第十五章 決着
「ヒマねぇ」
「総大将がヒマなのは物事が上手くいっている証拠だよ」
リイのボヤきに軍師が突っ込んでくる。
リイ率いる軍勢はカールス・フォン・シュターデンの敗残兵も吸収し、城塞都市ヴェスラを包囲していた。
てっきりリイは即座に攻城戦を開始するのかと思ったが、どこからか現れた軍師の献策は『包囲だけでいい。攻める必要はない』ということであった。
これに軍師を敵視するアリシアは『すぐに陥落させなくては防備を固められる』と言ったが、軍師の『シュターデン子爵に今更固められる防備はない。時間をかければ無傷で落とすことができうる』と発言。軍師の言葉にファーレンハイトが同調し、モルトはリイに意見を一任した。
そしてリイが下した命令はヴェスラの『完全包囲』であった。
リイとて戦えるものなら戦いたい。だがカサの民での経験がヴェスラを攻めることを躊躇させた。アリシアも力攻めの愚はわかっているので素直に意見を取り下げた。
(まぁ、もしこれで落とし方がわかれば私がカサの民としてヴェスラを攻める時に役立つかもしれないし)
「何か不穏なことを考えていないか?」
「むしろ私達が不穏以外のことを考えたことがるのか問題」
「それもそうだ」
リイは内心で不満に思う。だいたいいつも不穏なことを考えるのは軍師である。清廉潔白なリイは不穏なことなど考えたことがない。
軍師が聞けば「それはない」と即座に突っ込み、アストライアが聞けば「どっちもどっちねぇ」と言い、アリシアが聞けばどう答えていいかわからずあわあわするだろう。
「それで? 包囲してから三日経つけどまだ落ちないの?」
「いや、いい具合になってきている」
「どうゆうこと?」
リイの言葉に軍師は羽扇をヴェスラに向ける。
「さてリイ。ヴェスラには今誰がいる?」
「シュターデン子爵でしょ?」
リイの言葉に軍師はニヤリと笑う。
「あそこにいるのはシュターデン子爵だけじゃない。出ることを許していないために大量の民間人や商人がいる」
「……ああ、そういえばそうね」
確かに軍師は包囲の指揮をとるファーレンハイトとモルトに民間人も出ることを禁じていたことを思い出す。
「だけどそれはシュターデン子爵が抜け出すのを防ぐためじゃないの?」
現にモルトはそう言って同意していたし、軍師も否定しなかった。
軍師はゆらゆらと羽扇を揺らしながらゆっくりと口を開く。
「それも目的の一つだ。だが本命は民間人や商人を中に押しとどめるためだ」
「何のために?」
リイの言葉に軍師は羽扇でヴェスラをさす。
「さてヴェスラとはどんな都市だ」
「カサの民の疾走を妨げる憎き城塞都市」
「いや、そんなカサの民特有の考えではなく」
「何言っているの? 私はカサの民よ?」
胸を張りながら言い放ったリイに軍師は困ったように羽扇で顔を扇ぐ。そして少し考えながら口を開いた。
「では帝国の貴族にとってヴェスラとはどのような都市だ?」
「私はカサの民だからわからないわ」
「ちょっとは考えて!」
リイが即答すると軍師が嘆きの言葉をあげた。
流石にリイもふざけすぎたと思ったので考える。ヴェスラが帝国にとってどのような都市
か。
「……カサの民を抑えるための城塞都市じゃないの?」
「まぁ、本分はそっちなのは間違いない」
「本分?」
「最近のヴェスラにはそれ以外の価値があるってことだよ」
リイが不思議そうな表情になると、軍師は思いっきりリイを煽ってくる笑顔を浮かべた。
「え? わかんない? いやぁ、これだから無学の相手は疲れるわぁ」
「私のソールは簡単に振るわれるわよ?」
リイがソールを出しながら言うと軍師は即座に土下座した。
リイは一度軍師の鳩尾に蹴りを入れてから立たせる。
「それで? どういうこと?」
「おぉ……鳩尾に蹴りが……」
「はい、さっさと説明する。あなたの存在価値でしょうが」
「俺の存在価値が低い……!」
何やら奴隷が騒いでいる気がするが、軍師の存在価値はリイの中で星以下なのでどうでもいいことである。
自分に治療魔法をかけながら軍師は説明を始める。
