第四章 旅立ち
美しい星空の下、リイと少年は語り合う。
「いや、だからそのすぐに奪うという発想はおかしい」
「おかしくないでしょ? 先に奪っておかないと他の奴に奪われるかもしれない。だから奪う。ほら完璧」
「俺達には言語っていう素晴らしいものがあるんだぞ? 先ずは話し合いだろう」
「それはダメよ。『言語を弄する奴にろくなやつはいない』がカサの民の共通認識よ」
「だからそれが蛮族って呼ばれる所以だって」
会話の内容は年頃の少年と少女が美しいロケーションでする内容ではなかったが。
だが二人の顔には笑顔があった。リイの顔は心から楽しんでいる笑顔。少年も最初の胡散臭い笑みではなく、楽しそうな笑顔があった。
「でもパゾムの傭兵だって似たようなものでしょう?」
「あっちは意外としっかりしているぞ。契約内容に不利な項目があったらそれこそ命に直結するからな。帝国人より理屈臭い」
少年の言葉にリイは嫌そうな表情になる。
「会ったこともない王国人……あ、そういえばあの娘は王国人だったかしら」
リイの脳裏に浮かんだのは王国所属の天馬騎士見習いの少女。マンダリア大平原でカサの民の部族戦争に巻き込まれて天馬が怪我して帰れなくなっていた不幸な少女。その少女をリイは保護して友達になっていたのだ。
「でもあの娘は気弱で相手がちょっと強気に出てきたら頷きそうな感じだったけど」
「そりゃ王国だって広いんだ。中にはそういう奴もいるだろう」
「……カサの民はみんな一緒よ?」
「それが不思議で仕方ない。お前ら何で思想統一ができてんの?」
少年の心底不思議そうな言葉であった。だが、カサの民であるリイにはわからない。だって幼い頃からそんな風に育ったからだ。
「そういえばあなたは何で旅しているの?」
これ以上この話題を掘り下げるとカサの民のキチガイさが露呈すると思ったリイは話をすり替える事にした。
少年もあまりツッコミすぎてサカの民の恐ろしさを知るのが怖くなったのか素直にリイの話題に応じた。
「俺の師匠はイグナッド・ダ・ヴィンチでな」
「誰?」
リイの言葉に少年はなんてこったと言った雰囲気で空を仰ぎ見る。そんな反応で流石のリイも気づく。
イグナッド・ダ・ヴィンチという人物は知っていて当然の人物なのだ。それさえわかればあとは簡単な推理だ。
閉鎖的なカサの民でも知っていると思われる有名人。
即ち……
「ブリギット帝国の皇帝よね。知ってる知ってる」
「イグナッドという帝国の皇帝はブリギット帝国の第二代皇帝だな。名前はイグナッド・フォン・ブリギット。今から二百年以上前の人物だ」
適当にハッタリをかましたら流れるように情報が出てきた。
「二百年以上前の人物の弟子とかあなた何歳なの?」
「自分の意見が間違っていることを自覚しような?」
とりあえず自分の意見をゴリ押ししようとするリイであったが、流石に無理があった。
「イグナッド・ダ・ヴィンチっていうのは伝説の軍師で政治家で魔術士で芸術家だよ」
「万能の天才って奴?」
「性格は完全に破綻しているから安心しろ」
弟子にすら性格破綻者と言われるイグナッド・ダ・ヴィンチがリイはちょっと心配になった。
「まぁ、御伽噺や神話に出てくる人ではあるな」
「なにそれ。実在しないってこと?」
リイの言葉を少年は苦笑して首を振る。
「実在はしているよ。ただその存在が信じられていないだけで」
「ふ〜ん、あなたはそんな存在の弟子なんだ」
「まぁな。信用できないか?」
「信用もなにも話が飛びすぎてて理解できない」
リイは少年が小さく呟いた「やはり無学……」という呟きを聞き逃さずに、焚き火の木を少年に向かって投げつける。
見事に羽織っていたローブに引火した少年は地面をゴロゴロと転がって火を消していた。
息を途切れさせながら少年は再び座る。
「まぁ、生まれながらの孤児だった俺は師匠に拾われてな。師匠の住む異次元であるアヴァロンに連れて行かれた」
「異次元?」
