1-13『別れと活気』
「ほ、本当に、ありがとうございました。こ、このご恩は、一生忘れません……!」
「義を見てせざるは勇無きなり、ワシらは己の正義に従って行動したまでじゃ。そう畏まらんでもよい――ワシ、なんもしとらんけど」
大きく開かれた城門の脇、堅牢にして高く聳え立つ白い壁の内側で、些やかだか和気藹々とした声が上がる。それは、キツネとアメリアがそれぞれ発したものだ。
二人は現在、城壁の内側を沿うように建てられた衛兵団の詰め所、名を『城門見張り棟』と呼ばれる建物の直ぐ前に立っている。
その建物は若干横に長い箱の追うな直方体の木造建築物で、脇には小じんまりとした厩舎が並び、そして更にその隣には大型の倉庫のような建物があった。
「しかしもう別れとは、寂しくなるのぅ……」
「ほ、本当に、何から何まで、か、感謝の言葉が尽きません……」
そんな場所で交わされていたのは、アメリアによる感謝を多分に含んだ別れの挨拶。
目下シェイドの目的はキツネを王都へ連れて来ることであり、アメリアとの出会いは偶発的なものであったからだ。
そして漸く一行は、アメリアの身の安全を保証出来る場所まで辿り着くことが出来た。故に彼女とはこれ以上行動を共にする理由が無く、であればここで別れることになったのだ。
加えて彼女は、ガルガダック等に囚われた際の状況について事情聴取を受けねばならない。
「そ、その、ここまで面倒を掛けて頂いたにも関わらず、わ、私からは何もお返しできなくて……。ほ、本当に申し訳ありません……」
「構わんと言っておろうに、義理堅いというか何というか……。ほれ、一先ず顔を上げよ」
キツネはそう言うと困ったように頬を掻き、ペコペコと頭を下げ続けるアメリアに若干呆れたような溜息を零す。
ここまで来れば、もう疑いはない。アメリアのたどたどしい口調や振る舞いは、間違いなく彼女生来のものなのだろう。
故にキツネはそれを受け入れたのか、アメリアの言動について何かを言うこともなく、代わりに彼女の頭を上げさせようと肩に手を置いた。
その時、
「おーい、準備出来たぞー」
不意に、二人の間を通る声が一つ。
道中の説明を終えたらしいシェイドが大剣の男を隣に連れて、倉庫のような建物から姿を現した。
「これはあくまで臨時の貸与品だ。王都から出る時は、ちゃんと返しに来いよ」
「わーってるよ」
城門見張り棟の脇にある厩舎のすぐ隣、倉庫のような建物から現れたシェイドと大剣の男は、馬車を引き連れキツネとアメリアの前に立つ。
しかし男が連れてきた馬車は、シェイド達がここに来るまでに乗っていたモノとは全くの別ものであった。
それもその筈、彼等が乗ってきた馬車は衛兵団が預かることになっていたからだ。
別におかしな話ではない。
此処へ来るまでに、シェイド達が半ば乗っ取るような形で扱っていたあの馬車は、本来ガルガダック等の所有物であり彼等が奴隷商を生業としていたことを証明する証拠品でもあるのだから。
おまけに車内ではガルガダック等が今も鎖で繋がれていることから、改めて拘束具を嵌め直す際逃げられるリスクを負うより、そのまま馬車ごと預かる方が都合が良いと判断された。
無論、だからと言って彼等を捕えた功労者を相手に「ここから先は歩いて行け」と言える訳も無い。故に、衛兵団で扱っている馬車を一時的に貸与する次第となったのだ。
「報酬の支払いはさっき話した通り、あいつらを
「りょーかい。――さてと、都内限定だが替えの馬車も調達できた。それじゃあキツネ、俺たちも行くとするか。……それと、アメリアさんもお元気で」
「うむ。達者での、アメリア!」
「は、はい……。……ほ、本当に、ありがとうございました……ッ!」
かくして、シェイド、キツネ、アメリアの三人旅はここで終わる。
しかし当初の目的を達成する為、シェイドは尾を引くような別れの余韻に区切りをつけて、馬車に腰を下ろすと手綱を叩いて馬を歩かせる。
一方、キツネは徐々に遠のくアメリアを荷台で眺めながら、その姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
対するアメリアも、二人の乗った馬車の音が聞こえなくなるまで深々と頭を下げ続けるのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「――……王都衛兵団団長リーガ・アスメント、それがアイツの名前と役職だ。それ以外のことは守秘義務があるから教えられないが、もし気になるようなら調べてみるといい」
「……? なんじゃ、藪から棒に」
王都の壁の内縁をグルリと囲むようにして木々が生え並ぶ林の中を、シェイドと、その隣で腰掛けるキツネが馬車で行く。
既に陽は中天と呼ばれる位置にまで差し掛かっており、木漏れ日が風景にささやかな彩りを魅せる中で、キツネは不意に語り出したシェイドに首を傾げていた。
「ほら、王都入りの前に
「ああ成る程、そういうことか。てっきりまたいつもの独り言かと。しかし、ふむ……」
「え、俺普段からそんなに独り言激しい?」
一人ショックを受けているシェイドを
しかしふと、なにやら思うことが脳裏を巡ったらしく、再び首を傾げるとシェイドに尋ねた。
