第16話 恋に生きる元勇者
見知らぬ……なのになぜか知っている、そんな不思議な印象を受ける少年に助けられてから数週間。
初めて入った高校の教室にて、光は二つの再会を果たすこととなる。
一つは、暗養寺黒。
かつての『魔王』そのままの姿を見た瞬間、光の頭に前世の記憶が一気に蘇った。
と同時、光は完全に戦闘モードに入った。
魔王滅ぼすべし。
その感情に、身体が支配されていた。
使い方を思い出した魔法も、全力で行使し……もしもその時に止めに入った者がいなければ、実際に周囲を巻き込んだ激しい戦闘に発展していたことだろう。
そして、その止めに入った者こそが二つ目の再会。
平野庸一という名前も、その時にようやく知った。
(今度は、自分の幸せのために生きてほしい……か)
あれから、約一年。
庸一のその言葉は、今でも光の心の中心に有り続けていた。
前世の記憶を取り戻した今ならばわかる。
子供の頃から胸を焦がしていた使命感、あるいは焦燥感は、前世の感覚に引っ張られてのものだった。
加えて言うならば、結局魔王を本当に仕留められたのかもわからないという罪悪感もあったのだろう。
そして、それを自覚した現在。
(あぁ、自分の幸せのために生きるとも!)
光は、己が内でそう断言していた。
魔王の転生者がこの世界に存在している事実そのものが、前世で魔王を仕留めたことの証左。
つまり、『勇者』としての役割は果たしたということだ。
そして転生した魔王に世界をどうこうするような意思はなく、であれば光としても事を荒立てるつもりはない。
となると、今の光の目的は一つ。
(現世では、恋に生きるんだ!)
まだ庸一の名も知らなかったあの時、光は生まれて初めて……否。
二度の生を通じて初めて、恋に落ちた。
前世では幼少の頃から神に選ばれた勇者として育てられ、自身もそういうものとして受け入れていた。
戦いに明け暮れる毎日で色恋に現を抜かす暇など欠片もなく、そんな生活に疑問を挟む余地もなかった。
今振り返ってみても、そのことに対する不満などはない。
人々のために生き死ねたことに誇りを感じられるほどに、光は気高い少女であった。
が、それはそれ。
今はただの、恋する乙女なのである。
「……うん? 光、俺の顔に何かついてるか?」
想い人が自分を見てくれるだけで、自分の名を呼んでくれるだけで、胸に幸福感が満ちるような。
そんな、どこにでもいる恋する乙女なのだ。
「いや、何でもない。たまたま見ていただけだよ」
「そっか」
今から振り返ってみれば、現世で庸一と出会った時の胸の高鳴りは吊り橋効果的な部分も大きかったのだと思う。
前世の記憶が初めて揺り動かされた刺激が、エルビィ・フォーチュンとして生きた頃の感情の想起が、心臓の鼓動を早め、それを恋心と錯覚した。
けれど、それが全てではない。
庸一に助けられた時に感じたときめきは確かなものだし、再会してから積み重ねた時間がそれを更に強固なものにした。
彼の少し不器用な優しさを、意外なまでの逞しさを、ものぐさなくせにお節介なまでに面倒見の良いところを。
知れば知るほどに胸は高鳴っていった。
「……光さん。貴女、匂いますわね?」
「……へ?」
物思いに耽っていたところ、環がそんなことを言ってきたため思わず間の抜けた声が漏れる。
「い、いや、そんなことはないだろう……? 確かに今日は体育もあったけど、デオドランドだって使ってるし……」
そうは言いつつも不安になってきて、光はクンクンの自分の肩の辺りの匂いを嗅いでみた。
少なくとも自分で感じる範囲では、特異な匂いは感じられないように思う。
「いーえ、匂いますっ」
しかし、環はそんな言葉と共にビシッと指を突き付けてきた。
「メスの匂いが、プンプンですわよ!」
「何を言ってるんだ君は……」
とはいえ庸一のことを考えていたのは事実であり、少しドキリとしてしまう。
「天ケ谷がメスの顔をしとることは否定せんが、お主にだけは言われとうないんじゃないかのぅ……」
「わたくしはオープンにしているので問題ないのです!」
「そういう問題かえ?」
「まず、私がメスの顔をしているという点は一番に否定してほしいところなんだが……」
なんて会話を交わしていたところ。
「ていうかお前ら、こんなとこでメスだなんだ言い合うなよ……品性を疑われんぞ……」
半笑いで、庸一が割り込んできた。
ちなみに現在、四人が話しているのは放課後の教室である。
まだクラスメイトもそこそこ残っており、その大半がこちらに生暖かい目を向けてきていた。
「ほほほ、わたくしたちの品性などとっくに地に落ちた評価なのですから問題ございませんわ!」
「私の品性まで地に落ちているような物言いはやめてもらえないか!?」
「いやまぁ、否定出来ん事実ではあるじゃろう」
「魔王まで!? 君はそれでいいのか!?」
「有象無象からの評価なぞ知ったことではないわ。妾は、己が選んだ一部の人間に評価されていればそれで良い」
「同感ですわね」
「君ら、そういうとこ強いよなー……」
光は、呆れ半分感心半分といった表情で苦笑する。
「つーか、さっさと帰ろうぜ。今日、観たい番組あるんだよ」
と、庸一が鞄を持って立ち上がる。
「はいっ、兄様! エデン経由でよろしいですかっ?」
「問題があるのは耳かな? それとも脳の方かな?」
この程度は慣れっこという感じで、庸一は腕に抱きついてくる環のことを半ばスルーであった。
二人は、腕を絡ませたまままま連れ立って歩いていく。
(……ワンチャン、私もノリで腕に抱きついたらそのまま通ったりしないかな)
そう思って足を早めてみるも、失敗した時のことを考えるとなかなか最後の一歩を踏み出すことが出来なかった。
万の軍勢に対して一人で突っ込んだ時でさえ、一瞬たりとも躊躇することはなかったというのに。
(ははっ……まるで、普通の女の子みたいだ)
それがもどかしく、同時に嬉しくもあった。
「くふふ、相変わらず煮え切らぬ奴じゃのう」
「う、うるさいなっ」
ニマニマ笑う黒に心情が筒抜けになっていたようで、光の顔は少し赤くなる。
(にしても、魔王も今やちょっと変わった女の子って程度だよなぁ……環も……いや、まぁ、環はともかくとして……)
流石に、環に関しては『ちょっと変わった』の範疇に入れがたい光であった。
◆ ◆ ◆
そのまま、歩くことしばらく。
(あぁ……『普通』といえば、あの時は一つ勘違いしていることがあったな……)
校門に差し掛かった辺りで、庸一の背中を見ながら光はふと思い出す。
……と、その時であった。
「へっへっへっ、出てきやがったなー!」
校門の向こうから、チンピラポーズの他校生が大声でそんなことを言ってきたのは。
隣にはもう一人男がいるが、こちらは直立の体勢だ。
彼らの服装を見て、光は警戒レベルを少し高める。
それが、この辺りで有名な不良高校の制服だったためだ。
それはつまり、一年程前に光が揉めた高校の生徒ということである。
……というか。
「ヒャッハー! 俺と勝負しやがれぇ!」
少なくとも片方は、どう見てもあの時の世紀末的価値観に憧れている男だった。
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