第九章 伝説の剣・ソール

 リイは歓声を受けながら折れた剣を見る。父からもらった形見の品なので、内心でショックを受ける。

(まぁ、剣はいつか折れるものよね)

「貴女、強いわねぇ」

 するとアストライアが微笑みながらリイに声をかけて来た。リイは剣を鞘に収めながらアストライアに答える。

「貴女も充分に強いでしょう」

「そうでしょぉ。これでも私この町で一番強いのよぉ」

 アストライアの言葉にリイは驚く。

「貴女が一番だったの。てっきり私みたいな小娘が相手だから女性が相手なのかと思ったわ」

「最初はその予定だったのよぉ。でも貴女の連れの人が『この町で一番強い奴を頼む。大丈夫、死んでも事故だから』って言って来てねぇ。『だったら殺しちゃうか』って感じで私になったのよ」

「あの野郎……!」

 軍師はリイを謀殺しようとしていたらしい。

「お〜、リイ。よく勝てたな」

 そこに軍師が闘技場に降りて来た。リイは無言で胸ぐらを掴むが、軍師はヘラヘラとした表情を変えない。

「おいおい、どうしたリイ。何を怒っているんだ?」

「思い当たることはないのかしら?」

「いや、思い当たる節がありすぎて困っている。どれで怒っているんだ?」

 悪びれない軍師の言葉にリイが脱力してしまった。確かにここまでの旅路でお互いに迷惑を掛け合っているので怒るべきことなど腐る程ある。

「はぁ、もういいわ」

「うんうん、リイも少しは落ち着きを持つべきだな」

 リイはとりあえず余計なことを言った軍師には腹パンを入れておく。その一撃に蹲って苦悶の声をあげる軍師。

「ふふふ」

 そんな二人にやりとりを見てアストライアは笑った。

「二人とも仲良しねぇ。付き合いは長いのかしらぁ?」

「いえ、会って一ヶ月くらいかしら」

「あらぁ、それだったら最初から仲良かったのねぇ」

 アストライアの言葉にリイは首を傾げる。

「第一印象は笑顔が胡散臭かったから腹パンしたら、仕返しに呪殺されそうになったわね」

「あら、仲良しねぇ」

 アストライアの発言にリイは『マジかこいつ』表情でアストライアを見る。だがアストライアは微笑みを浮かべているだけだった。

「……一応殺し合っているんだけど」

「それくらいアトラティカだったら親愛の挨拶よぉ」

(脳筋都市恐るべし……)

