第7話 元妹や元勇者や元魔王が俺に惚れているはずがない
クラスメイトの記憶に衝撃と共に刻まれた、環の転校初日。
その放課後、帰路に着く段階ともなれば環のテンションも落ち着きを取り戻し……。
「兄様兄様! 腕を組んでもよろしくて!?」
などといったことは、もちろん全くなかった。
「もう組んでるじゃん……」
ガバッと腕に抱きつく環に、庸一は苦笑を浮かべる。
「つーかお前、人前であんまくっつくなよ……噂になってるの知ってるだろ?」
そして、そんな風に苦言を呈しはするのだが。
「わたくしと兄様がラブラブであるという噂ででしょうか? だとすれば、事実なのですから気にする必要はないのでは?」
「それを事実とする意見にも異論を挟みたいところではあるが、今言ってるのは俺とお前が兄妹プレイに勤しんでるって噂だよ……」
「前世では事実兄妹だったことですし、あながち間違いでもないのでは?」
「あながち間違いでもないからこそ厄介なんだよなぁ……」
そう言いながらも、環のことを拒絶はしない。
そんな庸一の優しさが、環の胸をたまらなく高鳴らせた。
「兄妹というのが事実でなくなったことこそが、わたくしにとって何よりの朗報ですわ」
庸一には聞こえない声量で、ポツリと呟く。
庸一と環……エフ・エクサとメーデン・エクサは、前世では実の兄妹であった。
しかしメーデンは、エフのことを異性として愛していた。
血の繋がった兄を、本気の本気で愛していた。
ずっと、結ばれたいと思っていた。
けれど結局、兄にとって自分は妹でしかなかった。
それは、
だが、今の二人には血の繋がりは一切存在しない。
これは、前世で諦めなかった自分に神が贈ってくれたご褒美……否。
前世で諦めなかった自分が掴み取ったチャンスなのだと、環は信じて疑っていなかった。
「ふふっ。愛しておりますわ、兄様」
前世からずっと言い続けていた言葉を、今一度口にする。
「あーまー……俺もまー、そんな感じだ」
前を向いたまま、少し恥ずかしげに頬を掻いて。
庸一は曖昧な調子ながら、環と同種の感情を返した……と、本人はそう思っていることだろう。
前世から変わらず、環の愛情を『家族愛』だと疑いもしていないのだろう。
今はもう、血も繋がっていないのに。
そのことに、不満を覚えないわけではない。
けれど、前世での今際の際……もう二度と兄に会うことが出来ないのだと恐怖したことを思い出せば、かつてと同じ距離を取り戻せただけで幸せを感じているのもまた事実であった。
今また、自分たちは生きている。
再び別の世界で生を受け、こうしてまた出会った。
生きてさえいれば、可能性は無限大に広がっている。
焦る必要はない。
(……もっとも)
内心でだけ、軽く舌打ち。
(兄様を虎視眈々と狙う女狐どもがいなければ、のお話ですけれど)
今日一日で散々見た、兄の周囲をチョロチョロする女二人の顔が脳裏に浮かんだ。
「兄様、お尋ねしたいのですが」
極力平静を装いながら、呼びかける。
「あの女ぎつ……もとい、あの二人とはどういうご関係なので?」
「二人? 光と黒のことか?」
「えぇ」
片眉を上げる庸一に、いかにもただの雑談ですよとばかりに環は軽く頷いて見せた。
「どういう関係って言われてもなー……うーん……」
顎に指を当て、庸一は思案顔で宙を見上げる。
「友人? になるのかな、一応」
出てきた言葉は、酷く曖昧な調子を帯びていた。
「ま、向こうがどう思ってるのかは知らんけど」
やや苦笑気味に、そう付け足す。
「……わたくしが見るに、あの二人が兄様に向ける感情は友情ではないと思いますが」
「あ、やっぱり?」
環の言葉に、庸一の苦笑が深まった。
「あいつらにとっちゃ、俺なんてその他大勢の一人だろうしなぁ……」
