第8話 各自の記憶

 前世で終ぞ果たせなかった、愛しい人と結ばれるという宿願。

 それを、現世でこそ……と決意し燃える環であったが、それはともかくとして。


 転校から数日も経てば当初のざわめきも流石に収まり、二年八組の教室はすっかり平穏を取り戻していた。


「そういえば一つ気になっていたんだが、環」


 そんな、とある日の休み時間。

 ふとした調子で、光が環へと視線を向ける。


「なんですの? 兄様のスリーサイズでしたら教えませんわよ?」


 片眉を上げて、そんなことを宣う環。


「いや、それは別にいらな………………いや、やっぱり知りたい。その情報、いくらで売ってくれる? 出来ればお友達価格で頼む」


「教えません、と言ったのが聞こえなくて?」


「お前ら、本人の目の前で人の個人情報やり取りするのやめてくれる?」


 二人のやりとりに、苦笑と共に庸一が口を挟んだ。


「つーか、環も俺のスリーサイズとか知らんだろ」


「??」


「なんで、何言ってんのかわかんないってリアクションなんだよ……」


「兄様のことで知らない情報など、あって良いわけがないでしょう?」


「さも当然のことのように言われても……そもそも、スリーサイズとか俺自身すら知らないんだが。測ったこともないのにどうやって知るっつーんだ」


「そんなもの、目視で十分測定可能ですわ」


「何その能力」


「妹なら持っていて当然のスキルです」


「俺の知ってる『妹』の概念と違う……ていうか、男のスリーサイズなんて知ってどうすんだよ……」


「?? 兄様の等身大人形を作るのに正確なデータは必須でしょう?」


「なにその発想怖い」


 そんな会話を交わす傍ら、黒が「くふふ」と含み笑いを漏らす。


「庶民の涙ぐましい努力じゃのう。ヨーイチの等身大人形など、暗養寺コンツェルンが密かに擁する工場の生産ラインにとっくに乗っておるというに」


「……冗談だよな?」


「個人の使用の範囲に留めるので、安心するが良い」


「微塵も安心出来る要素がないんだが……」


「魔王、その人形を………………くっ! しかし、勇者たる者が魔王相手に物乞いのような真似など……! 今ほど、勇者たる身分を恨めしく思ったことはない……!」


「光も、もうちょっとマシな場面で勇者という立場に葛藤を覚えてくれる?」


「というか別段、生まれ変わってまで前世の役割に縛られることもないのではなくて?」


「それもそうだな! よし魔王、その等身大人形をくださいお願いします!」


「プライドの投げ捨てっぷりに躊躇がなさすぎる……」


 割と引き気味にツッコミを入れてから、庸一は呆れ混じりの視線を光に向けた。


「つーか、話逸れすぎだろ。環になんか聞きたいことがあるって話じゃなかったのか?」


「む、そうだった」


 庸一の言葉に、光も表情を改める。


「前世であれだけ兄様兄様と言っていた割に、現世で庸一と出会うまでに十七年近くもかかったというのが少々疑問でな。君のことだから、歩けるようになった途端に兄を探すための旅に出てもおかしくないと思っていたんだが」


「あぁ、そのことですの」


 環は、小さく片眉を上げた。


「確かに、それについては一生の……いえ、二度の人生を合わせても最大の不覚ですわ」


 ふぅ、と物憂げなため息を吐く。


「けれどわたくし、ずっと前世の記憶は失ったままでしたので。先日兄様のお姿を目にした瞬間、一気に全ての記憶が蘇ったんですの」


「あぁ、君もそのパターンだったのか」


 納得の調子で、光が頷いた。


「私も、魔王と出会うまでは自分の前世が勇者だなんて夢にも思わなかったものなぁ」


 どこか遠い目でそう口にする。


「なんで人によって、記憶の保持状態が違うんだろうな? 俺は、こっちで生まれた時から前世の記憶があったけど……そういや、黒は俺と会った時にはもう魔王としての記憶があったよな? やっぱ、生まれた時から前世の記憶が残ってたのか?」


「む? うむ、まぁ、そんな感じじゃな……」


 どこか歯切れ悪く、黒。


「恐らくは、わたくしが今際の際に放った転生魔法の影響範囲の問題でしょう。基本的には兄様を対象としていたので兄様には完全な記憶が存在し、言わばついでに転生するに至った魂であるわたくしや光さんの記憶は不完全なものになった……と。魔王については……元々の魔力の大きさの違い、でしょうか……?」


 術者である彼女自身も理由は把握出来ていないのか、環は考えをまとめるように視線を左右に彷徨わせながら喋っている。


 と、そこで。


「……ところで」


 環は、何かに気付いた様子でふと表情を改めた。






―――――――――――――――――――――

続きは明日投稿予定です。

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