第十二章 ジークデン城攻め

 リイは星に乗りながら街道を行く。

 どうもおかしな状況になっている。偶然に出会った少年とマンダリア大平原を出て旅をしているはずが、今は軍勢の総大将として城塞都市ヴェスラに向かって進軍している。

「……私何をしているのかしら」

「またボヤきか?」

 話しかけてきたのはこうなった原因の一つである軍師であった。軍師は馬に乗れないのでアトラティカで作ってもらった馬車に乗っている。

「私はカサの民のはずなのになんで帝国軍を率いているのかしら?」

「お前がメルカッツ辺境伯家の血筋だからだよ」

 いくつかの証拠からリイがメルカッツ辺境伯家の血縁者というのは間違いないだろう。

 自分が帝国でも随一の貴族という考えたくもない事実を頭を振って忘れると、リイは軍師にこれからのことを尋ねる。

「私達が向かっているのはジークデン城よね?」

「そうだな」

「それだったら北側ルートだったら半分の日程でいけるってファーレンハイトは言っていたわよ?」

 ファーレンハイトというのはヴェスラを脱出してリイに合流してきた騎士だ。三十代半ばの騎士で『食うために騎士になった』と公言している人物だ。そのために同じ騎士仲間から距離を置かれているが、能力は確かで特に攻勢においての指揮はメルカッツ家に仕える騎士でも随一である。

 そんなファーレンハイトは軍勢千を預けられて先鋒を任されていた。本陣にリイと軍師、そしてアストライアとアトラティカの精鋭百人。後軍にアリシア率いる軍勢千である。

 その総勢は二千百となっていた。

「この進路をとるのにはいくつか理由がある」

「それはそうよね」

「まず、ヴェスラ本隊の行動を確認するためだ」

「どういうこと?」

「俺達が進軍した時、シュターデン子爵のとるべき方針は大雑把に分けて二つ。一つは俺達を迎撃するために出陣する。もう一つは堅牢を誇るヴェスラに籠城することだ」

 そこで一度言葉をきると、軍師は魔法で空中に地図を描きながら説明を続ける。

「最終的にヴェスラ攻めになるが、シュターデン本隊が健在だと少々面倒になる。そこでシュターデン本隊をヴェスラは引きずり出したい」

「それに本道から進軍するのに関係があるの? どうせ落とすんだったら北側ルートで進軍して落とせばいいじゃない」

「それだとシュターデン本隊がジークデン城に入る可能性がある。それをされると負けるとは言わないが面倒だ。だからこっちの街道を進軍することで直接ヴェスラを狙わせるように錯覚させる」

「ヴェスラに籠った本隊を尻目にこっちはジークデン城を急襲する、ってことね」

「そういうことだ。そして貴族というものは面子を大事にする。自分の居城が落とされていながら籠城することはできない。ジークデン城を落とせば必ず出てくる」

「そこで初めて野戦ってことね」

 そう言ってからリイは大きく伸びをする。

「しばらくは退屈かしら」

「リイには退屈かもしれないな」

 そこに先鋒のファーレンハイトから伝令が駆け込んでくる。

「シュターデン本隊はヴェスラで籠城を整えている、か」

「予定通りかしら?」

「まぁな。ファーレンハイト殿に伝令。ヴェスラ方面に物見を出しつつ、ジークデン城に向けて全速で進軍」

 伝令は軍師の命令を復唱しつつ自分の陣に戻っていく。

「物見を放つのは?」

「ジークデン攻めに時間をかけるつもりはないが、もし時間がかかってヴェスラから出陣されたら挟撃されることになる。それは防ぎたいからな。ヴェスラに動きがあったらすぐに知りたい」

 そこまで話したところで先鋒のファーレンハイト隊がジークデン城方面に向けて進路を変えた。進軍速度も上がっている。

「さて、ここからは時間との勝負だ」

「私の出番は?」

「もうちょい先だな」

 そういって本隊もファーレンハイトの先鋒に続くのであった。





 リイ率いるメルカッツ軍はシュターデン子爵の居城ジークデン城を包囲した。

「さて、ご命令通りに囲んでみせましたが、ここからはどうなさるのですかな。軍師殿」

 本陣での会議、上座にリイが座り、左手側にアリシアが座り、右手側に亜麻色の髪を持った食わせ物の印象を持たせる男性騎士。彼がファーレンハイトであった。

 ファーレンハイトは軍師の指示通りにジークデン城を急襲し、モルトを出陣させずに城内に押し込むことに成功していた。

 そのファーレンハイトが楽しそうに軍師に声をかけてくる。軍師が見たところファーレンハイトという男は優秀だが、性格に難がある。どこか他人をからかって楽しむところがあるのだろう。その性格が仲間の騎士からは嫌われる。