「いえ。あれは、兄様のことを狙っておりますわ。確実に」
「うん……?」
環としては一目瞭然の見解を述べただけなのだが、庸一はパチクリと目を瞬かせる。
「流石に、命を狙われるような恨みを買った覚えはないんだけど……」
「そうではなく、兄様の恋人の座を狙っているのです」
見当違いの発言を訂正すると、もう一度パチクリ。
「ははっ、面白い冗談だな」
そして、おかしそうに破顔した。
「冗談で言っているわけではありません」
「いやいや」
真顔で返す環に、庸一は笑ったまた手を振る。
「あいつら、前世じゃ『勇者』と『魔王』だったんだぞ? 現世でも、大財閥の跡取り娘とスポーツ万能のハーフ美人だ。こんな、前世でも現世でも一般人オブ一般人な俺に恋愛感情とか向けるわけないだろ」
「……まぁ、兄様がそう思われるのでしたらそれで構いませんけれど」
下手に突いて、あの二人を意識するようになってしまっては本末転倒。
そう考えて、ここはひとまずそう締めくくっておくことにした。
「……ところで、今更なんだがな」
そこでふと、庸一が表情を改める。
「なんか当然の如く俺に付いてきてるけど、お前んちってこっちの方なの?」
本当に今更なことを言う庸一に、環はクスリと笑った。
「いえ、真逆の方角ですわ」
「だったらなんでこっちに来てんだよ……」
「妹が兄と常に寄り添うのは当然のことでしょう?」
「それを当然とする主張自体にも疑問はあるが……今はもう、兄と妹じゃないだろ」
「兄様……! 今のお言葉はつまり、もう血縁関係ではないのだから結婚しようというプロポーズの言葉と捉えてよろしいですか!?」
「解釈がアクロバティックすぎる」
笑いながら言って、庸一は肩をすくめる。
「ま、血が繋がってなかろうと俺にとってお前は紛れもない妹だけどな」
今回も、少し照れた調子を伴っての言葉。
恐らく、庸一としては環との絆は今でも変わらないという旨を伝えたかったのだろう。
血縁関係がなくなってもなお妹扱いしかされない残念さと同時に、そんな兄の気持ちを嬉しく思う自分がいるのも確かだった。
「合法的に妹と結婚出来るというのは、ロマンですわよね」
照れ隠しに、冗談めかす。
もっとも、半分以上本気の言葉でもあったが。
「マジで生まれ変わってもブレねぇなお前は……」
庸一の笑みが今一度、苦笑気味に変化した。
「わたくしがブレるのは、写真撮影の時だけですわ」
「写真映り下手かよ」
「周囲は、わたくしの美しさを残すまいと美の女神が嫉妬しているのだと言いますわね」
「まぁ、言わんとしていることはわかるが……前世じゃ、俺と血が繋がってるって言っても誰も信じてくれなかったもんな。俺はザ・平凡な顔立ちだし」
ちなみに、庸一と環の顔の作りはほとんど前世のままである。
今の年齢が前世での享年に近いからというのもあるだろうが、ともすれば転生したことを忘れそうになることさえあるほどだ。
光と黒も前世と同じ顔立ちなので、転生とはそういうものなのだろう。
「わたくしにとっては、兄様は今も昔も世界一の美男ですわよ」
「そらどうも」
これも冗談と受け取ったか、庸一は口の端を皮肉げに歪めた。
環としては、嘘偽りのない本心からの言葉だったのに。
だが、こんな流れも前世で散々繰り返したこと。
(わたくしの気持ちが正確に伝わらないだなんて、今更すぎますわね)
今更、この程度で落胆するはずもない。
(前世では結局叶いませんでしたが……今度こそは、兄様と結ばれてみせますわよ!)
表面上は、涼しい顔で庸一と雑談を交わしながら。
心の中では、拳を突き上げて天に決意を捧げる自身の姿をイメージする環であった。
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