「異次元」
ある意味で衝撃の事実を告げられた。
「あなたこの世界の人間じゃないの?」
リイの言葉に少年は難しそうな表情になる。
「いや、出身世界は間違いなくこの世界の帝国なんだよ。ちょっと両親の顔を知らないし即座に異次元に誘拐されただけで」
「大丈夫? それ記憶改竄されてない? カサの民の言い伝えにあるわよ。遥か遠い空からやってきた人物に出会うと記憶改竄されるって」
「いや、そんな眉唾な言い伝えの存在……いや、待て。ある意味で師匠の存在は眉唾な話であるんだが、俺は違う……うん、俺は人間だ」
自分に言い聞かせる姿が可哀想になったのでリイはそれ以上突っ込むことを辞めた。
「アヴァロンで軍略、政治、魔術を教え込まれた俺は師匠に『人という存在を見てきなさい』って言われてこの世界に戻されたんだよ。それから俺は行く宛もなくフラフラ旅している」
「ふ〜ん」
「自分から聞いておいてその反応冷たくない?」
そう言われても少年の言葉はリイの理解を完全に超えていた。
だから素直に気になったことを聞く。
「ねぇ、他の国ってどんな感じなの?」
リイの言葉に少年は嫌そうな表情になる。
「そんないい話じゃないぞ?」
「それでも気になるのよ。私はマンダリア大平原から出てことないから」
リイの言葉に少年はため息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。
「クソさ」
そして吐き捨てるように言い放った。
「どいつもこいつも薄汚い畜生ばかりだ。同じ人間であることが恥ずかしいくらいにな」
リイは少年の瞳に暗い炎を灯るのを認識した。そして気づいたのだ。
(ああ、こいつは人に期待していたんだ)
詳しいことは理解できなかったが、少年は人と接することなく育ったのだろう。そして師匠に送り出された時に人という存在に希望を抱いていた。
そして現実を知った。
どんな過去を送ってきたのかはリイにはわからないし、それは本人にしかわからないことだろう。
だが少年は確かに感じたのだろう。『人に裏切られた』と。
勝手に希望を抱いて勝手に失望した。極論で言ってしまえばそれだけだ。
だがリイは本能的にこの少年の危うさに気づいた。放っておいたらどこまでも絶望して、最後は死を選ぶだろう。
別にリイは博愛主義者でもないので誰か知らない相手が死んだところで「ああ、死んだんだ」で済ませる。
だがリイは少年をこのままにしておいてはいけないと思った。
「ねぇ、私も一緒に連れて行ってよ」
だからごく自然にそう言っていた。少年はリイの言葉に驚いていた。
「何でそんなに驚いているの?」
「いや、俺の旅について来たいって言われるの初めてでな」
「それはあなたが自分の話をしないからじゃない?」
リイの言葉に少年は少し考え込むが、すぐに驚いた表情になった。
「なんで俺はリイにこんなことベラベラと喋っているんだ!?」
「いや、それは知らないけど」
ガチで驚愕している少年に突っ込むリイ。リイにとっては聞いたら答えてくれた程度のものだったが、少年にとっては秘密のことだったらしい。
思い悩んで前衛芸術になっている少年を眺めながらリイは水を飲んでいたが、流石に飽きたので素直に声をかける事にした。
「それで? 私を連れて行ってくれるの?」
「拒否していい?」
「私に土下座したよね?」
「カサの民の土下座が重い……!」
今更ながらに少年がリイに土下座をしていることを悔いているがもう遅い。少年がリイに土下座をした時点でリイが上で少年は下なのだ。
「……そんなにいいものじゃないぞ?」
「別にいいわよ。私もマンダリア大平原の外に行ってみたかったし。ちょうどいい機会だわ」
リイの言葉に少年はため息を吐く。
「荷物はちゃんと纏めろよ」
「大丈夫よ、星にしか積めない程度の量の荷物しかないから」
リイにとって星は唯一残された家族だ。だから当然のように一緒に連れて行く。
