第4話 かつての勇者は記憶の彼方
朝っぱらの騒動から少し時間が経過した後、小堀高校二年八組の教室にて。
「兄様、同じクラスですわねっ! これはもう、運命ですわ! 運命ですわ!」
そこには、庸一の手を取って満面の笑みを浮かべる環の姿があった。
「うん、まぁ、それはいいんだが……」
一方、庸一の顔に浮かぶのは苦笑。
「とりあえず、皆に向けて自己紹介をしようか?」
そして、そう促した。
転校生として紹介された環が、教室に入ってくるなり一直線に庸一の元に駆け寄って来たためである。
クラスの面々は、ポカンとした表情で庸一と環のことを見ていた。
「魂ノ井環と申します。よろしくお願い致しますわね」
環は、何事もなかったかのようにそう告げる。
庸一の手を取ったままで。
クラスメイト一同、「お、おぅ……」と大層微妙な表情となった。
「まったく、君は生まれ変わっても相変わらずだな……というか、むしろ悪化したか?」
と、庸一の隣の席からそんな声。
「庸一から君が転校してくると聞いた時は驚いたよ、メーデン」
親しげに環へと話しかけるのは、輝く金色の髪が目立つ少女であった。
凛とした顔立ちは中性的で、男女問わず惹きつける魅力を持っている。
金髪と同じくその碧眼も日本人らしからぬものだが、実際イタリア人とのハーフなのだとか。
背も女性としてはかなり高く、細身で均整の取れたプロポーションの持ち主だ。
「だけど今生でも会えたこと、嬉しく思う」
と、少女は微笑みを環に向ける。
「………………」
声に反応して、環が少女の方に目を向けた。
けれど、それも一瞬のこと。
「兄様兄様、放課後は毎日デート致しましょうね! あっ、それとも、もしかして部活に入ってらっしゃるのかしら!? ならわたくし、その部のマネージャになりますわ! いずれにせよ、これからはずっと一緒ですわよ! もう離れませんわ!」
すぐに興味を失くしたとばかりに庸一への方へと視線を向け直し、そう捲し立てる。
「ちょ、いやいやいや……無視は酷くないか?」
それに対して、隣の少女が笑みを苦笑に変えた。
「確かに君の兄至上主義は知っているけど、私だって仮にも仲間だったわけだろ?」
少女の言葉を受けて、環の視線が再度彼女の方へと向く。
「………………」
ただしその表情は、ものっそい興味なさそうなものである。
というか、割とイラッとしている感じだった。
環は、前世の頃から兄との時間を邪魔されることを何よりも嫌う。
「……ちょっと待て。まさかとは思うけど、君」
環の態度を見て、少女の顔から徐々に自信の色が失われてきた。
「私のことが、わかっていない……とか、言わないよな……?」
恐る恐るといった調子で、少女が尋ねる。
「………………」
それんな彼女へと向ける環の視線は、部屋の端っこの方に溜まっている埃に向けられるのと同じ類のものであった。
「そんなことより兄様、今日の放課後ですが……」
「いやちょい待ぁち! スルーするな! 私だよ私! エルビィ・フォーチュン!」
「える……びぃ……?」
「うっそでしょ君、なんでそんな初めて聞いた単語みたいな反応なの!? 長い期間ではなかったとはいえ、一緒に旅した仲だろう!? 『勇者』! 『勇者』エルビィ・フォーチュンだよ! 今の名前は
「……あー」
そこでようやく、環の表情に理解の色が宿る。
というか、初めて少女……光の顔をまともに瞳に写した感があった。
「お久しぶりですわね、エルビィさん」
光に向けて、小さく微笑む。
「あ、あぁ、そうだな」
若干涙目になり始めていた光も、ようやく認識されたことにホッとした様子であった。
「だけど、今は私のことはエルビィではなく光と……」
「ところで兄様、お昼はどうしていますの? よろしければわたくしがお弁当を……」
「ちょっと君、私に対する興味が薄すぎない!?」
が、即座に庸一の方へと向き直った環にまたも驚愕の表情を浮かべる。
「うるさいですわよ、ヒカビィさん」
「人の名前を勝手にキラキラした感じにしないでくれないか……というかなんかもう、その混ざりっぷりが私への興味の無さを端的に表してるよなー……」
羽虫を追い払うかのような環の態度に、光の顔についに諦めの気配が漂い始めた。
「一緒に、魔王打倒を目指して旅した仲間なのに……」
そう……先程、本人が言った通り。
天ヶ谷光ことエルビィ・フォーチュンは、前世の世界において『勇者』と呼ばれていた。
それは、魔王を倒す者として神に選ばれた存在に贈られる称号。
魔王に脅かされていた前世の世界における、人類の希望の象徴であった。
そして、魂ノ井環ことメーデン・エクサは魔王を倒すために結成された勇者パーティーの一員だった。
天才死霊術師として名を馳せた才能を買われた形だ。
ちなみに、平野庸一ことエフ・エクサは勇者パーティーには参加してない。
妹と違って平々凡々な冒険者に過ぎず、とてもではないが魔王との戦いに付いていけるレベルではなかったためである。
「……別段、わたくし自身がその旅を望んだわけではありませんわ」
ポツリと環が呟く。
「それは……」
それに対して、光も何とも言えない表情で押し黙った。
二人の間に、どこか気まずげな空気が流れる。
ガラッ!
と、そんな空気を吹き飛ばすかのように勢いよく教室の扉が開けられた。
「くぁ……なんじゃ、騒々しいのぅ?」
あくび混じりに教室に入ってきたのは、一人の少女だ。
高校二年生としてはかなり小柄な体躯ながら、その存在感はやけに大きく感じられる。
それは遅刻しておきながら何憚ることもないとばかりの堂々とした態度がゆえか、あるいは別の理由ゆえなのか。
やや眠そうに目は細められているが、表情も不遜そのもの。
まるで、自身こそがこの世界の王であると言わんばかりのオーラを身に纏っていた。
そして。
それは、少なくとも前世の世界においてはほとんど間違いではなかった。
「っ!?」
少女を目にした瞬間、環の顔色が変わる。
「
次いで、少女に対してそう叫んだ。
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