 リイはアトラティカの住人の脳筋具合に軽く戦慄している。

「それより私が折っちゃった剣どうするのかしらぁ? 処分するなら預かるわよぉ」

「あ〜、この剣は父親の形見なのよ」

「あらぁ、それは悪いことしちゃったわねぇ」

「まぁ、剣はいつか折れるものだし、戦闘で折ったなら父親も喜んでくれると思うんだけど」

「修羅民族カサの民の面目躍如ねぇ」

 アトラティカの言葉にリイは内心でうん? と思うが深くは気にしないことにした。

「形見の品だから処分するのは抵抗があるのよね」

「それだったら腕のいい鍛治士を紹介しましょうかぁ? 私が粉々に砕いちゃったから元に戻せないけど、短剣くらいにはなるんじゃないかしら」

「いいの?」

「もちろんよぉ。ついでに新しい剣も買ったらどうかしらぁ。値段は張るけど品はいいわよぉ」

 アトラティカの言葉にリイはようやく立ち上がった軍師を見る。

「やってもらってもいいかしら」

「拒否権あるのか?」

「私が上、あなたが下」

「知ってた……!」

 リイと軍師が改めて上下関係を確認している横でアストライアは『仲良しねぇ』と言わんばかりにニコニコしている。

「それじゃあアストライア。鍛冶士のいるところに案内してくれる?」

「あらぁ。その前に済ませること済ませなきゃぁ」

 アストライアの言葉にリイは不思議になって首を傾げる。その表情は武器の調達以上に大事なことはあるのかと言わんばかりだ。

 軍師はまさかと言った表情でリイに確認する。

「お前、まさかこの戦闘が伝説の剣を抜けるか挑戦するための戦闘だってこと忘れてないか?」

「……あ」

「忘れていたんだな」

「いや、仕方ないじゃない。こんなに楽しかった戦い初めてだったんだもの。そっちの印象が強くて伝説の剣のこと忘れちゃうのだって仕方ないわ。つまり私は悪くない」

「そうだな。悪いのはお前の記憶力だな」

 とりあえず失礼なことを言った軍師には腹パンしておく。

「観客がまだ帰っていないのも?」

「『ソール抜きチャレンジ』を見届けるためよぉ。これに失敗して挑戦者を嘲笑うのも住人の楽しみだからぁ」

「性格悪いわね」

「何故かよく言われるわぁ」

 アストライアがそう言ってからどこかに合図を出すと、闘技場の中央部が開き、何かがせりあがってくる。

「うお、なんて無駄に高度な魔術機構」

「これも魔法なの?」

「動力源に魔法を利用した機構だよ。すげぇな、細かいところまで精密に作り上げてやがる。まさしく匠の技」

「帝国の……なんて言ったかしらぁ? とにかく宮廷魔術師の人が作ってくれたのよぉ」

「ああ、あの人か」

「知っているの?」

「まぁ、知り合いだな」

 リイは軍師の交友関係の広さを少しだけ怪しむが、こいつが怪しいのは最初からだと思って流すことにした。

「さ、リイ。あれがこの町に伝わる『聖剣ソール』よ」

 遠くから見る限りでは石畳に刺さった剣という印象しかない。アストライアに促され、リイはソールへと近く。

 近くでソールを見ると、なるほど聖剣と呼ばれるだけあって華美な作りではないが、無骨という作りでもない均整の取れた造形に、どこか神々しさも放っている。

(うん、剣としては一級品ね)

 カサの民だったら敵が持っていたら殺して奪い取るような極上の品だ。

 だが、この剣は数百年以上抜けた人物がいない代物だ。リイもどこか『新しい剣はどんなのがいいかしら』と思いながらソールに手をかける。

 そして軽く力を入れた

『スポッ』

 軽快な音と共にソールが抜ける。

 無言の闘技場。

 とりあえずリイは全員に落ち着けとジェスチャーをしながらソールを元に戻す。そして軍師とアストライアを呼んだ。

 呼ばれた二人もわかっているのかソールに手をかける。

 軍師は抜けない。

 アストライアも魔腕を使って抜こうとするがビクともしない。

 三人で頷きあって、再びリイがソールに手をかける。

『スポッ』

 再び軽快な音と共にソールが抜けた。

『なにぃ!?』

 闘技場にいる全員から驚愕の叫び声が上がるのであった。





 リイがソールを抜いてしまってから十日。リイ達はまだアトラティカにいた。それと言うのもリイがソールを抜いたことで『伝説の勇者様が現れたぞ! こいつは大変だ! 宴会しなきゃ!』ってノリでアトラティカの住人達の大騒ぎに巻き込まれたからだ。

 飲めや飲め飲め、なんだ俺の注いだ酒が飲めねぇのか。どうでもいいから飲みやがれと言う宴会に巻き込まれたリイはぐったりしていた。酒にも強いカサの民だが、アトラティカの住人はその上を行った。

