第十一章 メルカッツ家内乱
「さて、シュターデン子爵と戦うとなると策が必要になるな」
「策? ヴェスラに乗り込んで斬り殺せば終わりじゃないの?」
軍師の言葉にリイが言い放つ。それを聞いて頷くアストライア。アリシアは呆然としていた。
「リイ、シュターデン子爵を斬るまでに邪魔してくる兵士がいるぞ?」
「全部殺せばいいじゃない」
「おい、アリシア。本当にこれが後継者でいいのか?」
「ぶ、部門の家であるメルカッツ家には心強いかと」
「こっち見て言えよ」
視線を明後日の方向に逸らしながら言うアリシア。その額には汗も流れている。不思議そうに首を傾げるリイとアストライア。こっちはおかしなことを言った自覚が一切ない。
軍師は呆れたようにため息を吐きながら地図を広げる。
「いいか、リイ。シュターデン子爵が動員できる総兵力はおよそ三千。その内五百は居城であるジークデン城に置いているからヴェスラにいるのは二千五百。それを全部殺すのか?」
「気合と根性で」
「どうにもならねぇよ!」
あくまで正面から斬り込む事しか考えないリイに軍師が突っ込む。
「いいか? 戦争は数だ。実際に戦をする前に戦の八割は終わっていると思っていい。お前が正面から斬り込むとしよう。そうしたらどうなるか。弓の一斉射撃で終わりだ」
リイは不満そうな表情になるが、否定はしない。直接言われるとそうなると思ったからだ。
それに呆れながら軍師は言葉を続ける。
「だから俺が策を立てる」
「できるの?」
「任せろ。これでも軍師として各地を流浪して色々な人間を勝たせてきた」
軍師の自信満々の言葉に胡散臭そうな顔を隠さないリイ。そんなリイの肩をアストライアが叩く。
「とりあえず言わせるだけ言わせればいいんじゃないかしらぁ。ダメなようだったら思いっきり嘲笑えばいいのよぉ」
「酷くない?」
「……それもそうね」
「俺の扱いの雑さよ……! だがここで俺の頭脳がどれだけ天才的か見せつけてやるからな……!」
「魔術の腕は良くても中身が残念だものね」
リイの言葉に驚いたのはアリシアだ。
「軍師殿は魔術を使えるのですか!? あれ? そういえば軍師殿のお名前って……?」
「聞いたかリイ。やはり学がある人間には俺の優秀さがわかるらしい」
「歯は食いしばらないでいいわよ」
「ゴブッファ!」
「あまり家の中で暴れないでねぇ」
「……えぇ」
リイが軍師を殴り飛ばし、アストライアはそれを止めるどころか家の心配をする始末。あまりに普通にかけ離れた所業に感性一般人のアリシアはドン引きする。
リイは追撃とばかりに倒れている軍師に蹴りを入れ、軍師は軍師で「あ、ちょ、ダメダメ! すいません! 調子に乗りました!」と叫んでいるがリイは容赦がない。
「あ、あのアストライアさん……」
「呼び捨てでいいわよぉ。さん付けなんて慣れてないから痒くなるわぁ」
「あ、はい。ではアストライア。あの二人は……」
「仲良しよねぇ」
「!?」
爆弾発言にアリシアは思わずお茶の準備をしているアストライアを見る。アストライアは微笑ましいものでも見るかのように軍師をしばいているリイを見ている。
「……えぇ」
それに再びドン引きするアリシア。どう考えても仲良しで済ませていい状況ではない。そして机にお茶を置き二人に声をかけた。
「はいはい、仲良しなのはいいけど話を進めましょぉ」
アストライアの言葉にリイは最後に軍師の鳩尾に蹴りを入れて席に着く。それを見ながらアリシアは恐る恐る軍師に近づく。
「あの……大丈夫でしょうか?」
「うん? あぁ大丈夫だ。治療魔法も使えるからな」
「そうなると軍師殿はヒーラーなのですか? あとそれとお名前は?」
「いや、俺は別に俺が使えるのは治療魔法だけじゃないよ。攻撃魔法も使えるし、まぁ、他にも色々な」
