1-19『魔の頂に立つ者達 1/2』
「――ッ」
開かれた扉から、まるで白いペンキを勢いよくぶち撒けたかのような光が溢れ出す。すっかり暗闇に慣れ切ったキツネの目には、それがあまりにも眩しく思わず瞼を閉じていた。
けれど徐々に光にも慣れ始めたのか、やがて薄く瞼を開くと瞳を動かし周囲を探るように見回す。
暗闇から一転、そこで少女が目にしたものは――。
「おおっ! ……お、おおぅ? これはまた、なんと言うか、うん」
端的にシンプルと言う他ない、何の飾り気も無い殺風景な白い部屋。
キツネが目算した限り、天井の高さはおよそ
その中で唯一特徴的と認められるものがあるとすれば、天井真ん中に埋め込まれた、人の背丈の半分ほどある巨大な蒼い水晶玉ぐらいだろう。
そのまま視線を下げれば、床に固定された大理石のような柄の意匠を凝らした長机があり、その周りには大きな背凭れの付いた椅子が左右に六席ずつ備えられていた。
そんな光景にシェイドの手を引くキツネは一瞬瞳を輝かせたものの、直後にはまた違った感想を胸に天井を見上げる。
「一体なんなんじゃ、あの馬鹿デカイ水晶は。自重で落ちたりせんのか? あと周りにちょいちょいヒビ割れが見えて、ワシ怖い」
「俺も初めてアレを見たとき、同じことを思ったよ」
少女が浮かべるのは、なんとも落ち着きの無い不安げな表情。視線の先には、少しでも衝撃を与えればばヒビ割れからパラパラと天井の欠片が零れ落ち、直後にはドスンと落ちてきそうな巨大な水晶玉。
そんなキツネにシェイドは同情を示す一方で、あの水晶玉が何たるかを手短に語った。
「アレは人と
「仕上げが雑ゥ、台座やらの周辺機器も用意しようとは思わなかったんじゃろうか……。ん? すうせんねんまえ?」
神と人との繋がりについては既に道中で説明を済ませていたこともあり、神繋という名称に対する興味は薄れていたらしい。代わりというべきか、設置の無計画さに焦点を合わせたキツネはヤレヤレと首を振った。
しかし、途中でシェイドが語った内容の一部に疑問を感じたのだろう。
少女は数度の瞬きの後、口を三角に、目を点にして頭の悪そうな表情を浮かべると、“数千年前”という単語に小首を傾げた。
「惰性で続いてるくらいには、歴史があるって言ったろ? 当時はそれぐらい、神が人と交流を持った衝撃は大きかったんだよ」
「
「それは違っ……。いや、神と人との接点が等しく人類に与えられたって点を準えれば、全く違うってこともないか」
「そういうもん、なのかのぅ……。……待て、お主何故クリスマスを知って――」
予想の数倍は続いていた儀式の歴史に唖然としながらも、キツネは納得したように頷きかけて、すぐさま動きを止める。
そして直後には驚愕したように顔を上げ、“クリスマス”という言葉を理解しているかのように受け応えるシェイドに顔を向けていた。言わずもがな、クリスマスとは地球で行われている行事の一つであるからだ。
無論、異世界とて似た風習が存在する可能性はある。だが果たして、名前や由来まで同じということはあるのだろうかと、キツネにそんな疑問を看過することなど出来る筈も無かった。
その時、
「――やあやあシェイド、久々に会えて嬉しいよ! それと同時に残念だ、キミにそっちの興味が芽生えてしまうだなんて……」
シェイドに向かって親しげに語りかける、掠れた男の声がキツネの言葉を遮った。
そして声の主はコツリコツリと、どこかガッカリとした思いが感じられる足取りで二人に近付く。
「相思相愛でも十三歳未満は犯罪だ、大人しく自首しよう。大丈夫、俺も付き添ってあげるから」
やがて声の主はシェイドとキツネの前に立つと、残念そうに首を振りながら未だ握り合っている二人の手を指差した。
「ただただ只管に失礼じゃないですかね」
途端、「今のご時世だと笑えませんよ、その冗談。いやホントに」と、シェイドは真顔ですぐさまその手を離す。
その際、キツネは何か言いたげな表情を浮かべたが、次の瞬間には目の前の人物に興味が移っていた。
