった」


 庸一は、先程から苦笑を浮かべっぱなしだ。


「同時に、その頃のことは黒歴史になったってわけだ。それ以来、中学時代のことは極力思い出さないようにしつつ平凡な学生として過ごしてんの」


 と、肩をすくめた。

 どうやら、それで話は終わりらしい。


「ちなみに、『コンビ』などと言われはしとったが妾は基本的にただの観戦者じゃ。有り体に言えば、野次馬っちゅーやつじゃな。こーんな面白いことに立ち会わんとか、ありえんからの。ま、たまに家の者を使って後始末の手伝いくらいはしとったが」


 そう言いながら、黒もまた少し遠い目となった。


「ちゅーか、妾としてはいつでも活動再開して構わんのじゃが? ありゃなかなか刺激的で、退屈せん日々じゃった。どうじゃ? さっきの奴らを追いかけてみるとか。上手くいけば、たまり場の一つくらいは潰せるかもしれんぞ?」


「勘弁してくれ、元々俺はパンピーの器なんだからさ。せいぜい、抑止力として認識させとくくらいがベストだろ」


 からかう調子を含んだ黒の言葉に、庸一は辟易とした表情で返す。


「……少し、意外ですわね」


 黙って話を聞いていた環が、そこで再び口を開いた。


「先程のように降りかかる火の粉を払う程度ならともかく、兄様が積極的に荒事に首を突っ込んでいってらっしゃっただなんて」


 言われてみれば確かに、と光も思う。

 少なくともこの一年を共に過ごした限りでは、庸一は良くも悪くも面倒くさがり……というのが光の印象である。


「そうだな」


 自覚はあるのか、庸一も軽く苦笑。


「けど……」


 それから、どこか恥ずかしそうに頬を掻き。


「憧れ、があったんだろうなぁ」


 そんな言葉と共に、なぜか光の方へと目を向けてくる。


「『勇者』……エルビィ・フォーチュンへのさ」


「……へ?」


 ここで前世の自分の名が出てくるとは思ってもおらず、光はパチクリと目を瞬かせた。

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