第五章 城塞都市ヴェスラ

 城塞都市ヴェスラ。ブリギット帝国が対カサの民として作り上げた城塞都市である。マンダリア大長城とこの城塞都市ヴェスラによって長年帝国を悩ませ続けてきたカサの民の略奪が圧倒的に減ったのである。

 城塞都市ヴェスラにはもう一つの役割がある。それは交易都市としての役割であった。マンダリア大平原に面する貴族の領地の多くは特産物があってもそれを販売する場所がない。そこで城塞都市ヴェスラには多数の商人がやってくる事で帝国東方の交易と物流の中心地となっていた。そのために入る税収も多く、辺境伯と言う身分でありながら、資産は公爵に匹敵するとまで噂されていた。

 城主はこのあたりの領主も兼任しており、『帝国の盾』とも称されるヨアヒム・フォン・メルカッツ辺境伯が当代の当主であった。

 メルカッツ辺境伯はその地位に相応しい人物であり、民や将兵からの信望も厚かった。

「ところが最近は病にかかって表舞台に出てこれなくなった。そこでしゃしゃり出てきたのがここより北の方に領地を持つメルカッツ辺境伯の弟・ウィリアム・フォン・シュターデン子爵だ」

「ふ〜ん」

 リイは何気なく軍師に城塞都市ヴェスラがどんなところか尋ねたところ、想像以上に詳しい内容が帰ってきて驚いていた。

「貴族のお家騒動ってやつかしら。私、ちょっとそれ見てみたい」

「観光気分かよ。やめとけやめとけ」

「え〜、なんでよ」

 不満そうなリイに軍師はため息を吐きながら説明を続ける。

「メルカッツ辺境伯には後継者がいない。いや、娘がいたそうだがカサの民の男と駆け落ちをしたらしい」

「略奪されたんじゃなくて?」

「俺も奪われたんじゃないかと思っている。んで『帝国の盾』としては奪われたんじゃ外聞が悪いから駆け落ちにしたんじゃないか」

 リイは軍師の言葉を頭に入れながら少し考え込む。

「え〜と、メルカッツ辺境伯は病気で死にそう。それで後継は娘がいたけど行方不明。そうなるとメルカッツ辺境伯の後を継げるのは弟のシュターデン子爵だけってこと?」

 リイの言葉に軍師は拍手をする。正解と言う事だろう。

「そのシュターデン子爵も自分の領地の数少ない資産を中央工作に使っている。だが、メルカッツ辺境伯なんて美味しいところを帝国のハイエナ供が放っておくわけないからな。もう一波乱があるかもしれないな」

「うぇ〜、貴族同士の醜い争いってやつ? 私は帝国の貴族に生まれなくてよかったわ」

「貴族に生まれていたらもうちょっと女らしくなったかもな」

 リイは失礼な事を言った軍師の手にフォークを突き刺す。『フォォォォォォォ』と嘆いているが、自力で治療魔法をかけているから問題ないだろう。

 リイは食事をしている酒場の店内から、改めて城塞都市ヴェスラの街並みを見る。

 たくさんの人が往来し、商人達が声を張り上げている。中には物々交換をしている人々もいた。

「ねぇ」

「ふ〜ふ〜、おぉいてぇ。なんだ?」

「カサの民もいるんだけどなんで?」

 リイの視界に入ったのはリイと同じ胡服を着た男性達。部族まではわからないが間違いなくカサの民であった。

「カサの民の一部の部族もこのヴェスラを使って帝国と交易をしているんだよ」

「? 交易品がないんじゃないかしら。だから帝国から奪うって発想になるんだし」

「それは違う。カサの民にも立派な交易品があるんだよ」

「なにそれ?」

「羊毛(ウール)だよ」

 軍師の言葉にリイは理解できないように首を傾げる。

「羊毛なんて帝国でも生産しているんでしょ?」

「質が違う」

「質?」

「そう、質。帝国でも羊毛は生産しているが、その品質は悪い。だが、カサの民の羊毛は品質が良く、皇帝が着る服にも使用されるくらい珍重される。問題はカサの民側が全く羊毛を交易に出してこないことだな」

 帝国側の事情は理解した。ならば今度はカサの民側の事情であろう。

「私達にとって羊は大切な食料でもあるのよ。もちろん取れる羊毛はとても寒いマンダリア大平原の冬を越すために必須なもの。それを考えればそう簡単には交易に出せないわ」

「なるほどねぇ」

 軍師は頷きながら食べていたフォークを置く。ちょうどよかったからリイは気になっていた事を聞くことにした。

「あなたが帝国領内に入った途端にフードを被ったのはなんで?」

「なんでだと思う?」

「帝国で指名手配される犯罪者だから」

「近い将来お前がなるよ」

 とりあえず失礼な事を言ったバカの足を机の下で思いっきり踏んでやる。すると『イギィ!』と小さい叫び声をあげた。

「それで? なんで?」

「ん〜、まああんまり顔を見られたくないんだよ」

 その言葉にリイは軍師が何か訳ありなのを理解した

「大丈夫、あんたの平凡な顔なんて誰も見ないから」

「直球で失礼だな」

 二人は食事を終えて店から出る。リイは店の前に繋いでいた星の縄を解きながら軍師に話しかける。

「この後はどこに向かうの?」

「ヴェスラの中に興味あるか?」

「ない」

 即答である。軍師にヴェスラに入る前に「欲しいものがあっても略奪してはいけない」と何度も念押しされたから、とくに欲しいものを探す必要もない。それだったらさっさと旅に出て世界を見て回った方が楽しい。