星を見ながら少年は思い出したように呟いた。
「そういえば俺、馬に乗れないな」
「うわ、赤子以下ね」
「遊牧修羅民族カサの民と一緒にするな」
そんな会話をして二人で笑い合う。
そしてリイはあることを思い出す。
「そういえばあなたの名前は? まだ聞いてなかったわよね」
「あ〜」
リイの言葉に少年は何か考えるような声をだす。それに対してリイは不審そうに見る。
「どうかした?」
「いや、ここで偽名名乗ったら怒る?」
リイが持っていた剣の鯉口を鳴らすと少年は土下座した。
「まぁ、わけあって本名は名乗れないんだ」
「なにそれ。じゃあなんて呼べばいいのよ」
少年は「そうだなぁ」と首をかしげる。
「肩書きを流れの軍師で通しているから『軍師』ってことで」
「……まぁいっか」
少しだけそれでいいのかとおも思ったが、リイは納得することにしたのであった。
「じゃあ行きましょうか」
夜、語り合ったと二人は同じゲルの中で眠りについた(広いゲルのために二人でも就寝可能)。そして目覚めた朝、朝日を気持ちよく浴びながらリイは軍師に声をかける。
軍師は汗だくで疲れ切った様子で大地に倒れ込んでいた。
その様子を見てリイはため息を吐いた。
「なに死んでいるのよ、軽い準備運動に付き合ってもらって片付けを手伝ってもらっただけじゃない」
「カ、カサの民の……準備運動は……一般人にとっての……地獄の特訓だと……思ったほうが……いい……」
「呆れた。その体力でよく旅ができたわね」
「体力が……少ないのは……否定しないが……カサの民が……おかしい……だけだ……」
変人に変人と言われて悔しかったので、リイは倒れこんでいる軍師の鳩尾に蹴りを入れる。すると軍師はビクンビクンしながら地面で悶える。
「それで? どこに向かうの?」
リイは軍師に問いかけるが、軍師は地面に倒れこんだまま動かない。
もしゃもしゃと草を食むリイの愛馬・星。ピーヒョロロと鳴き声をあげながら空を飛ぶ大型猛禽類。無警戒に草むらからぴょこんと顔を出す野兎。
リイは軍師の反応がなかったのでとりあえず野兎に投げナイフを投げて仕留める。そして持ち運べるように捌き始めた。
野兎の原型がなくなり、ただの肉になったころにようやく軍師が起き上がる。
「あ、やっと起きれた?」
「容赦ない蹴りを入れておいて謝罪とかなし?」
「私が上、あなたが下」
「クソ! 土下座が効きすぎている!」
悔しそうな軍師だが、リイの頭の中には完全に図式が出来上がっているのでこれが変わることはないだろう。
「それで? どこに向かうの?」
捌いた肉を星に乗せている荷物に入れながらリイは問いかける。軍師も立ち上がりながら口を開いた。
「マンダリア大平原から出るとなると行き先は限られるな」
「ああ、そっか」
世間に疎いリイでも修羅民族カサの民をマンダリア大平原に封じ込める長城と、その出入り口を兼ねる都市の名前を知っている。
「城塞都市ヴェスラ。まずはそこに向かおう」
「あれ、うざいわよね。私達が何度攻めても落とせないのよ」
「お前ヴェスラ攻防戦に参加したことあんの?」
「カサの民の初陣はだいたいヴェスラ攻めよ」
軍師が小声で言った「戦闘民族カサの民」と言う呟きは聞かなかった事にした。むしろ修羅民族と呼ばれるより戦闘民族と言われたほうがいい気もする。
「じゃあ、行きましょうか」
「……待って、この大量の荷物なに?」
「? あなたが背負う荷物よ?」
「馬に全部乗せたんじゃなかったのか!?」
愕然とした様子で叫ぶ軍師にやれやれと言った雰囲気で首を振るリイ。
「いい? 星にはゲルの道具をのせるだけでいっぱい。食料は少し乗せているけど。水とかは自分で運ぶのよ」
「お前が持つと思わしき荷物がないんだが」
「私が上、あなたが下」
「クソがぁぁぁぁぁ!」
二人の珍道中が始まる……
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