第二章 魔眼

「う……ん?」

 リイは呪いから覚める。側には心配そうにリイを覗き込んでいる星。

 リイは星を撫でながら立ち上がる。腕を動かし、足を動かす。

「うん、問題ない」

 そう呟いてからリイは気づく。星や草原の草にたくさんの黒い線が入っている。リイは首を傾げながら右目だけを瞑ってみる。黒い線が消えた。左目だけを瞑ってみる。黒い線が残っている。

「なにこれ?」

 いや、どう考えても呪いの影響だろう。だが、何だがさっぱりわからない。なにせリイはカサの民だ。呪術や魔術とは無縁に生きてきた。

「星、さっきの胡散臭い奴は?」

 リイの問いに星は首をリイのゲルに向ける。その中にいるということだろう。

 リイは星を撫でてからゲルに向かう。そしてゲルの中に入った。

 振り向いてきたのはリイを呪殺しようとした少年。その顔は驚愕に染まっている。

 呪いの影響もあるからまだ殺せない。だったら話は簡単だ。

「歯を食いしばらないで力を抜いて」

 リイは呆気にとられている少年の顔面を全力で殴った。







「信じられん……本当にあの呪いを破るなんて……」

 リイは焚き火の近くに座っている少年の呟きを聞いている。少年にとってあの呪いを破られるのは信じられない出来事らしい。

 そんな少年を胡散臭そうに見る。

「あなたの呪いが弱いんじゃないの?」

「俺はあの呪いで百人以上……あれ? 二百超えてたかな? まぁ誤差か。それくらい呪殺している。破られたのはリイが初めてだ。どうやって破ったんだ?」

「気合と根性」

「まさかの精神論……!」

 少年がガチ驚愕しているが事実なのだから仕方ない。少なくともリイは気合と根性でどうにかした。

「それで? この目はなんなの?」

「ああ、黒い線が見えるんだっけ。ちょっと試しにこれの黒い線を軽く剣でなぞってくれるか」

 そう言って少年が出してきたのは焚き火用の木の枝。そこそこの太さがある。斬るには力を込めないといけないだろう。

 とりあえず言われた通りにリイは右目を開いて黒い線を剣でなぞってみる。

 力を込めていないのにすんなりと斬れた。

「……なにこれ」

「なるほどな」

 一人納得している少年をリイは締め上げる。

「リイ、締まってる締まってる」

「当然よね、締めてるんだもの」

 とりあえず絞め殺しては意味がないのでリイは少年を解放する。少年は少しの間呼吸を整えてから口を開いた。

「簡単に言うとな、お前さんの右目は魔眼になった」

「……魔眼?」

「ハァァァァァァ、これだから学がない奴はおいおい待て待て剣を仕舞え」

「じゃあさっさとこの眼について説明してちょうだい」

 剣を抜こうとしたリイを止める少年。

「あ〜、魔眼ってのはどんなのかわかるか?」

「わからないわ」

「ハハ、バカだな」

 リイが剣を抜こうとしたら、少年は遥か東方に伝わる謝罪の最上級である土下座をした。リイ達が住むイヴァリース大陸には『相手が土下座をしたら譲歩をせねばならない』とも伝わっている。カサの民にはそれに加えて『土下座は服従の証である』とも伝わっている。

