第七章 戦士の町・アトラティカ
リイと軍師は次なる目的地に向かって旅をしている。
「リイ、本当に村で名乗っておいて良かったのか?」
「? 別に名乗っておいても不都合はないんじゃないかしら」
「いや……そうなんだけどな……」
リイの言葉に軍師は複雑そうな表情になる。
リイは山賊達を倒し、財宝を分け与えた村で『カザル族のリイ』と名乗っていたのだ。
「なによ。何かあるの?」
「ある……というかこれから起こるというか……」
「煮え切らないわね。ハッキリ言いなさいよ」
リイの言葉に軍師もついに覚悟を決めたのか顔を真剣にして口を開いた。
「あれをキッカケになんか面倒なことに巻き込まれる気がする」
「何か理由でも?」
「ない。勘」
「あなたの勘ほど頼りにならないものはないわね」
「勘で全部当てるお前がおかしいんだからな!?」
軍師は軍師なだけあって情報から物事を当てることは得意だ。だが、勘という不確かなものの正当性は低い。
逆にリイは直感で生きてきたカサの民だ。その直感はもはや未来予知レベルである。
「まぁ、いいけどね。ところでまだ目的地に着かないの?」
「もう見えてきたよ」
リイの言葉に軍師が遠くを指差す。そこには町と呼べる規模の集落があった。
「あれが?」
リイの言葉に軍師は頷く。
「伝説の剣を祀る町・アトラティカだ」
「なんか栄えているのね」
リイと軍師はアトラティカの町中を歩く。町中にはたくさんの人が行き交い。客を呼び込む商人の声も絶えない。
「アトラティカは元々独立した国だった。神話の時代に活躍した英雄が興した国とも言われていて、男の住民は皆大剣を振るう戦士だったと言われている。帝国に併呑された後も独立精神が旺盛で何度か反乱を起こしているが、その都度鎮圧されている。だが、帝国側でもその鎮圧にかかる被害が甚大だったために、ついに時の皇帝が自治を許し、帝国でも数少ない住民が自治を行う都市として繁栄している」
「ふぅん。反乱を頻繁に起こしたってところには共感するわね。カサの民的に」
「そこで自治の権利を奪い取るあたりにカサの民とも似ているかもしれないな」
軍師は露店で売っていたリンゴを買い、リイも投げ渡す。リイはそれを受け取るとそのまま齧った。
「あら美味しい」
「アトラティカは自治領だからな。商業にも力を入れている。そのために肉や野菜、果物も新鮮なものが手に入る。魚介もイヴァリースを縦断するテイル大河から取れたものが運ばれてくる。『手に入らない物は伝説の剣を抜ける勇者』というのがこの町の住人の冗談だ」
軍師がリイに説明している間にも二人を避けながら先を急ぐ人や、客ひきをする商人がおさまることはない。
そして二人の行き先に大きな人だかりができている。リイがそこを覗き込むと十人以上の男性が乱闘をしていた。周囲はそれを止めるどころか囃し立てて盛り上げている。
リイが軍師に指差して説明を求めると、軍師も普通に説明する。
「アトラティカは元々戦士達の国だったという説明はしたな。その風潮が今でも続いていて、アトラティカの男は一定の年齢に達すると大剣の訓練を行う。当然のように出来上がるのは血気盛んで腕っ節の強い住民だ。そんな住民同士や、住民と旅人同士の喧嘩も珍しいことじゃない」
その説明の途中で簡易的な鎧を纏い、大剣を背負った数人の男達がやってくる。軍師はその男達を見ながら説明を続ける。
「当然のようにそんな連中を放っておいたらアトラティカがマンダリア大平原化する。それを止めるためにアトラティカ自治委員会が作ったのがアトラティカ出身者で組織された自警団だ」
その説明を聞きながらリイはやってきた自警団達を見る。
自警団は喧嘩をしていた連中をまとめて殴り倒しながら捕縛していた。
リイが半目で軍師を見ると、軍師も平然とした表情で説明を続ける。
「こんな町で育った連中が素直に話し合いをすると思うか?」
「思わない」
「その通り。だから自警団は問題を起こした連中はまとめて殴り倒して牢屋に叩き込む」
その言葉の通り自警団は騒ぎを起こしていた連中を殴り倒すと、そのまま連行していった。そして住人達は「あ〜、終わった終わった」と言わんばかりに解散していく。
それを見ながら軍師はリイに話しかける。
「アトラティカをどう思う?」