「マルチ・マジシャンですか!?」
アリシアが驚くのは無理もない。魔法というものは才能に大きく左右される。そしてたとえ才能があっても必ず身に付くものではない。そのために通常は攻撃魔法、治療魔法、結界魔法、召喚魔法などを専門で学ぶのだ。それら複数で扱う人物をマルチ・マジシャンと呼ばれるが、現在の帝国でマルチ・マジシャンなのは宮廷魔術師だけだ。
証明のように軍師は治療魔法を自分にかけながら立ち上がる。そして指先に小さな火を灯してみせた。
それを見てアリシアは唖然とする。小さく火を灯すなど魔法のコントロールが優れていないとできることではない。
「それ便利よね。野営の時とか火起こすのが手間じゃなかったわ」
「魔法を便利な道具扱い!?」
そしてリイの言葉にアリシアは驚愕した。魔法を収めれば帝国では出世が約束されたようなものだ。そんな技術をリイは『便利』の一言で済ませてしまったのだ。
「どうよアリシア。あの野蛮人の知能やばいだろ?」
軍師の言葉にリイがお茶が入ったガラス瓶を投げつけた。
デコに直撃した軍師は床をゴロゴロ転がる。
「俺のおデコがパックリ裂け目ぇぇぇ!」
「リイ、お茶が飛び散るから投げるのはよしてちょうだい」
「あら、ごめんなさいアストライア」
「……えぇ」
相変わらずの三人のやりとりにドン引きするアリシア。地味に床を大げさに転がりながら治療魔法でさっさと傷口を治している軍師を見てさらにドン引きである。
余裕あるんじゃないか、的な意味で。
「さぁ、話を進めましょぉ。いつまでたっても戦争が始まらないわぁ」
「この戦争を望んでいる感じがアトラティカも戦闘民族なのを感じるな」
アストライアが微笑みながら拳を握ると軍師は土下座をした。流れるようにその土下座に腰をかけるアストライア。
「やっぱり騎士の土下座と比べると汚らしいわねぇ」
「ふぉぉぉぉ、俺の渾身の土下座がもう通用しなくなっている……! おのれ騎士土下座ぁぁぁ……!」
「アストライアも話ずらしているわよね」
「あらぁ」
リイの言葉にアストライアは土下座椅子から立ち上がる。
そして軍師も立ち上がって机に広げた地図に向かって立つ。
「さて、まずは現状の確認だ。敵はシュターデン子爵。兵力は城塞都市ヴェスラに二千五百。居城のジークデン城には五百。将としては城塞都市ヴェスラにシュターデン子爵本人、その嫡子のカールス・フォン・シュターデン。ジークデン城にモルト。対してこちらは兵力ゼロ」
「あら、四人でしょ」
リイの言葉に軍師は指差し確認する。
リイ、アストライア、アリシア……そして軍師。
「俺に前線で槍を振れって言うのか!?」
「剣でもいいわよ」
「どっちにしても汚い死体をみることになりそうねぇ」
「はぁぁぁぁ!? バカにすんなし! ゴーレム作れば近接戦闘いけるし!」
どうでもいい会話の中で出てきた内容にアリシアは卒倒しそうになる。ゴーレムを作り出す魔法を使えるのは広いイヴァリース大陸でも宮廷魔術師だけだ。
つまりこの軍師は魔法だけなら大陸でも随一の使い手ということになる。
「ゴーレムって強い?」
「自立行動させると決まった行動しかしないから、猛者相手のタイマンだとそうでもないな。とにかく大量に兵を作る時には便利だが」
「あらぁ? それだったら私達の兵はゴーレムを使うのかしぁ?」
そして突然本題に戻ってくる話題。アストライアの言葉に軍師は首を振る。
「今回リイに従う兵に関しては人である必要がある」
「なんで?」
「リイに従っている兵士はリイの支持者であると見せる必要があるからだ」
軍師の言葉にリイとアストライアは首を傾げる。口を挟んだのはアリシアだった。
「リーディア様には現状貴族の支持者がいない。貴族の代わりに兵士を支持母体とする、ということでしょうか?」