「こ奴は?」
「なんか、よく分からない怪しい人」
「ひどいなー、その紹介」
二人の前に立っていたのは、二十代後半と思しきシェイドより頭一つ分ほど背の高い、痩せ細った血色の悪い男。薄く青みがかった肩まで伸びるボサボサの白髪と、目の下に浮かべる真っ黒な隈が特徴的だ。
あと少し筋肉を付け、髪を整え、もっと血の通った健康的な肌をしていたならば、それなりに整った容姿に仕上がっていただろう。
そんな男の服装は実に簡素なもので、真っ白な無地の肌着に足首まで裾が延びる黒いパンツと、白衣のように着こなす魔法使いのローブという、
その中で唯一個性が表れている点と言えば、左腕全体に隙間無く巻かれた鼠色の包帯ぐらいだろう。
ともあれ当然のことながら、この場に居る時点で彼もまた魔法使いの一人であることが窺えた。
だが直後、キツネは男の言葉に耳を疑うことになる。
「はじめまして、召喚者のお嬢さん。キミの話は聞いているよ。俺は序列第二位、レイ・ハウガードだ。よろしくね」
「うむ、よろし――」
ニコやかな笑顔と共に右手を差し出す男――レイ・ハウガードの自己紹介に、キツネも一先ず頷いて手を握り返す。
見た目こそ華やかさはあまり感じられないものの、キツネは男から妙な親しみやすさを覚えていた。
しかし、
「第二位……?」
直後には、彼が自己紹介の中でサラりと語った言葉に耳をピクリと揺らし、自身の聞き間違いを疑うように首を傾げた。
だが、
「……数年前に
「はぇー……」
少女の耳は、至って正常に機能していたらしい。シェイドの説明に驚愕を顕わにすると、開いた口から驚きの声を垂れ流しつつ目を丸くした。
つまるところ、今彼女の目の前に立っている男は、エリクス魔法界における実質的
気付けば自然と「普通、こういうキャラはこの場に居らんか、居ても最後に登場するものでは?」等という呟きがキツネの口から零れ出ていた。
「あっはっは! 不思議な基準を持った面白いお嬢さんだ。――にしてもシェイド、ホントにキミはいつまで経っても俺にだけ余所余所しいんだね」
「初対面の頃から俺にだけ異様に距離が近かったんですから、何らかの企みではと警戒もするのも仕方ありませんよ」
一方、そんなキツネを差し置いて、レイとシェイドは互いに向かい合って言葉を交わす。片や心底不満気に、片や不審者を警戒するように。
「前に会った時も言っただろう? 俺はキミという人間を心から尊敬しているんだ。だから敬愛の意を込めて、こうやって言葉や振る舞いで示しているんだよ」
「初対面時にその気持ちを抑えてくれていたなら、俺ももう少し砕けた態度でいられたでしょう。……そう、会っていきなり泣きながら抱き付かれたりしなければね。それに尊敬してると言う割に理由やきっかけを聞くとだんまりなので、単純に気味が悪いです」
今も、ニコやかな表情で近付こうとするレイを睨むような視線で牽制しながら、シェイドは機械のように無感情な口調で語る。
そんな二人の話をキツネは傍で聞きながら、(想ってくれる相手が居るだけでも嬉しいものなんじゃがなぁ……)と考えていたのだが、事情が事情な為口には出さず、ただ黙って二人のやり取りを眺めるだけに留めていた。
そんな時、
「仲良く談笑するのは結構だがね、そろそろ席についたらどうじゃ。目障りかつ耳障りでならん」
シェイド達から見て長机の右側、奥から三番目の椅子に座る一人の男が、ひどく立腹した様子でシェイド達に向けて声を上げた。どうやら窘められるくらいには、盛り上がりが過ぎていたらしい。
「あ、ああ、すまん。という訳だからキツネ、とりあえず席に座ろう」
「うお、なんじゃなんじゃ?」
「あらら、残念」
途端、シェイドは男の声に慌てた様子を見せると、残念がるレイを無視してキツネの手を引きそそくさと歩き出す。そして彼から見て左側にある、手前から二番目の席に腰を降ろした。
それに習ってキツネも、何食わぬ顔で当たり前のようにシェイドの膝に腰掛ける。