「ここならカサの民も暮らしていけそうね」
「修羅民族カサの民と脳筋都市アトラティカが手を組むとか完全に帝国涙目案件だな」
人の流れに乗りながらリイと軍師は歩く。星も連れているためにかなり目立つか、リイがカサの民の証である胡服を着ているのを見ると珍しそうな表情になる。
その視線に気づいたリイは首を傾げた。
「私目立っている?」
「基本的にカサの民はマンダリア大長城の影響でマンダリア大平原から出てこない。出てくるとしても城塞都市ヴェスラやその周辺だけだ。アトラティカも帝国東側に位置すると言っても中央寄りだからな。ここまで出てくるカサの民はそういない」
「ああ、なるほど。私もマンダリア大平原から出たこともなかったものね」
軍師の説明に納得するリイ。そして真剣な表情になった。
「それと私にビシビシ戦意をぶつけてくるのも関係ある?」
「俺は戦意がわからないから何とも言えないが、アトラティカは戦士の町だ。その戦士達がイヴァリース大陸中に伝わる猛者であるカサの民を見かけたら戦いたくなるのは当然じゃないのか?」
軍師の言葉にリイは納得したようであった。
全ての説明を終えた軍師は近くの住人に声をかける。その戦意がリイに向けられていることにリイは気づいている。
「少しいいか?」
「お! なんだ! 俺と戦ってくれるのか?」
「違う。伝説の剣を見たいんだが」
軍師の言葉にそれを聞いていたアトラティカの住人達の目が輝く。
「マジか! 久しぶりの『ソール抜きチャレンジ』の挑戦者か!」
「『ソール抜きチャレンジ』? いや、俺達はただ見てみたいだけなんだが」
「バカ言っちゃいけねぇ! ソールは俺達アトラティカの宝物よ! それを無料で見せたとあっちゃあアトラティカの名折れだぜ!」
住人の言葉に軍師はリイを見る。リイはその視線に軽く肩をすくめた。
「いいわよ。その『ソール抜きチャレンジ』とかいうのやってみましょう」
リイの言葉に聞いていた住人達は大歓声をあげるのであった。
リイが『ソール抜きチャレンジ』なるものに挑戦することになった翌日。アトラティカの闘技場の控え室にリイと軍師がいた。
「まさか伝説の剣の見物に来たと思ったらカサの民とアトラティカの戦士の戦いを見物することになるとはなぁ」
「私にとっては剣の見物だけじゃなくなったから構わないんだけどね」
リイの言葉に軍師は笑う。
『ソール抜きチャレンジ』。それはアトラティカの伝統で、伝説の剣・ソールを求めてやってきた戦士の力量を測るためにアトラティカの戦士と戦う儀式である。アトラティカ側が出した代表者に勝つことができて初めて伝説の剣・ソールを抜くことに挑戦できるということである。
「対戦相手は自警団に所属する女戦士だ」
「女性なの?」
「リイが女だからな。アトラティカ側も平等を保とうと思った結果だろうさ」
軍師の言葉にリイは顔を顰める。それをみて軍師は笑った。
「不満か?」
「手加減されているみたいで愉快ではないわね」
「アトラティカ側も同じことを思っただろうな」
「……どういう意味?」
「アトラティカ側はこれまで伝説の剣を守り続けてきたんだ。時にはこういう血気盛んなことまでやってな。だが、今回挑戦してきたのはカサの民とは言えまだ少女と言える年頃だ」
軍師の言葉を途中で止めてリイは立ち上がる。
「つまりあなたが言いたいことは本気を出さなかったアトラティカ側に悔しい思いをさせろってこと?」
リイの言葉に軍師はニヤリと笑うと、手をヒラヒラと振りながら控え室から出て行く。客席に向かうのだろう。
リイは一人で剣を少し抜く。よく研がれた刃先にはリイの美しい顔が写っている。同時に獰猛な笑みも浮かんでいた。
「挑戦者、出番だぞ」
声をかけてきた案内人の言葉にリイは闘技場に向かって歩き出す。
「カサの民の強さを期待してもいいのか?」
「カザル族の名にかけて退屈はさせないわ」
リイの言葉に案内人は楽しそうに笑った。
リイは通路を歩いて闘技場に向かう。出口に近づくにつれて見物している人々の声が響いてくる。
そしてリイが闘技場に現れると一際大きな歓声があがった。
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