 リイは五日程で限界になったが、アトラティカの住人達はいまだに大騒ぎしている。

 当然のように『カザル族のリイが伝説の剣を抜いた』と言う話はすでに帝国中に知れ渡っている。それと言うのもアトラティカの住人達が触れ回ったからだ。

 ちなみにアトラティカ滞在中の宿は戦った仲と言うことでアストライアの家に泊まらせてもらっている。

 机で死んでいるリイ。ピクリとも動かない。と言うのもアトラティカの住人に振り回されるのに疲れたからだ。

「お〜っす、ただいま」

 そこに帰ってきたのは軍師であった。リイは首だけをごろりと回して軍師を見る。

「まだ外騒いでいる?」

「毎日がフェスティバルだな」

 軍師の言葉にリイは『ぬわぁ』と悶絶する。本人的には伝説の剣を抜くつもりは毛頭なく、単に珍しい剣を見物したいだけであった。

 しかし抜いてしまったことで一変する。

 アトラティカの住人達は伝説の勇者が現れたと言って大騒ぎするし、それに乗じてアトラティカの住人の9割が『勇者様に従って帝国滅ぼそうぜ!』と言い始める始末。リイ的にそれはあり寄りのありだったのだが、軍師から今の状況じゃどう戦っても帝国に勝てないと諭されて渋々諦めた。だが、その代わりに連日に大宴会である。

「何かわかった?」

 そしてその宴会の最中に軍師は独自に動いてソールについて調べていた。アトラティカに残されていた文献や、実際のソールを調べていたのだ。

「最後の確認をしたいからソールを出してくれるか」

 軍師の言葉にリイが手首を振るとその手にソールが出てきた。リイはソールの数少ない利点としてリイの意思で即座に剣を出せることにあると思っていた。これなら不意打ちにも対応できる。

 軍師は出されたソールを持って真剣な表情で見ている。リイには理解できなかったが手に持ってソールの魔力の流れも確認していた。

 そして軍師は納得したように頷いた。

「うん、わかった」

「説明して」

「はいよ」

 リイの言葉に軍師はソールを返しながら口を開く。

「結論から言うとソールが抜けたのは魔眼のせいだ」

「これの?」

 軍師の言葉にリイは布で隠している右目を指差す。軍師は頷きながら説明を続ける。

「このソールは伝説の剣なんて呼ばれているが本質は魔剣だ」

「魔剣ってあの神話に出てくる?」

 リイの言葉に軍師は大袈裟に驚く。

「バカな……! リイが神話を知っているだと……!?」

 超絶失礼なことを言った軍師にはデコピンを食らわせておく。確かに魔剣の存在を知ったのはヒマすぎて死にそうになったためにアストライアの家にあった神話の本を暇つぶしに読んだ結果だが、正面から『お前バカだから神話なんて知らないだろ? え? 知っている? ありえない……!』と言う反応をされたら腹が立つ。

 デコピンの威力に床を悶絶している軍師に蹴りを入れて座らせるリイ。そして軍師もそんな扱いに慣れているので説明を続ける。

「ソールを作り出したのは伝説の大賢者イグナッド・ダ・ヴィンチと伝わっている」

「あれ? その人物って確かあなたの師匠よね?」

 リイの言葉に軍師は頷く。

「その通りだ。あのキチガ……ゲフンゲフン。師匠は未来を見通せる未来視の魔眼も持っていてな。師匠は未来を見て一つの悪戯を思いついた」

「悪戯?」

「未来の弟子に魔眼を植え付けられた少女に魔剣を持たせることさ」

「……未来の弟子?」

 リイの言葉に軍師は黙って自分を指差す。

「魔眼を植え付けられた少女?」

 その言葉に軍師はリイを指差す。

「……全部あなたの師匠の手の上?」

「おそらくは今頃アヴァロンで高笑いをしているよ」

「クソがぁぁぁぁぁぁぁ!」

 思わずリイは叫んでしまった。つまり軍師がリイを殺そうとするのも、その過程でリイが魔眼を手に入れてしまうことも知っていて、弟子を止めるどころか『じゃあさらに面白いことが起こるようにしておこう!』と言わんばかりにわざわざ魔剣を用意しておいたのだ。