「その通り。やはり学がある人間は違うな。なぁ、無学者組?」
「アストライア、ダーツやりたくない?」
「いいわねぇ。頭と心臓は百点ねぇ」
不穏な会話を始めたリイとアストライアに速攻で土下座する軍師。流れるようにリイとアストライアは軍師を足蹴にしようとしたが、話が進まなくなると思ったアリシアがそれを止めた。
「しかし、どうやって兵を集めるのですか? 私達には資金も何もありませんが」
「そう、そこが問題だ。だが、解決する手段がある」
「何それ」
「リイが抜いた伝説の剣だよ」
軍師の言葉にリイが手首を振ると魔剣・ソールが出てくる。
「これが役に立つの?」
「その剣は『伝説の剣』として大陸中に知られている。そしてそれを抜いた人物は大陸に平穏をもたらす『救世主』とも信じられている」
そこまで説明すると軍師は悪い笑顔を浮かべる。
「その名声を利用する。リイは『天に選ばれた者として悪逆を果たすシュターデン子爵と戦う』と宣言する。当然、シュターデン子爵が悪逆を行なっているという宣伝工作も行う」
「あの……少しよろしいでしょうか?」
「はい、アリシアくん」
手を挙げて発言を求めたアリシアに教師のように発言を許す軍師。
「確かにシュターデン子爵は城塞都市ヴェスラにて専横を行なっておりますが、悪逆まではいっておりませんが」
「正直、そのあたりはどうでもいいんだ」
「どうでもいいってどういうこと?」
リイの言葉に軍師は指をクルクルと回しながら説明を続ける。
「実際にやっていなくても『救世主』が倒そうとしているから悪い奴に違いない。そう民衆に思わせればいいだけだ」
「虚偽の情報を流すということですか?」
「いや、今回に関しては一つの真実を流せばいい」
そこまで言うと軍師は全員を見渡しながら口を開いた。
「シュターデン子爵はメルカッツ辺境伯の地位欲しさに実兄に毒を盛った」
その言葉に絶句するアリシア。それは貴族としては最悪の醜聞だからだ。
「お、お待ちください。その情報は突飛が過ぎます! それにヨアヒム様からは毒が検出されておりません。完全に病なのです。シュターデン子爵がそう反論すれば終わってしまいます」
「そうだろうな。俺が病にしか見えないように毒を調合したからな」
「……待ちなさい。あなたが調合した?」
リイの言葉になんでもないように軍師は頷く。
「メルカッツ辺境伯に盛られた毒を調合したのは俺だ」
「きさまぁぁぁぁぁ!」
その事実に激昂したのはアリシアだ。当然である。病だと思っていた敬愛すべき主君が毒を盛られただけでも十分なのに、それを作り出したのは目の前の男で、それを悪びれようともしていない。
「貴様の……貴様の毒のせいでヨアヒム様は苦しみ、我々メルカッツ家に仕える騎士も苦境に陥ったと言うのに……貴様は悪びれもせず……!」
胸ぐらを掴まれながら床に倒されているにも関わらず軍師の表情は変わらない。
「ならば俺にどうして欲しい? 土下座して欲しいのか? それとも涙ながらにすまなかったと謝って欲しいのか? やっても構わないが現状を前に進める役にはたたんぞ」
軍師の言葉にアリシアはついに剣を抜く。
「あなたは……! あなたは……!」
殺されかけても軍師の表情は相変わらず冷たいままだ。
「俺を殺して全てが解決すると思うなら殺せばいい」
その言葉に完全にアリシアがキレた。振り上げた剣を振りおろそうとした、それが止められる。
目を怒らせて止めたアストライアをアリシアは睨む。アストライアは魔腕でアリシアの剣を止めながら肩をすくめる。
「軍師の生殺与奪を握っているのは大将であるリイじゃないかしらぁ?」
その言葉にアリシアの視線がリイに向かう。軍師も冷たい表情をしながらリイを見た。