「とりあえず北西に向かう」

「何かあるの?」

「さっき会話の中で出たシュターデン子爵領がある」

 軍師の言葉にリイは首を傾げる。

「なんでわざわざ?」

「うむ、実は言いづらいことではあるんだが」

 軍師は真面目な顔をして言葉を続ける。

「路銀が心許無くなってきた」

「なるほど。そこでシュターデン子爵領で略奪するってことね」

「違う」

「え?」

「え?」

 本気で首を傾げるリイと、こいつマジで言っているのか表情になる軍師。

「……あらかじめ言っておくけど略奪……まぁ、強盗だな。帝国では犯罪だからな」

「そんな!? それじゃあどうやって欲しいものを手にいれるの!?」

「お前マジで言ってる?」

「流石に冗談よ」

 大部分本気の冗談ではあるが。

「まぁ、奪うって点では大して変わらないな」

「やはり略奪ね。任せておきなさい。それはカサの民の得意分野よ」

「落ち着け」

「はい」

 軍師のツッコミに素直に応じるリイ。

 軍師とリイ。出会ってから期間は短いが、妙に気があってこんな軽いやりとりがポンポン出るようになっていた。

「まずシュターデン子爵は最近メルカッツ辺境伯の地位を奪い取るためにヴェスラに入りっぱなしだ。それだけならいいが、シュターデン子爵は実権も奪うために軍勢の多くもヴェスラに入れている。それは領内の治安を守る軍勢もいない事を示す。そうなるとどうなると思う?」

 軍師の言葉にリイは少し考え込むが、何か思いついた表情になった。

「あ! 賊が増える!」

 リイの言葉に軍師は頷く。

「その通り。仕入れた情報によれば今シュターデン子爵領には他の領地からも賊がやってきていて荒れ放題だそうだ」

「なるほどねぇ。その賊を討伐して村人からお礼にお金をもらうってことね」

「え?」

「え?」

 再びお互いにこいつ何言っているんだ表情になる。そして軍師はリイに言い聞かせるように口を開く。

「いいかリイ。村人から物資やお金を奪うことは犯罪だ。これはわかるな?」

「ええ」

「だが賊から奪うことは犯罪にならない」

 その時リイに電流走る……!

「なるほど。賊の連中があくせくと貯めたお金や物資を私達が奪うってわけね」

「まぁ、村人にも少しばかり分けてやれば『村人を救うために賊を討伐した』って名声は手に入るだろ」

「やだ、あくどい」

「嫌か?」

 軍師の言葉にリイはイイ笑顔を浮かべる。

「早くシュターデン子爵領に行きましょう」

「お前のそういうところ好きだわ」





「うん?」

 メルカッツ家筆頭家臣であるシュナイダーは二人組みの人影を見る。

 一人はフードをかぶっているために年齢も性別もわからないが、もう一人は胡服を着て、長い黒髪を結んだ少女だ。

 その少女の横顔を見てシュナイダーは思案顔になる。

「あの少女……イーリス様に似ている……?」

 シュナイダーが思い出すのは十年以上前にカサの民の男性と駆け落ちした主君の娘。シュナイダーが見かけた少女の横顔には主君の娘の面影がある。

「シュナイダー様!」

「ああ、来たかミュラー」

 そこにやってきたのは金髪の長髪を靡かせた女騎士。メルカッツ家に仕える若き女騎士。アリシア・ミュラーであった。

 ミュラーはシュナイダーのところまでやってくると敬礼をする。

「これより、私率いる小隊がリーディア様探索の任につきます」

「うむ、イーリス様にはリーディア様という娘御がおられたはずだ」

「はい、リーディア様が来られればシュターデン子爵のメルカッツ家乗っ取りを阻止することができるということですね」

 ミュラーの言葉にシュナイダーは厳しい表情をしながら頷く。

「その通りだ。主人の弟殿を悪く言いたくはないが、シュターデン子爵にはこの要塞都市ヴェスラは重すぎる」

 経済面ばかりが注目されるが、ヴェスラ本来の役割はカサの民の監視と、侵攻の折にはそれの防衛だ。

 それを長年行ってきたメルカッツ家の騎士にそれはできるが、シュターデン子爵家が乗っ取ることになればその任務はシュターデン子爵家の騎士がそれを行うことになるだろう。

 そしてメルカッツ家に仕える騎士の総意としてシュターデン家の騎士にはそれができないという判断であった。

 そこでシュナイダーは独自に動いて現在のメルカッツ辺境伯唯一の肉親である、現メルカッツ辺境伯の孫娘・リーディアを当主として迎え入れることにしたのだ。

「お前達が行くのは修羅住まうマンダリア大平原だ。辛い役目は押し付けてすまないが……」

「なんの。シュナイダー様はシュターデン子爵に目を光らせていただかなければなりません。リーディア様探索は私達にお任せを」

 シュナイダーは頷きながらミュラーの肩を叩く。

「リーディア様はカザル族という部族にいるはずだ。よろしく頼む」

「は!」

 ミュラーは最後にシュナイダーに敬礼をするとその場を歩き去る。シュナイダーはミュラーを敬礼しながら見送り、思い出したように先ほどのカサの民の少女を探す。

 しかし、すでに人混みに紛れて見えなくなっているのであった。

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