「……なあキツネ、俺はいつからお前の椅子になったんだ?」
「仕方ないじゃろ。隣の空いてる席に座ろうとしたら、あの男が物ッ凄い形相で睨んできたんじゃから」
そう言ってキツネが顔を向けた先には、今しがたシェイド達を窘めたばかりの顰めっ面の男。
卵を逆さにしたような頭の形と鋭く尖った鷲鼻が特徴的な、額に三本の皺を浮かべる背の低い老人だ。
今も、老人は少女を威圧するように強く睨んでいた。
「……何故、あの男はワシのことを睨み続けておるんじゃ。騒がしくして不興を買ったのは、主とレイであろう?」
しかしキツネも負けてはいない。納得いかないことに萎縮する理由は無いと腕を組み、同じくキッと老人を睨み返しながらシェイドに問い掛ける。
そんな姿にシェイドは(何故張り合う)という思いを隠し切れない表情を浮かべる一方で、どこか困ったように天井を見上げた。
やがて少年は慎重な口振りで、言葉を選ぶように口を開く。
「あの爺さんは序列第六位、ガンマ・チゴラ。魔法使いの中でも特に序列に強い拘りを持つ、その、なんだ、魔法使いに対する意識が非常に高い男で――」
「回りくどい、主の悪いトコじゃぞ。ワシが知りたいのは、何がその、ガンマ? とやらの癇に障ったのかじゃ」
どうやらシェイドの説明は、キツネの意に沿うものではなかったらしい。
ワシが訊きたいのはそういうことではないと、少女は若干体重を込めて少年に凭れ掛かる。
すると、
「知らぬなら仕方ない。じゃがの、この席にもちゃんと意味があるんじゃよ」
いつの間に移動していたのだろう。シェイドの左隣、空席を一つ挟んで腰を降ろすクローバが、まるでキツネの疑問に答えるように呟いた。
「この席は全て、奥から序列の高い順に並んでおる。奥から見て右が、それぞれ一位、三位、五位、七位、九位、十一位の奇数位列。そして左が」
「二位、四位、六位、八位、十位、十二位の偶数位列、ということじゃな?」
「うむ」
台詞の後半を引き継ぐように語ったキツネの答えは、見事正解だったらしい。
クローバはコクリと頷くと、合図を送るようにシェイドにチラリと視線を送った。
「……要は座席が序列を示す通り、ただ席に座るにしても相応の格、つまりは見合った順位じゃないとダメってこと。いやまあ、別に座ったところで何かあるって訳でもないんだが」
その視線を受けて、シェイドは言い難そうに頭を掻く。
けれどいざ口を開くと、その口調を徐々に真剣なものへと変えていった。
「魔法使いの大半は、此処へ至る為に想像を絶する苦労や修羅場を乗り越えてきた。そうして漸く掴み取った称号と順位の証明が、魔法使いの
自身も魔法使いの一人であることから、その説明をするのに気恥ずかしさのようなもの感じたのだろう。言い終えると同時に、シェイドは沈むように背凭れに体重を預ける。
「……成る程の。確かにそれを踏まえて考えれば、ワシの行動は軽率じゃったかもしれん。じゃがの――」
またキツネもその説明に納得いったようで、ガンマを睨むのを止め肩の力を抜くように息を吐いた。
しかしすぐに、顔を顰めて振り返る。
「だったらまず先に! そのことを! 説明せんか!」
「いやー、ハッハッハー! ……………ごめん」
至極ご尤もな意見である。これにはシェイドもバツの悪そうな苦笑いを浮べ、視線をあらぬ方へと向けた。
果たして、彼が小声で呟いた謝罪の言葉は届いたのだろうか。息巻くように腕を組むキツネは耳をピクリと揺らしながら、ヤレヤレと首を横に振るのだった。
「して、あのガンマとやらが今も不機嫌丸出しでワシを睨んでいる理由は、結局ワシの行動が原因じゃったということか?」
「いや、そもそも魔法使い以外がこの部屋に居ること自体に腹を立ててるんだってさ。前にも似たようなことがあったって、クローバが教えてくれた」
「それに関しては、ワシもどうしようもないんじゃが!?」
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