第3話 割とチョロい女
「もう、ではどうすれば良いとおっしゃいますの?」
エデン(ラブホテル)行きに再度ストップをかけた庸一に対して、環は困った駄々っ子を相手にするかのように眉根を寄せる。
「学校行けばいいって、さっきから言ってんじゃん……」
一方こちらはゲンナリとした様子で答える庸一。
「学校で、どうやったら兄様とゴールイン出来るとおっしゃいますの!? ……ハッ!? いえ、もしかして……校内で、ということですのね!? 兄様がそう望まれるのでしたら、わたくし勿論受け入れましてよ!」
「やべぇなこの会話の成り立たなさ、懐かしすぎて涙出そうだわ」
かつてはそれこそ毎日のように繰り返されていたこんなやり取りを思い出し、庸一の表情がだいぶ虚ろな感じになってきた。
「お前、今日が転校初日なんだろ……? 遅刻とかして余計な波風立てんなよ」
「ご心配、痛み入りますわ。ですが兄様、大事なことをお忘れではなくて?」
ふっ、と環は小さく口元に笑みを形作る。
「ほら、御覧ください」
そして、手の平で周囲を指し示した。
いつの間にか二人は結構な数のギャラリーに囲まれており、多数の興味深げな視線に晒されている。
その大半は、小堀高校の生徒だ。
「わたくし、転校先の皆さんがこれだけいる前でホテルだのゴールインだの校内でだのと、声高に連呼しておりますのよ? 既に手遅れでしょう」
今度は手を自身の胸に当て、環は笑みを深めた。
「なんで得意げなんだよ……」
「これはもう、兄様が責任をお取りになるべきではなくて?」
「勝手に自爆された挙句、それに巻き込まれただけの身に何の責任が生じてるっていうんだ……」
庸一のゲンナリ具合が加速する。
それからため息一つ、表情を改めた。
「いいから、とりあえず今日のところは大人しく学校に行きなさい。初日からサボったりしたら、今のご家族も心配すんだろ?」
「む……」
環が言葉に詰まる。
少なくとも前世において、メーデン・エクサは『家族』というものに対して格別の感情を抱いていた。
恐らくその点は転生しても変わっていないだろうと踏んだわけだが、どうやら正解だったらしい。
「ですが、せっかく再会出来ましたのに……」
それでもまだ納得は出来ないらしく、環は唇を尖らせる。
「だから、後でゆっくり話しようぜ。その方が落ち着くし……それに、さ」
庸一は、そこで少し間を空けてニッとイタズラっぽく笑った。
「たぶん、お前をビックリさせられるようなネタもあるから」
すると、環は目をパチクリと瞬かせる。
「……なるほど」
次いで、得心顔となった。
「つまりわたくしは、婚姻届を用意しておけばよろしいんですのね!」
「いや、よろしくないです……」
頭の中でどのような変換がなされたのか想像するのも億劫で、庸一はそれだけ返す。
「いいからほら、行くぞ。とりあえず、職員室までは案内してやるよ」
それから頭を切り替え、今度は庸一の方から環の手を取った。
「あっ……」
繋がった手を見て、環の表情に軽く驚きの色が混じる。
けれど、それも一瞬のこと。
「……はい、兄様っ」
ポッと赤くなった頬に手を当て、今の今までゴネていたのが嘘だったかのように粛々と手を引かれていく。
そんな様子を見て、集まっていたギャラリーの心は一つとなった。
『チョロい……!』
なお、そんなことを呟きながら二人の後ろ姿を見送っていた者の大半は遅刻した。
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