「ところでその、リーガ・アスメントとやらが衛兵団の団長であることは分かった。じゃがしかし、それと主との繋がりが全く掴めん。主等はどういった関係なんじゃ?」
「“元”仕事仲間だよ。衛兵団団長のリーガに対して、俺は王都魔導部隊隊長をやっていた。まぁほんの十数年前までの話だが――」
「嘘はいかんぞ」
「一考の余地ぐらいあってもいいじゃない……」
どこか懐かしむように語るシェイドの言葉を、しかしキツネはノータイムで否定する。
これにはシェイドも俯き気に声の調子を落とし、しょんぼりと、表情に悲哀を滲ませた。
「お主、自分の姿を鏡で見たことはあるか? その成りで『十数年前』等と、主は口が利けるようになって直ぐ隊長にでもなったのか? 実は非行少年じゃった主をリーガとやらが更生させ、そこから繋がりが出来たと言われた方がまだ信じられるぞ。無職よ、無理をするな」
「出会った中でも群を抜いて失礼過ぎる発言だな!? ていうか――」
だが、そんなことはお構いなしと踏み込んで行くのがキツネという童女である。
鋭く疑いの眼差しを向ける姿は、見た目だけなら崖際で犯人を追い詰める探偵のように見えなくも無い。あくまでも、格好だけだが。
しかしシェイドもここまで言われれば、流石に黙ってはいられないというもの。ならば俺からも言わせて貰うと、言いたい放題のキツネに反論を開始する。
「お前が言えたことか? 齢五百歳越えがなんたらって」
「だって一応ワシ、神じゃし?」
「……ハァ、バカらしい。止めだ止め、互いにこの場で証明出来るものが何も無いのに、これ以上続けたところでなぁ」
しかし言葉を交わしてすぐに、シェイドはこのやり取りが全く不毛なものであることに気付く。
理由は彼自身が今言った通り、証明に足る物がこの場に無いという一点に尽きるからだ。
「そら、前を見てみろ。そろそろ林を抜けるぞ」
結局無理に納得させるものでもないと諦めたシェイドは、解決の見えない話を打ち切ると前を向く。
そして徐々に周辺に生える木々の密度が薄くなっていることに気がつくと、キツネに前を向くよう促した。
「む、漸くか。壁が建っているというのに、果たして外縁をこれ程緑豊かにする必要があるのかのぅ。年一ペースで遭難者とか出てそう」
「まだ壁が完成するずっと昔、かつてはこの木々一本一本が王都グローリアの城壁代わりを務めていたそうだ。今は殆ど機能しちゃいないが、その感謝を忘れない為にこうして形だけでも残しているんだと。それに割と執拗に道案内の立て札が掛けられているから、故意に道を外れでもしない限り迷うこともないだろ。……まぁ正直、不便っちゃ不便だが」
「よく火責めに遇わんかったの」
そんな会話の最中にも、馬車は遂に林を抜ける。
直後、遮るものの無い陽の光がシェイドとキツネの頭上に際限なく降り注ぎ、キツネは思わず目を細めた。
だが、それもほんの数秒のこと。
「――……お、おお、おおおおおおおおおおおおおお!!」
やがて光に目が慣れ瞼を開いたキツネは、途端に歓声を上げた。
「な、なんじゃ!? なんじゃこれは!?」
まず最初にキツネの目に飛び込んできたのは、広い道幅の大通り。
恐らく道中で出会った大百足を横に伸ばしても尚まだ足りないであろう大きさで、だのに道は先が見えないほどに長く続いている。
また真っ白な石を敷き詰めて造られた道は、しっかりと舗装されているのか髪の毛一本の隙間すら無く、小さな段差の一つすらも見当たらなかった。
だが真に、彼女の興奮の引き金を引いたのは、そこに犇く光景だ。
「ほぁー……。これ程の数の人間が行き交う様を、まさか異世界で、こうも近くで眺められるとは」
「まこと、わからんもんじゃな」と呟くキツネの視界に映るのは、数多の人間や種族が交錯する活気に満ちた生活の営み。
少し見る向きを変えれば、そこでは大声で客を呼び込み商いに精を出す者や、その声に釣られて店先を覗き込む者。陽気なテンポで弦楽器から美しい音色を奏でる者や、その前で聞き入るように体を揺らす者が。
再び向きを変えれば、すれ違う馬車に笑顔で手を振る者や、それに応え手を振り返す者。昼間から酔い潰れているのか道の脇で寝息を立てている者や、それに迷惑そうな
そんな光景が、広く長い真っ直ぐ伸びた道の両側で空間を奪い合うかのように、あちらこちらで犇めき合っていた。
しかしそれらの光景も、此処では喧騒の一部に過ぎない。それ程までに、この場所は人の賑わいで溢れていた。
そんな大通りの中心を、シェイドとキツネを乗せた馬車は人の歩みとそれほど変わらない速度で移動する。
「もう少しすれば広場に着く。そこで適当な物を買い込んだら、今度は王城に向かう」
「おー、なんじゃアレは!」
「聞いてるか?」
「うーむ!」
果たして、ちゃんと話を聴いていたのだろうか。
キツネは尚も移り気に視線を彷徨わせながら、シェイドに曖昧な相槌を返す。
(大丈夫かなぁ……)
故に、そんな懸念を抱くのも必至というもの。
シェイドは一抹の不安を胸に抱えながら、しかし気合を入れるように背筋を正す。
そうして馬車は、人ごみを傍目に大通りを進み続けるのだった。
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