二人の視線を受けながらリイは口を開く。
「軍師、あなたがシュターデン子爵を手伝ってメルカッツ辺境伯に毒を盛ったのは何故?」
「雇われたからだ。それ以上の理由はない」
「なら、あなたはこの先も雇われれば私にも毒を盛るし、場合によっては殺そうともするのね?」
「それはない」
リイの言葉に軍師は断言する。そして真剣な表情なまま続ける。
「俺はリイに人の希望を見た。リイのための策は立てるが、決してリイを害するような策は立てない」
「それを信用しろと言うのか!」
「別に俺を信用しろとは言わん。だが、リイは裏切らない。これだけは真実だ」
リイは激昂するアリシアと、冷徹な表情を浮かべている軍師を見る。
リイと軍師の付き合いはまだ短い。そして軍師はこれ以外にも隠し事はたくさんあることをリイは見切っていた。
だが、それでリイは軍師を不審に思うことはなかった。
リイは軍師が長く旅してきたことを知っている。そしてマンダリア大平原で語らった時の暗い瞳も覚えている。人に絶望していることも知っている。それは己が権力を握るために実兄すらも毒殺しようとしたシュターデン子爵のことも見たからだろう。
だが、軍師はリイという希望を見つけた。
己本意に生きながらもどこか気高く生きるリイという存在に。
軍師はリイの生き方に惹かれたと言ってもいい。だからこの先どのような策を巡らせても、最終的にはリイの有利になるように動くだろう。
リイはそこまで気付くことはできない。だが、カサの民として育った直感が軍師の存在は悪いようにならないと語っていた。
それだったら話は簡単だ。
「軍師、解毒剤は作れるの?」
「リーディア様!」
「アリシア、今すべきなのは軍師を殺すこと? 違うわ。メルカッツ辺境伯……まぁ、面倒だから爺上と呼ぶわね。爺上の毒を治し、シュターデン子爵を倒すことよ」
リイの言葉に顔を真っ赤にしながらも悔しそうに剣を収めるアリシア。そして軍師の上からも退いた。軍師はローブについた埃を払いながら立ち上がる。
「さて、話を戻すぞ。兵を集めると言っても挙兵してからノンビリ集めていたら即座に潰される。だからアトラティカの住民に協力してもらう」
「リイが声をかければ住民全部が集まるわよぉ」
「いや、そんなにはいらない。せいぜい百くらいでいい。アストライア、頼めるか」
「いいわよぉ。それにしても百人ねぇ。選抜試合が必要になるわぁ」
「そっちは任せる。そしてアリシア」
「……なんでしょう」
軍師の言葉に不満を隠さないアリシア。しかし、軍師はそんなアリシアを気にすることもしない。
「アリシアには城塞都市ヴェスラに戻ってメルカッツ辺境伯家の騎士と兵をリイのところに合流させて欲しい」
「ヨアヒム様の身辺を薄くしろと?」
「メルカッツ辺境伯家の総兵力は五千はいるはずだ。その内三千をヴェスラに残すとしても二千がこちらに合流できるはずだ」
軍師の言葉にアリシアは苦々しく頷く。
「それと戻った時にメルカッツ辺境伯にあるものを渡して欲しい」
「また毒かしら?」
アリシアの皮肉にも軍師は表情を変えない。
「解毒剤だよ」
『天下に向けて発する
城塞都市ヴェスラにて専横を行うシュターデン子爵ウィリアム
ウィリアムはメルカッツ家を奪うために実兄に毒を盛った
この悪逆は天下に糾弾されるべき事柄である
私、メルカッツ辺境伯が孫娘リーディアは正道を正すために挙兵する
これは伝説の剣を抜いた私の最初の試練である
私と志を同じくする者よ、我が軍に加われ
私は私と共に戦う勇者を歓迎する
そしてシュターデン子爵ウィリアムを倒すのだ
ーリーディア・フォン・メルカッツ』
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