 現にファーレンハイトの発言にアリシアは複雑そうな表情だ。だが、肝心のファーレンハイトはアリシアのそんな反応すらも楽しんでいるように見える。

(性格に難があろうが能力が優秀なら文句はないさ)

 軍師は内心でそう考えながら口を開く。

「ジークデン城は明日中に落とします」

「ほぉ!」

 軍師の言葉にファーレンハイトは益々楽しそうな声を出す。

「ヴェスラまでとは言わないまでも、ジークデン城もなかなかの堅城。そして守るのは守勢の指揮においては帝国随一と呼ばれるモルト殿が相手ですぞ! それでも一日で落とすと言いますか!」

 楽しそうなファーレンハイト。そして不安そうになっているアリシア。

 リイは欠伸をしながら軍師に問いかける。

「軍師」

「はい」

「一日で落とすのね」

「落とします」

「あっそ。それじゃあ任せるわ」

 リイの言葉に文官流の礼をして、軍師は懐から一通の書簡を取り出す。

「ファーレンハイト殿、これを城内に撃ち込んでいただきたい」

 ファーレンハイトは軍師から書簡を受け取りながら胡散臭そうに尋ねる。

「なんですかな? これは?」

 その言葉に軍師は悪そうな笑みを浮かべた。

「ジークデン城を落とすために必要な一手です」





 ジークデン城会議室。ここでは守備を任された騎士達が集まって会議をしていた。

「内通者を見つけるのが先だろう!」

「そんなことをしている時間があるか! 敵は既にこの城を囲んでいるのだぞ!」

 モルトは腕を組みながら部下達の意見を聞いている。

 問題が発生したのはジークデン城に撃ち込まれた一本の矢文。そこに書かれていた一文。

『手筈通りに』

 その矢文に書かれていたのはそれだけであった。だが、その言葉を証明するのは城内に内通者がいるということであった。

 それまではリイ率いる軍勢をモルト中心に迎撃しようとしていたジークデン城守備軍であったが、その矢文によって疑心暗鬼に陥った。

 将の動揺は兵にも伝わる。動揺した兵士は脱走してリイの軍勢に合流する者も後を経たない。リイ自身が賊討伐によってシュターデン子爵領で人気があることが拍車をかけていた。

(これでは戦にならん!)

 渋面を作りながらモルトは内心で唸る。元々モルトはメルカッツ家の家臣で、シュターデン子爵家には期限付きで仕えているだけだ。だから現在のシュターデン子爵のやり方に不満はあった。

 だが、自分の気持ちを押し殺して主君に仕えるのが騎士。

 それが古風な騎士であるモルトの考えであった。だから本音としてはメルカッツ辺境伯の孫娘であるリイの軍勢に合流したい気持ちを押し殺し、迎撃しようとしたのだ。

 だが、そんなモルトの思惑は潰された。

 苦労して迎撃するように纏めたところ、今度は内通者がいるかのような書簡が撃ち込まれた。

 モルトの読みではこれは偽計であろうと思っていた。リイの軍勢が内通者を作るには時間的余裕も人的余裕もない。

(だが、もし本当に内通者がいれば……)

 ジークデン城あっという間に陥落するだろう。

 モルトは今更自分の命が惜しいわけではない。だが、陥落のドサクサでシュターデン子爵の孫娘とその母親が死ぬ可能性があった。

 モルトとしては騎士の誇りにかけてその二人だけは助けたかった。

(誰かに預けて落とすか? いや、ダメだ。落としたところで逃げるところがない)

