幕間Ⅰ『旅の途中で』
此処は、ディーア大陸内のあらゆる地に通じると呼び声高い丘陵地帯、通称『町渡りの丘』。
そこに、本来この大陸には生息しない筈の大百足から嬉々として身を剥ぎ取る少年――シェイドと、その様子を退屈そうに眺める獣耳の少女――キツネの姿が在った。
「のう、シェイドよ。どうしてワシは王都とやらに行く必要があるのじゃ? RPGなら鉄板じゃが、生憎ワシは勇者の剣を抜いた覚えは無いぞ」
百足の剥ぎ取りを始めてからおよそ十数分。『王都に向かう』と宣ってから何の説明もすることなく、しまいには百足の剥ぎ取りに執心するシェイドに向かい、キツネは痺れを切らしてそう訊ねる。
その言葉を聞いたシェイドは一旦作業を止めると振り返り、「あれ、話してなかったか?」と首を傾げてみせた。
「聞いとらん。全然、全く、一言も聞いとらん。説明はよ、即刻はよ」
「そうだっけか? ……そうだった。――端的に言えば、お前がホントに召喚者かどうかの確認が目的だ。過去にも召喚者を騙る輩は大勢いたからな、王都でロードに掛け合って確かめる必要が……って、何してんだお前?」
もはや受け入れたのか、諦めたのか。キツネの言動を意に返すことなく、シェイドは淡々と答える。
しかしその返答を聞いたキツネは、驚愕の表情で地に膝を付けた。よくよく見ればその瞳には、なんとも嘘臭い涙が滲んでいる。
「召喚者という概念が存在する時点で、ワシと同じ境遇の者が居るであろうことは分かっておった。しかし、騙る者が現れる程にありふれた存在であろうとは……。この世界におけるワシのアイデンティティ……」
「んな訳ないだろ」
そんなキツネの姿を呆れた様に眺めながら、シェイドは否定の言を述べる。
直後、「え、そうなの?」と涙を引っ込めたキツネは少年に詰め寄ると、興味深そうな視線を向けた。
それに対し、シェイドも頭を掻きながら応える。
「召喚者がそうポンポン現れてたまるかっての。有史以来、召喚者と認められているのは、過去から現在に至るまで四人だけだ。加えて、その誰もが後世に誇れる偉業を成して来たとなれば、憧れなり虚栄なりそれを自称する奴が現れるのは、まぁある意味仕方の無いことだからな」
しかしシェイドは表情を曇らせると「でも」と続け、
「そうなりゃ、悪知恵捏ねる輩は何処にでも現れるもんだ。召喚者の子孫を騙って詐欺を働いたり、自分は今代の召喚者だと宣う輩が出始めたり、しまいにゃ逆張してウケを狙ったのか魔王教団なんて妙な
「シェイド?」
最後の声は小さく、消え入りそうにシェイドは語る。
その感情の波を
しかしシェイドはそれに気付くと、「なんでもない」と少女から顔を逸らしつつ続ける。
「とまぁ、そんなことが繰り返し起きた時期があってな。かつては輝かしく、しかしどうやったって手の届かない召喚者という称号も、次第に詐欺師を揶揄する言葉として扱われるようになった」
「……先人の残した足跡を蹴散らす輩は、どこの世界にも居るものじゃな。やはりそういったものを題材にするならリスペクト精神が無いと、結局はそうなる
「詐欺
徐々に口調が荒くなっていくことを自覚し、シェイドは一言詫びると口を閉じる。そして気を紛らわせるように百足の剥ぎ取りを再開する。
一方キツネは「構わん構わん」と手をヒラヒラ振りながら、気にしとらんとでも言うように続きを促した。
「で、終わり。ということもなかろう? それでは消化不良もいいトコじゃ。なによりワシの質問の答えになっておらん、しかも途中からは愚痴になっておったし」
そんなキツネの言葉に、シェイドは思わず特大の溜息を吐き出す。
しかし同時に「確かにそうか」と考え直し、けれど剥ぎ取る手は休めることなく語り直した。
「そんな現状に、なにかしら思うところがあったんだろうな。ある日突然、これまで滅多なことでは人の世に干渉してこなかったロード・デウス――永世魔法使い序列第一位が姿を現し、ある取り決めを作った」