「簡単に言うとヴェスラはこの地方……帝国においても有数の商業都市の側面がある」
「……ああ、そんなことも言っていたわね」
リイはヴェスラの中で軍師に受けた説明を思い出す。
「そのヴェスラがこの三日完全に封鎖されている。これを意味することは何だ?」
軍師の言葉にリイは必死に考える。ここでまたトンチンカンなことを言ったら軍師にバカにされるだろう。確かにリイは無学であるがバカではないのだ。それを証明しなくてはいけない。
「……貴族が困る」
「十点」
「何点満点で?」
「百点満点」
「低い……!」
どうやら軍師とリイでは頭の出来が違うらしい。
「ヴェスラの封鎖によって帝国の経済が大きく混乱しているんだよ。入るべき金が入らないってことが各地で起こっているだろう」
「また金ぇ?」
軍師の言葉にリイは嫌そうな表情になる。カサの民にとって戦うことの誇りが重要であり、金など二の次三の次である。
しかし軍師はそれを嗜めるような表情になる。
「古代、貨幣経済ができたことによって戦争の意味が変わった。奪うための戦争から自らが富むための戦争だな。カサの民のように誇りを第一とすることを俺は否定しないし、美しいとも思う。だが、上に立つ人間には背負わなきゃいけない使命がある」
「何それ」
リイの言葉に軍師は羽扇でリイを軽く扇ぐ。
「従っている騎士や兵。自分の領民を飢えさせないことさ」
その言葉はリイの心にストンと落ちた。
「なるほど。族長と同じってことね」
「その通り。上に立つ者は必ずその使命を負わなければならない」
そこまで言って軍師は哀れみの目でヴェスラを見る。
「最近の帝国の貴族はそれを忘れ、下から搾取し、己の懐を膨らませることしか考えない輩が多すぎる。権力を持って勘違いをしたんだろうが、哀れなことだ」
その言葉はシュターデンと言う存在を哀れんでいるようであり、帝国の民を哀れんでいるようでもあった。
「話が逸れたな。ヴェスラの人を止めたことによって周囲の貴族にはすでに被害が出ているだろう。その時周辺の貴族は何を考える?」
軍師の問いにリイは再び考える。だがこれは簡単だ。
「ヴェスラを解放するように動く?」
「その通り。ではどうやって?」
「……私達に援軍として入る?」
リイの言葉に軍師はニヤリと笑う。その笑いにリイは不満に感じる。
「何よ、違ったの?」
「いや、着眼点はいい。確かに援軍としてここに来れば戦後自分達の立場を主張して利権を主張することも可能だ」
「シュターデン子爵に援軍として来る可能性は?」
「すでに完全に戦局は定まっている。これでシュターデン子爵の援軍に来るような低脳は貴族にいないさ」
そう言いながら軍師は再び羽扇でゆらゆらと自分を扇ぎ始めた。
「それじゃああなたは周辺の貴族が援軍として来るのを待っているの?」
「それこそまさか。軍を動かすのには金がかかる。そして攻めるのは天下の城塞都市ヴェスラだ。いくら金がかかるかわかったもんじゃない。確かに戦後利権を主張できるだろうが、それで得られる利益じゃ赤字だ」
「赤字じゃダメなの?」
「ダメだよ。戦争は赤字競争じゃない。黒字競争だ。それに軍を起こさなくてもいい解決策がある」
「何それ」
「リイとシュターデン子爵の講和さ」
軍師の言葉にリイは難しい表情になる。それを見て軍師は説明を続けた。
「カサの民のリイには納得できないかもしれないがな。講和が一番被害が少ないし、金もかからない。問題は講和を持ち出して来る貴族だが、戦後に『講和を主導した』と言って利権を主張してきても周辺の他の貴族がそれを許さないだろう」
「軍師」
「何だ?」
リイはこれだけは確認しておかなければならなかった。
「『講和』ってなに?」
軍師の視線が可哀想な者をみるような目になった。それにはリイも見覚えがある。なにせよく軍師に向ける目だ。
「待って! 冗談! 冗談だから!」
「そうだよな。冗談だよな。じゃあ『講和』ってなんだ?」
軍師の言葉にリイは必死になって頭を回転させる。
(考えろ! 考えるのよリイ! ヒントは軍師が言っていたはず!)