「報告! 敵軍より使者が参っております!」

 その伝令に会議場にいた全員の視線が集中する。そしてすぐにモルトに集まった。その視線が意味するのはどうするか、ということであった。

「ここに来ていただけ」

「は!」

 モルトの言葉に伝令は部屋を飛び出していく。そしてすぐにフードを被った人物が入ってくる。その人物は室内に入ると被っていたフードをとり、文官の礼をとる。

「お初お目にかかります。私はリーディア様の下で策を巡らせていただいている者でございます」

「ジークデン城城主代理フルゼルド・モルトだ」

 モルトの返答に使者としてやってきた軍師は再び文官の礼をとる。するとモルトの部下の一人が嫌な奴を見たような表情になる。

「私の記憶違いか? 貴様は確かウィリアム様の下で策謀を巡らせていた男と思うが?」

 その言葉に軍師はニコヤカに口を開く。

「その通りでございます」

 その言葉にモルトの部下達が立ち上がる。中には剣を抜こうとしている者もいる。

 だが、危機的状況にありながら軍師は笑顔でモルトを見つめている。

「勘違いしないでいただきたいですね。私とシュターデン子爵の仲はただ雇用主と雇用者であっただけのこと。支払いに応じた働きはさせていただいたので去らせていただいたまで」

「……そして今はリーディア様に雇われているということか」

 モルトは激昂している騎士達を落ち着けながら軍師に語りかける。

 語りかけながらも長年の経験から、目の前の男が小手先の策を弄する小悪党でないことも気づいていた。

 モルトの言葉に軍師は「とんでもない」と首を振る。

「リーディア様には私の方からお願いして仕えさせていただいております」

 その言葉にモルトも含めた騎士全員が絶句する。

 シュターデン子爵は軍師を雇うために莫大な金銭を提示したそうだが、この男は「私の目的は金銭にあらず」と言って去ったそうである。

 それが意味するのはリイとは金銭など関係なく仕えるに値する人物だということだ。

 モルトは内心でリイに対する評価を上げつつ、軍師に語りかける。

「その貴殿が何用で敵地であるここに来た?」

 モルトの言葉に軍師は文官の礼をとりながら口を開く。

「モルト殿。降伏なされませ」

(当然であろうな)

 軍師の言葉は当然だ。圧倒的な兵力差。そして城は完全に包囲されている。降伏勧告は当然であった。

 だからモルトの返答も決まっている。

「せっかくの申し出だが断らせていただく」

 モルトの言葉に軍師はモルトを見上げてくる。

(動揺も侮蔑もない。冷酷なまでに冷徹な瞳だ。リーディア様は良い者を軍師にした)

 モルトはそう軍師を評しながら口を開く。

「我らはシュターデン子爵に城を守るように言われた。その命令に従うのが騎士の本懐であろう」

 モルトの言葉に部下の騎士達も頷く。

「なるほど。流石は天下に名だたるモルト殿。騎士たる者どうあるべきか自らが証明していらっしゃる」

 軍師の言葉に優越の表情を浮かべるモルトの部下。だが、モルトは内心で顔を顰める。

(何を考えている?)

「ですが果たしてシュターデン子爵はあなた方がそこまで忠義を尽くすに相応しい人物ですか?」

「っ!?」

 モルトは内心で歯噛みする。

 軍師は論点を『騎士の誇りで降伏しない』から『シュターデン子爵は騎士の忠義を果たすに相応しいか』にすり替えてきたのだ。

「失礼ながらシュターデン子爵は失政が多く、その領内も賊が跳梁跋扈しております。しかし、その現実から目を逸らし、自身は栄達を図るために姑息な策を弄している」

 事実なだけに誰も軍師の言葉に言い返せない。シュターデン子爵は謀略家としては中々の才能を持っているようだが、為政者としての才はなかった。

「そしてこの戦でもこのジークデン城に援軍を送る気配はありません」

 軍師のその言葉にモルトの部下達も騒つく。そしてモルトも渋面を隠さない。

 モルト達に残された唯一の活路は外からシュターデン子爵の本隊が現れ挟撃することであった。

 だが、目の前の男によって「それはない」と否定されてしまった。

 軍師は表情に再び笑顔を浮かべながらモルトに語りかけてくる。

「モルト殿。シュターデン子爵に従って納得のいかない死を迎えるより、むしろモルト殿の騎士の本道であるメルカッツ家に忠義を尽くしませんか?」

 そして軍師の言い方も嫌らしい。素直に『リイに降伏しろ』ではなく、あくまで『本家であるメルカッツ家に忠義を尽くせ』と言っているのだ。これならば確かに騎士達も降伏しやすい。

 モルトは流れるように部下達を見る。どの表情もシュターデン子爵に従って死ぬよりリーディアに降伏したいと言っていた。

 モルトはため息を吐きながら口を開く。

「シュターデン子爵の孫娘であるイザベラ様、そしてイザベラ様の母上の助命が条件だ」

 モルトの言葉に深く礼をする軍師。

「かしこまりました。我が主にそう伝えましょう」

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