「魔法使い序列? ロード・デウス?」
真剣な表情でシェイドの話を聴き入りながら、キツネは聞き覚えの無い言葉に度々疑問符を浮かべる。
シェイドはそれに気付くと、先回りするように説明を付け加えた。
「話が脱線しない程度に説明するなら、魔法使い序列ってのは、云わば魔法使い間の格付けみたいなもの。んで、ロード・デウスってのはその中の頂点であり、この“神治魔法世界エリクス”の
少年の説明にキツネはうんうんと頷き、話の内容を確かに理解しながら続けて問う。
「その言い方から察するに、序列一位じゃから
「いや。この世界を無から創り上げた、正真正銘の神だ」
「ほぅ、無から。…………ん? …………!?!?」
その言葉を聞いて数瞬、キツネは何かを考えるように黙り込む。
しかし遅れてシェイドの言葉の意味を理解すると、途端にその表情を驚愕に染め、陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を開閉させた。
「そんな驚くようなことか?」
「む、むしろ驚かぬのか? つまるところ神が、あろうことか
「まぁ、当時はかなりの衝撃だったらしいけど、俺が生まれた頃にはもう既にそうでもなかったからなぁ」
「……これがカルチャーショックという奴か。或いはこっちが普通で、地球の神が引き篭もりなのか」
「それじゃあ、話を戻すけど」
キツネの反応に怪訝そうな表情を向けながら、シェイドは王都へと向かう理由のまとめに入る。
一方キツネは未だに文化の違いに混乱しながらも、その特徴的な獣耳だけはピンと立て、とりあえず聴く姿勢をみせた。
それを合図と見込んで、シェイドは手早く結論を述べる。
「その取り決めってのは、まあ端的に言って召喚者を騙ることを禁ずるって話だ。だから自らを召喚者だと宣う輩が現れた際、そいつを連れてロードに直接掛け合う義務が発生する。腐っても法だからな」
「ん? つまり今のワシは、絶賛連行中……? いや、その疑問は今は置いておこう、怖いし。しかし実際に連れて行ったとして、分かるものなのか?」
素朴ではあるが尤もなキツネの質問に、しかしシェイドはチッチッチと指を振って答えた。
「曰く、神はなんでもお見通しらしい。だから嘘を吐いているかどうか、その言葉の真偽を瞬時に見極めることが出来るそうだ。その方法も、ちょっと見て即判決ってな感じのお手軽仕様で」
「はえー、神様すっごい」
ここに来てひどくシンプルな回答に、その落差も相まってエリクスの神観にどうしても納得し切れないキツネは、今度こそ頭がパンクする。
なんせ異世界の創世神が直々に裁くというのだ。古い絵画のような荘厳な審判があるのではと、突かれて痛む腹の無いキツネからすれば半ば期待すらしていたというのに。
蓋を開ければ、眼科の定期健診程度のノリで行われるソレに思考が止まる。
それでもどうにか、頭の悪い相槌を打つことには成功した。
しかし追撃は続く。
「と言っても、ロードは“聖域”から出ることはない。だから直接会うわけじゃなく、基本的にやり取りは水晶越しでパパっと済まされるんだけど――」
「よし分かった、もう分かった。じゃからこれ以上異世界に対する幻想を打ち壊すのはやめとくれ。流れ作業審判とか、閻魔様でももうちょっと時間を掛けてくれるじゃろうに……」
畳み掛けるようなシェイドの補足に、キツネはとうとう両手を挙げて降参の意を示すと、身体を投げ出すように仰向けに寝転がる。
しかし、未だ大百足の剥ぎ取りを続けるシェイドの目にその姿が映ることはなく、剥ぎ取りを終えて歩き旅が再開するまで、キツネの異世界に対する幻想は延々と打ち砕かれ続けるのだった。
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