第三章 少年と少女

 焚き火を囲みながら二人は会話をする。すでに日は落ちて空には月と星が瞬いている。

「あら食べないの?」

「……これどうやって食うんだ?」

 リイは少年の言葉に手本を見せるように兎を捌いて焼いた肉にかぶりつく。小骨が口の中に入ったのでそれは口から吹き出して焚き火の中に放り込んでしまう。

 それをみて少年が「蛮族かよ」と呟いたので熱された木の枝を少年の頬に押し付ける。すると少年は「フォォォォォ!」と奇声をあげながら転げ回った。

「カサの民は修羅民族であるけど蛮族ではないわ」

「やってることは対して変わらねぇよ!」

 少年渾身の叫びである。そしてぶつくさ言いながら治療魔法を自分にかけていた。リイは別に少年が治療魔法を使っても驚かない。それをみた少年の方が逆に驚いた。

「……攻撃魔法や呪いと治療魔法を同時に扱えるのってかなり珍しいんだが」

「あら、そうなの。魔法自体を初めてみたから知らなかったわ」

「……やはり蛮族」

 リイは失礼なことを言った少年の額に向かって小骨を吹く。吹き出された小骨は綺麗に少年の額に突き刺さった。「んぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら転げ回る少年。リイはそれを無視して次の肉に取り掛かった。

「ほら、早く食べないと私が全部食べちゃうわよ」

「頬は熱いし額がいたぁい!」

「よかったわね。それが感じるってことは生きている証拠よ」

 リイの言葉に半泣きになりながら少年は座って兎の肉にかぶりついた。

「お、美味い」

「でしょう。素材の味を生かしているのよ」

「素材の味を生かしているというよりは素材の味しかないな」

 リイが笑顔で腕をゴキリと鳴らすと、少年は怖がることをせずに腰に下げていた袋から一つの瓶を取り出した。

「それは?」

「大陸南方に広がるゼクラス砂漠に住む少数民族が作り出す香辛料ってやつだ」

「コウシンリョウ?」

 リイの不思議そうな言葉を気にせずに少年は香辛料をリイの肉と自分の肉にかける。

「毒じゃないでしょうね」

 リイの言葉に少年は先に一口食べる。そして美味しそうに咀嚼した。毒ではないというアピールだろう。

 そう思ってリイも香辛料がついた部分を一口食べる。そして驚いた。

 肉の旨味の中に香りやピリッとした辛味がある。

 ぶっちゃけ旨かった。

 なのでカサの流儀に則って少年が持っていた香辛料を略奪し(少年は抵抗したが腹パンで沈めた)肉に振りかけて食べる。

「うまぁい!」

「俺は痛いぞ」

 少年が何やら文句を言っているが、美味しいものを食べて機嫌のいいリイはそれを流してやることにする。

 少年と二人で肉を全部食べきると香辛料も全部使い切ってしまった。リイは指についた油を舐めとりながら口を開く。

「さっきのコウシンリョウ……だったかしら。どこで略奪できるの?」

「売買や交換じゃなくて真っ先に略奪が出てくる修羅民族思想に俺は恐怖を感じるよ」

「何言っているの。ここはマンダリア大平原で私はカサの民よ?」

 そこまで言ってリイは真剣な表情になる。

「欲しいものは奪うわ」

「やばいな。カサの民は俺の認識の遥か上だったわ」

 それはカサの民がブリギット帝国人やパゾム王国人によく言われる言葉である。その後に「こいつら本気でやばい」までが一連の流れでもある。

「あなたブリギットのいいところのお坊ちゃん?」

 リイの質問はある意味で当然であった。

 ブリギット帝国はイヴァリース大陸最大の国であり、お金持ちの国である。別大陸との交易も行っており、その影響力は大きい。

 しかし、貴族同士の対立や内紛が多く、しょっちゅう争いが起こっていた。

 ブリギット帝国なら南方のゼクラス砂漠の少数民族とも交易を行っていると思ったからだ。

「まぁ、生まれは帝国領内だがな。育ちは違うよ」

「そ」

 少年の言葉にリイは軽く返す。別に少年がどこ出身だろうとリイには興味がない。

「俺がどこ生まれは気にならないのか?」

 イヴァリース大陸の人々はとにかく仲が悪い。ブリギット帝国出身であっても出身領が違ったらそれは他国人なのだ。そんなブリギット帝国人からしてみたらパゾム王国人もカサの民もゼクラス砂漠の少数民族も等しく蛮族だ。そんなブリギット帝国人が他国人をみたらどうなるか?

 当然のように差別である。

 だからこその少年の言葉である。だが、リイに興味はなかった。

「あなたがどこ生まれであろうとあなたはあなたでしょう?」

 少年は一瞬だけ呆気にとられた表情をしたが、すぐに面白そうに大笑いした。

「リイはやっぱり変な奴だな」

「バカにしてる?」

「いや……」

 リイの言葉に少年は優しい笑みを浮かべる。

「褒めている」







 驚いた。それが素直な感想だ。

 人は醜い。どこに行っても生まれで差別し、性別で差別する。

 だが、彼女にそれはない。まるで編み立てのシルクのように純白だ。

 自分はそんな彼女を美しいと思う。尊いと思う。

 蛮族しかいないと思ったマンダリア大平原。

 自分はここで初めて『人』の美しさを知った気がする。

 なるほど。師匠が言っていた通り、人は美しいのかもしれない。

 そんな彼女の美しさを守りたいと思う。何色にも染まらないで欲しいと思う。

 ああ、願う事なら。



 君はずっと純白でいて欲しい。

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