第十四章 ジグスト平原の戦い

 リイは城塞都市ヴェスラからカールス・フォン・シュターデン率いる二千が出陣したという報告を聞き、抑えのための兵士をジークデン城に残すと出陣した。その数二千百。

 そして両軍は城塞都市ヴェスラとジークデン城の中間にあるジグスト平原と呼ばれるところで対陣した。

 リイの軍勢は先鋒にファーレンハイト、二陣右翼にアリシア、二陣左翼にモルト。そして本陣にリイとアストライア率いるアトラティカの精鋭だ。

「あらぁ? 軍師はどこに行ったのかしらぁ?」

 大剣を担ぎ鎧を身につけたアストライアがリイに問いかけてくる。リイは鎧を身に着けることはせず、急所があるところだけにプレートをつけて動きやすさを重視している。

「軍師だったら『戦陣にいたら口を挟みたくなる』って言ってどっか行ったわ。そこらで見物しているんじゃないかしら」

「あらぁ、いいご身分ねぇ」

「一応建前上は『ヴェスラ攻略のために別行動』ってことになってるけどね」

「それもやってそうねぇ」

 アストライアの言葉をリイは否定しない。奴ならやりかねないからだ。

 その時、相手の陣地から鬨の声が上がって進軍が開始された。

「さ、始まったわね」

「楽しそうねぇ」

 アストライアの言葉にリイは満面の笑みを浮かべる。

「戦闘だもの。楽しいわよ」





「ふむ、やはり押し込まれるか」

 リイの軍勢の先鋒であるファーレンハイトは指揮をとりながら呟く。相手は勇猛を持って知られるカールス・フォン・シュターデンである。簡単に勝てるとは思っていない。

「しかし、カサの民育ちで軍略など知らないと思っていたがな」

 軍議でリイが話した戦術。それは確かに軍略に基づくものであった。てっきり軍師の入れ知恵かともファーレンハイトは思ったが、今回の戦に関して軍師はノータッチらしい。

「なかなか面白そうな主人となりそうだな」

「ファーレンハイト殿! 押されています!」

「わかっている。リーディア様の指示通り徐々に退くぞ」

 そう言いながらファーレンハイトは笑みを零しながら小さく呟く。

「さて、お手並み拝見とさせていただこう」





「ミュラー殿! ファーレンハイト殿が!」

「わかっています」

 アリシアは予定通りに後退を開始したファーレンハイトの陣を目視する。徐々に退くその姿は本当に押し込まれているように見えるほどであった。

「あの男だけに好き勝手させない……!」

 アリシアが言うあの男とは軍師のことであった。能力が高いのはアリシアも認める。ジークデン城を無血で占領するなど簡単にできることではない。

 だが、それ以上にアリシアは軍師がメルカッツに毒を盛ったことに憤っていた。

(あの男の好きにさせない……!)

 そのためには自分の発言力を高めなければいけない。そして今回の戦で上手くできれば発言力を高めることができる。

「我が軍は右斜めに進軍を開始! 敵を半包囲するように!」





「モルト殿!」

「わかっておる。しかし、ファーレンハイトの奴め。相変わらず見事な用兵をする」

 モルトは若き頃のファーレンハイトの指導をしたこともある。『食うために騎士になった』と公言しているだけに、同じ騎士から嫌われていたファーレンハイトであったが、その『騎士になるための努力』は誰にも負けないものであった。

 当然のように指導役であったモルトはそれに気づいている。

「モルト殿! ミュラー殿が!」

 兵士の言葉にモルトが右翼の方を見るとアリシアが半包囲をとるように動き始めていた。

(降将としても、奴らより先達としても拙い戦をリーディア様には見せられないな)

 モルトはそう思うとすぐに声を張り上げる。

「我が軍は左翼から展開する! 右翼に合わせて敵を半包囲せよ!」





 戦場ではすでに戦の帰趨は決まっているようであった。

 ファーレンハイト、アリシア、モルトの三軍によってカールス・フォン・シュターデンの軍勢は包囲攻撃を受けているからだ。

 その光景を少し小高い丘から眺めているリイとアストライア。周囲にはアトラティカの精鋭達もいる。

「たいしたものぇ」

「別にたいしたことじゃないわよ」

「そうかしらぁ? こうも見事に包囲できるんだから誇っていいわよぉ」

 アストライアの言葉にリイは物凄く複雑そうな表情になる。

「この戦術はカサの民がメルカッツ辺境伯……爺上によくやられる戦術なのよ」

「……あらぁ」

 アストライアも思わず目を手で覆ってしまう。つまりリイは戦術をたてたわけじゃなく、単にメルカッツ辺境伯によくやられた作戦をそのままやっただけだ。

「勇者! 一団がファーレンハイトの陣を突破したぞ!」

 アトラティカの戦士の言葉にリイはその一団を見る。

 大将旗を背負った一団。おそらくはカールス・フォン・シュターデンがファーレンハイトの陣を強行突破してきたのだろう。

「まぁ、向こうの勝ち目は一か八かのリイ殺害しかないものねぇ」

「……それやったら弓で射殺されたのよねぇ」

 容赦のない祖父の所業を思い出しつつ、リイはソールを呼び出す。

「あらぁ、直接戦うのかしらぁ?」

「ファーレンハイトが追ってきていないってことは『自分でどうにかしてください』ってことじゃない?」

「あのイケメンなら皮肉な笑み浮かべながら言いそうねぇ」

 好き勝手なことを言いながら駆け出すリイとアストライア。そしてアトラティカの戦士達も続く。

 そして後一駆けのところで相手が止まったのでリイ達も止まる。

 改めてリイは相手の大将であるカールス・フォン・シュターデンの顔を見る。親子らしくどこかイザベラの雰囲気を残した顔立ち。いや、この場合はカールスにイザベラが似たのだろう。

 返り血を浴びた顔を真っ赤に染めながらカールスが吠える。

「貴様が伯父上の孫娘を僭称する輩か」

「周囲からはメルカッツ辺境伯の孫娘と言われている奴を指すなら私のことね」

 リイの言葉にカールスは血のついた槍を振るう。

「メルカッツ家を混乱に陥らせた元凶はワシが成敗してくれる!」

「やれるもんならやってみなさい!」

 同時に二人は馬を駆け出す。アストライアやアトラティカの戦士達も駆け出していく。

 そしてカールスとリイは剣と槍を交える。

(なるほど。それなりに強い)

 リイは星を駆けさせながらカールスと打ち合う。勇猛を持って知られる。その言葉に嘘はないだろう。確かに強い。

 そしてカールスの兵士の悲鳴が聞こえる。そこでは一方的に殺戮するアストライアとアトラティカの戦士達がいた。

「クソ!」

 それをみて焦ったのだろう、カールスの振りが大きくなった。

 その隙を見逃すようではカサの民として生きていけない。

「な!?」

 リイが一気に間合いを詰めると、カールスの表情が驚愕に染まる。

 そしてリイは剣を横に振りぬいた。

 驚愕の表情のまま飛ぶカールスの首。

「敵大将カールス・フォン・シュターデン! リーディア・フォン・メルカッツが討ち取ったり!」

 その音声は戦場に響き渡るのであった。


 両軍の戦は二時間ほどで終了した。

 カールス・フォン・シュターデンは戦死。残った兵は降伏した。

 リイの軍勢はそのまま進軍を開始し、城塞都市ヴェスラを包囲するのであった。

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