第十三章 少女の戦い

「ふぅ」

 リイはジークデン城の謁見室で疲れたようにため息を吐く。

 モルトの条件を受けれいたリイ軍が無血でジークデン城に入城した。これには軍師のことを気に入らないアリシアも認めざるえず、軍師を『面白そうな人間』と判断しているファーレンハイトは面白そうに笑ったのだった。

「お疲れですか、リーディア様」

 口調と行儀正しくリイに尋ねてくる軍師。そんな軍師をリイは半目でみる。

「あなたのその態度気持ち悪いからやめてくれる?」

「おぉ! なんと酷い言い草でしょうか! 私は己の全能力を持って主人であるリーディア様を盛り立てようとしているだけですのに!」

 リイが無表情で拳を握ると軍師は速攻で土下座した。

「それで? この後はどうするの?」

 リイの問いに立ち上がりながら軍師は答える。

「ジークデン城に抑えの兵士を残してヴェスラに向けて出陣する。幸いなことに頭痛の種だった兵糧と金の問題はシュターデン子爵が蔵に溜め込んでくれていたおかげで解決された。これだったら少し時間かけてもいい」

 軍師は上機嫌になりながら羽扇を扇いでいる。『軍師らしさを見せるために』とアトラティカでアストライアが購入したものだが、気に入ったらしい。

「時間かけたらどうなるかしら?」

「金と被害が少なくてすむ。戦争なんて金がかかる割には得るものが少ないからな。いかに金をかけずに勝つか。これが重要だ」

「兵士の被害は気にしなくていいのかしら?」

「兵士に被害が出るのは戦った時だ。その時が一番金がかかる。兵士に払う賃金、兵糧代、その他諸々の金金金。実は戦闘をしない方が金はかからないのさ」

「そんなもの?」

「そんなものだ。お前さんのメルカッツ辺境伯家だってヴェスラという金のなる都市を有しているから未だに帝国随一の貴族でいられるんだ。あんな頻度で侵攻してくるカサの民を迎撃していたら普通はあっという間に破産だ」

「……めんどくさぁい」

「お前さんには必要になる知識だ」

「あなたに全部任せるわ」

 リイの言葉に一瞬だけ軍師は呆気にとられるが、すぐに笑う。

「信頼してくれるのは嬉しいがな、一応知識として知っておいた方がいい」

「じゃあやっぱり私はメルカッツ家継ぐの辞める」

「アリシアとモルトが逃がしてくれるといいな」

 リイを探索していたアリシアは当然としてモルトもイーリスによく似たリイに期待をしている。なにせ育ちはカサの民でその心はメルカッツ家の当主に相応しいものを持っている。

 メルカッツ家に仕える者としては期待するなという方が無理であった。

「でもファーレンハイトはそこまで熱心じゃなさそうよ?」

「あいつもなぁ……いまいち何を考えているか読めん」

 二人に思い浮かんだのはヴェスラを脱出してきて、一軍の率いている騎士の姿だった。ファーレンハイトはアリシアやモルトのように期待するような眼差しをリイに向けてこない。

 ただ面白そうな観察対象がいると言った雰囲気で笑ってくるだけだ。

 そこで軍師は話を変えてきた。

「シュターデン子爵の孫娘イザベラをどう見た?」

 リイはそこで先ほどまでモルトと一緒に引見していた少女の顔を思い出す。血筋のせいかどこかリイと似た顔立ち。イザベラの方が理知的であっただろうか。

「クソ真面目」

 リイのバッサリとした印象に軍師は思わず笑ってしまう。

「まぁ、間違っていないな。ご丁寧に祖父のやらかした毒殺のことを謝罪して、改めて助けてもらったことに礼を言うなんて真面目以外のなんでもない」

「それと信用はできそうよね」

「同感だ。この戦いが終わったら彼女にシュターデン子爵家を継がせるのがいいかもしれないな」

「まだ若いんじゃない?」

「後見人に……そうだな、モルトがちょうどいいだろう。モルトをつければ過不足なく勤め上げるだろうさ」

 羽扇をゆらゆらと揺らしながら次々と方針を打ち出す軍師。それを見てリイは呆れたように口を開く。

「楽しそうね」

「楽しいさ」

 軍師のその笑顔はリイが初めてみる軍師の無邪気な笑顔であった。

「すでにシュターデン子爵領内にリイがジークデン城に入ったことは伝えている。カサの民として賊討伐した効果だろうな。領内にいた賊は降伏してきた。こいつらは総勢で二百くらいになる」

「烏合の衆でしょ。使えるの?」

「ファーレンハイトが欲しいといったから預けた。まぁ、あいつだったら上手く扱うだろう」

 その言葉にリイが驚いた表情になる。

「ファーレンハイトを随分と買っているのね」

「奴は性格に難ありだが優秀だ。使い方を間違えなければメルカッツ家を代表する騎士にもなれるぞ」

「ふぅん」

「さて」

 軍師はそう言いながら持っていた羽扇で手を叩く。

「リイ、次の策だが」

「戦よね」

「そうだ」

 軍師の返答にリイは楽しそうな表情になる。戦がしたくて挙兵したのにやったことは星に乗って進軍したことと降伏してきた騎士達の引見だ。騎士達の引見なんてやったことないから軍師に助言を受けながらやった。

 だからぶっちゃけストレスが溜まっていた。

「で? いつ出陣? いつ戦えるの?」

「子供が欲しがる代物にしては物騒だな」

「カサの民なんてそんなもんよ」

「流石は修羅民族」

 いつも通りの軍師とリイの軽口である。

「まぁ、少し待て。ちょっと準備をしたいことがある」

 軍師の言葉にリイは不満そうになる。

「軍師、あなたはまた何か策を巡らせる気?」

「常に策謀を巡らす。それが軍師って生き物だ」

「そう」

 そしてリイは真剣な表情になって軍師に向かって口を開く。

「軍師、この戦に関しては策を弄するのはやめなさい」

「……なに?」

 リイの言葉に訝しそうな表情になる軍師。それを見ながらリイは言葉を続ける。

「策を巡らせれば勝つことはできるでしょうね。でもそれは『私』の勝ちじゃない。『あなた』の勝ちよ。ジークデン城では一通の書簡とその弁舌で降伏させた。今回の戦もあなたに任せれば被害は少なく勝つことができるでしょうね」

 リイの言葉を軍師は無言で聞きながら先を促す。だからリイも言葉を続ける。

「でもそれは『あなた』の勝ちであって『私』の勝ちじゃない。私が諸将……まぁ、特にファーレンハイトね。認められるためには私の力で勝つことも必要でしょう」

 リイの言葉を軍師は羽扇をゆらゆらと揺らしながら吟味している。そして一度羽扇を叩いて笑ってみせた。

「なるほど、道理だな。わかった、次の戦は俺は何もしない。騎士達にもそう伝えておく」

「そうして」

「だがいいのか? これでもし敗北すればせっかく高まったお前の名声は地に落ちることになる」

「自分のケツくらい自分で拭くわ」

 そのリイの言葉に軍師は大きく笑った。

「いいな。その言葉を帝国にのさばる貴族とかいう寄生虫どもに聞かせてやりたいくらいだ」

 そして軍師は羽扇で口元を隠しながら目を細める。

「それではリーディア様の戦ぶり、拝見させていただきましょう」

 謁見室の椅子から立ち上がりながらリイは不敵な笑みを浮かべる。

「特等席で見させてあげるわ」





「ところでリイ。今回言い出したのはモルトと戦えなかったからじゃないよな?」

「………」

「おい、否定しろよ」

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