必死になってリイは考える。そして答えを出した。
「戦争を終わらせること?」
(黙って拍手)
(渾身のガッツポーズ)
軍師の顔は完全に呆れているが、リイ的に正解したからセーフである。
「まぁ、あとはリイにこれ以上同族殺しの汚名を着せないためというのもある」
「同族?」
「……シュターデン子爵はお前さんの祖父の弟だぞ」
軍師の言葉にリイは今思い出したかのように手を叩いた。それを見て軍師は羽扇で目元を隠してしまう。呆れているようだ。
「いや、ちょっと忘れていただけよ?」
「その調子だとカールス・フォン・シュターデンもお前の血族ってこと忘れていたな?」
「……殺しちゃまずかった?」
「死んで役に立つ輩もいるにはいるが、カールス・フォン・シュターデンは生きて役に立つ男だったな」
つまり軍師の中では最初からカールス・フォン・シュターデンは生かしておくつもりだったのだろう。だが、リイが戦争の中で殺してしまったから予定を変更している。
「なんかごめんね」
「大丈夫、リイが猛者と戦争で戦って殺さないはずがないと思ったから、戦争の指揮を外された時点のそのつもりで動いていた」
「じゃあいいわね!」
「ちょっとは悪びれろやぁ……!」
リイと軍師はお互いにメンチを切り合う。だがすぐに飽きて視線をヴェスラに戻した。
「ていうか私は今更汚名なんか気にしないわよ。カサの民の時点で帝国じゃ汚名や悪名だらけだろうし」
「最初からマイナスだからずっとマイナスでいいってわけじゃないんだよ」
「むむむ」
「何がむむむだ」
リイの中で帝国での汚名や悪名などゴミ程の価値もない。
「何より汚名や悪名を背負っていては民の統治がしずらい。だからすでに『リーディアはカールスに降伏を勧めたが、カールスがこれを拒否した為にやむおえず斬った』という噂を流している」
「問答無用で斬っちゃったんだけど」
「よくも悪くも民は噂を信じる。幸いなことにアトラティカの連中がヒャッハーしたおかげでカールス・フォン・シュターデンの近衛もみんな死んでいる。真実は闇の中さ」
「……なんか納得できないなぁ」
「リイがカールス・フォン・シュターデンを斬らなければこんな噂を流す必要もなかったんだけどな」
「ごめんなさい」
リイが素直に謝ると軍師は羽扇でリイの頭を軽く叩いた。許すということだろう。
だが、これでリイにも戦争終わった直後にモルトとアリシアが驚愕の表情を浮かべていたことに納得できた。
まさか殺すとは思っていなかったのだろう。
だが、リイは悲しいかな修羅民族カサの民出身である。敵になれば親兄弟でも容赦しないとイヴァリースでも大評判だ。
実際のカサの民は部族や家族を大切にする為に実際にはそんなこと起きないのだが、リイにとっては関係のないことだ。
「今までの話を聞いたところ、あなたが待っているのは講和の使者?」
「使者と言っても周辺の貴族のじゃない」
「どういうこと?」
「もっと適任がいるってことさ」
「リーディア様!」
そこにやってきたのは焦った様子のアリシア。アリシアは焦った様子でリイのところまでやってくると急いで口を開いた。
「たった今メルカッツ辺境伯の講和の使者としてシュナイダー様がいらっしゃいました!」
リイが胡散臭い視線で軍師を見ると、軍師は微笑みながら文官の礼をするのであった。
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