第八章 女戦士・アストライア
リイはその歓声を気にせずに対戦相手を真っ直ぐに見つめる。
アトラティカ特有の大剣を持った妙齢の美女。年頃は二十代後半と言ったところだろうか。リイと同じように動きやすいように髪は縛っている。そして表情には微笑みが浮かんでいる。
その微笑みをみてリイはゾッとした。
表情は笑っているが、目は笑っていない。むしろ殺意に溢れている。
それに気づきリイも笑みを深くする。
(いいじゃない。帝国人は腑抜けばっかりだと思ったらこんなに楽しい相手を用意してくれるなんて。名前は確かアストライア)
そう思いながら剣を抜く。アストライアも戦闘態勢に入った。
アトラティカの戦いに開始なんていう無粋なものはない。二人の戦士が相対すれば、それが開戦の合図だ。
軍師の言葉を思い出しながらリイはゆっくりと半円形に歩き出す。アストライアもそれに相対するように動き出す。
二人にはもはや客席の声など耳に入ってはいない。目の前の敵を倒す。それだけである。
(隙はある。だけどその隙が見えすぎている。罠?)
リイには小さな隙が見える。だが、それが逆に怪しかった。
(まぁ、いいか。罠だったらそれを踏み潰す。それがカサの民)
リイは一瞬で距離を詰めて剣を振るう。並の相手だったら一撃で殺せる斬撃。だがアストライアは紙一重でそれを避けると、逆に大剣を振り下ろしてくる。
受け止めることは可能であったが、本能的に危険を感じ取ってバックステップでそれを躱す。
轟音。
大剣が振り下ろされた場所は巨大なクレーターになっていた。
「随分と力自慢なのね」
「ええ。私は昔の事故で右腕は魔腕になっておりまして」
そう言いながらアストライアは大剣を右腕だけで軽々と扱う。
「この通り右腕だけだったら町でも随一の力になっておりますの」
「戦闘は片腕だけじゃどうにもならないわよ?」
そう言いながらリイは素早くアストライアの左側に回る。そして横薙ぎに剣を振るった。
「ええ、存じ上げております」
アストライアはそう言いながら左腕にはめた手甲でリイの斬撃を弾き飛ばす。
そして妖しく微笑んだ。
「私の右腕が魔腕と知ると皆様一様に左側から攻めて来ますので」
そしてリイの顔面に左腕を叩き込んだ。
殴り飛ばされるリイ。地面を転がりながらもリイは即座にその場から飛び去る。
その瞬間にアストライアの魔腕から繰り出された一撃が叩きつけられる。
叩きつけられた時の爆風を感じながらリイは再度距離を詰めて斬撃を振るう。だがアストライアは手甲で弾き、大剣で防ぐ。
(まず!?)
リイがそう思った時には遅かった。アストライアの大剣は避けきれない速度でリイに襲いかかる。
リイは剣でそれを防いで動きを一瞬だけ遅らせると回避する。
甲高い音。
リイの持っていた剣の半分ほどがアストライアの一撃で粉々になったのだ。
リイはバクステップで後退しながら追撃を防ごうとする。
だがアストライアは追撃をしてこなかった。
「……何の真似?」
「武器を壊された貴女に勝ち目はありません。降参しなさい」
アストライアの言葉は善意であっただろう。
だが、それにリイはキレた。バカにされたと思ったのだ。
リイは右目に付けられた布を取り去る。
その瞬間にリイの脳に襲いかかる死という概念の奔流。
リイは頭痛を我慢しながらその瞳でアストライアを射抜く。アストライアも驚いた表情でリイを見ていた。
「驚きました。魔眼ですか」
「ええ」
「自分以外の魔体持ちの方とお会いするのは初めてです」
「感想は?」
リイの言葉にアストライアは楽しそうに笑った。
「不謹慎にも楽しくなって参りました」
その言葉に嘘はないだろう。雰囲気も戦闘を楽しんでいる風に感じる。
「リイ、さん。でしたね。カサの民の方々は皆様リイ様のようにお強いのですか?」
「マンダリア大平原には私より強い奴なんか腐るほどいるわよ」
「まぁ、私、益々興味を持ってしまいましたわ」
アストライアとリイはお互いに武器を構える。
(体を狙えば防がれる。なら狙いは……)
リイは半分になった剣を構えながらアストライアに突っ込む。
アストライアも完全にそれを迎撃する構えを見せている。このまま突っ込んでも身体には傷一つつかないだろう。
そう、身体には。
リイはアストライアの持っている大剣の根元にある黒い線をなぞる。するとアストライアの持っていた大剣はチーズを裂くかのように斬れた。
驚愕の表情を浮かべるアストライア。その隙をリイは見逃さない。
アストライアの首元に剣を突きつける。
「どうかしら?」
「……参りました」
その結末にアトラティカの住民達は大歓声をあげるのであった。
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