 怒るリイを前に軍師も遠い目をしている。そこには『あのキチガイならそれくらいやるよな』と言う信頼があった。

「まぁ、少々喧しいことにはなったが、師匠の作品だけあって魔剣としては優秀だ」

「ふぅ、まぁね。剣としても優秀だからそこには文句はないんだけど」

「この大騒ぎか」

 軍師の言葉にリイは再び机に沈む。外では元気に宴会をしているアトラティカの住人達が大騒ぎをしている。

「ただいまぁ」

 そこに帰ってきたのは家主のアストライア。

「リイ、はいこれ」

 そう言ってリイに手渡してきたのは小剣。それをリイは受け取りながら少し驚く。

「もうできたの?」

 小剣の正体はリイが使っていた形見の剣である。アストライアに剣を預けたのは色々あって昨日であった。それがたった1日で小剣になったのだ。

 リイも出来栄えを確認するが、一級品の品になっているのは間違いない。

 それにアストライアは苦笑しながら口を開く。

「鍛冶屋が『伝説の勇者の小剣だぁ!? 任せてとけ! すぐに一級品に仕立ててやらぁ!』と言って1日で完成させちゃったのよぉ」

 今まで伝説の勇者扱いされて迷惑しかなかったリイだったが、これには素直に感謝した。

 お茶を入れながらアストライアは軍師とリイに問いかけてくる。

「あなた達は次にどこに向かうのかしらぁ?」

「? 特に決まってないけどなんで?」

 アストライアの問いにリイはお茶を飲みながら答える。

「私もあなた達に同行するからよぉ」

(ブハァ!)

「あぁ! 目がぁ! 目がぁ!」

 アストライアの言葉にリイはお茶を吹き出し、それが正面に座っていた軍師に直撃する。目の中に入ったのか軍師は椅子から落ちて床をゴロゴロしている。

「な、なんで急に?」

「急でもないのよぉ? リイは伝説の剣を抜いた勇者様だから、アトラティカとしては誰か随員をつけたかったのよぉ。それで立候補した連中全員でバトルロワイヤルをして勝ち残った人物が同行することになったのよぉ」

「それでアストライアが勝ったってことね」

「そう言うことよぉ」

「と言うか俺のことちょっとは心配しろよ!」

「「え?」」

「ふ、二人揃って心底不思議そうな顔をしやがったな! リイは仕方ないけど、アストライアは俺の扱いが雑になるの早すぎない!?」

「人の水浴びを覗く輩には優しすぎると思うのだけどぉ」

 アストライアの言葉に軍師は土下座した。その土下座にアストライアは足を組みながら座る。

「土下座したってことは私の奴隷になったって認識でいいのよねぇ」

「迂闊……! アトラティカも土下座文化が重すぎた……!」

「あなたも学習しないわね」

「リイに言われるとこの上ない屈辱だな」

 その言葉に土下座している軍師に蹴りを入れるリイ。痛みのあまり悶絶しようとするが、アストライアの魔腕に押さえ込まれて動けない軍師。

「失礼致す」

 そこにやってくる金髪の女騎士。そしてその女騎士が見たのは土下座の上に座っている美女と土下座に蹴りを入れているリイの姿。

 金髪の女騎士は唖然としている。

「あら、お客様ねぇ」

「ほら、さっさと立ちなさいよ」

「立てと言っときながら蹴りを入れてくるのは何故だ……?」

 そして何事もなかったかのように振る舞う三人。控え目に言ってカオスであった。

「それであなたはどちら様からしらぁ」

「……は! コホン。失礼、こちらにカザル族のリイと言う方がいると聞いてきたのだが」

 その言葉に軍師とアストライアの視線がリイに集まる。

「カザル族のリイは私だけど」

 リイの言葉に女騎士は跪く。

「……え?」

「お初お目にかかります。私はメルカッツ辺境伯家に仕えるアリシア・ミュラーと申します。お迎えにあがりました。リーディア・フォン・メルカッツ様」

「「「……え?」」」

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