 つまりこの時点でリイの中で少年との上下関係は決まった。

 リイは足を土下座している少年の頭に乗せながら口を開く。

「それで? 魔眼とは?」

「おぉぉぉぉぉ、頭に足を置かれて会話するとか半端ない屈辱」

「命がいらないならそう言いなさい? すぐにその役に立たない頭を飛ばしてあげるわ」

「なんで説明するのにここまで罵倒されなきゃいけないんだ?」

 リイが剣の鯉口を切り始めると少年は素直に説明を始めた。

「魔法とはどんなものか知ってるか?」

「よく知らないけど古代から存在する超常技術で、使えるのは限られた人物のみって感じだったかしら」

 リイの説明に少年は顔をあげようとする。

 リイは足で少年の頭を下げさせた。

「それで?」

「この態勢辛くない?」

「私は全然辛くないから問題ないわね」

「なんか調教されてる気分になるな」

 ぶっちゃけリイも猛獣を調教している気分になったが流すことにする。出会って早々に致死級の呪いをかけてくるキチガイと一緒の考えになるなんてありえない。

「ここからは俺の推定になるんだが」

「断定しなさい」

「そうなるとお前さんを解剖して魔力の循環を調べなければいけなくなるんだが」

「他の方法」

「ない」

「仕方ないわね。推定で許してあげるわ」

 リイの言葉に少年は『ハハァ』と声を出して頭を下げる。意外とノリはいいらしい。

「おそらくは俺のかけた呪い……まぁ、魔術なんだが。それがお前さんの身体と変に共鳴した結果、魔力の流れが左目だけで集中して魔眼が発現したんだろう」

「あなたのせいじゃない」

「いや、呪いで素直に死んでくれてれば何の問題もなかった」

 少年の言葉にリイは剣を少年の真横に突き刺す。少年から掠れた声で『ごめんなさい』と聞こえたのでリイは剣を戻した。

「それで? 治せるの?」

「無理」

 リイが少年の首筋に剣を当てると少年は土下座をしながら言い訳を始めた。

「魔眼を始めとした魔術が身体に発現してしまうと取り除くのは不可能なんだよ! それに魔術が身体に発現することは極めて珍しい上に、能力も高くなるから取り除くという発想にはまずならない!」

「最後の言葉はそれでいいのね?」

「いやだぁ! 死にたくなぁい!」

 少年の悲鳴をリイは笑いながら聞いている。今までのやりとりですでにリイには少年に対する殺意はない。

 なにせ両親や仲間を失ってから初めて会話を楽しんでいる。

「じゃあこの魔眼と共存すると仮定しましょう」

「いや、仮定も何も取り除くのは不可能なんだが」

 リイが剣の柄の部分で少年の頭をコンコンと叩くと少年は震えた声で『ごめんなさい』と呟いた。

「この魔眼を封じることはできないの」

「……顔上げて調べさせてもらえれば可能性はゼロではないです」

「いいわ」

 リイの言葉に少年は顔を上げてリイの顔を覗き込む。その際に少年の顔が近くにきてリイはドキリとする。

(いやいや、こんな対して顔も良くない相手にときめいちゃダメでしょ。むしろトキメクのはむこう側じゃないかしら)

 そうは思っても少年は片眼鏡越しにリイを真剣な表情で見つめているだけだ。

 その全く何も思っていませんよの雰囲気にリイはカチンとくる。リイだって修羅民族の生まれだが年頃の乙女だ。近距離で顔を寄せ合っているのに何も思われないのは癪に障る。

「……何か言うことはないの?」

「うん? ああ、呪いを気合で乗り切ったバケモノだからどんな恐ろしい容貌をしているかと思ったが意外に普通だったな」

(無言の腹パン)

「フゴゥ」

「言葉に気をつけなさい。乙女は傷つきやすいのよ」

「だったら最初から言葉で言えやぁ……!」

 とりあえず生意気なことをいう少年の頭をリイは踏みつける。腹パンで蹲っているからちょうどいい高さだ。

「何か言った?」

「ナンデモナイデス」

「ならいいわ」

 優しいリイは少年が溢した「この修羅民族め」と言う言葉を聞き逃してあげることにした。

「それで? 封じれるの?」

「できるできないで言えばできる」

「じゃあやりなさい」

「は? なんで俺がお前のためにやらなきゃいけないんだよ?」

 少年の反抗的な態度にリイは少年の頭に踵落としを叩き込む。少年は蹲っていたので地面に軽くめり込んだがリイは誤差の範囲だと思うことにした。

「あなたは私に土下座した。つまり私が上であなたが下。理解できてる?」

「迂闊……! カサの民の土下座認識が想像以上に重かった……!」

 少年が今更ながらに気づいているがリイは知ったことではない。

 少年はため息をついてから懐から一枚の布を取り出す。

「まぁ」

 リイは思わず感嘆の声をあげてしまう。当然だろう。少年は空中に魔術式を編むとそれをその布に編み込んでいったのだ。

 魔術に疎いリイでもわかる。この技術はそこらの魔術士にはできないことだ。

「あなた優秀だったのね」

「……いや、名前だけで相手を呪殺する技術って超難しいからな」

「私死んでないけど?」

「クソ! 反論できねぇ!」

 リイの煽りに少年は悔しそうにする。それを見てリイは笑った。

(変な奴ね)

 第一印象は胡散臭い奴で第二印象を殺すべき相手。そしてそんな少年の行き着いた先は変な奴であった。

(でもまあ悪い奴ではあるけど悪人じゃないみたいだしね)

 そう思っているリイに対して少年は魔術式を編み込んだ布を渡してくる。

「これで左目を隠してみてくれ」

 そう手渡された布をリイは左目に覆ってみる。

 すると見えていた黒い線が消えた。

「あ、すごい。本当に消えたわ」

「信じてなかったのか……!?」

「あなたは最初に殺そうとしてきた相手を無条件に信じる?」

 リイの言葉に少年は納得している。その様子にリイは再び笑うと立ち上がる。

「残りの話は食事をしながらにしましょう」

 その言葉に驚いたのは少年のほうだった。

「……俺を許すのか?」

「殺して欲しいならそう言いなさい。殺してあげるから」

 リイの言葉は遠回しに許すと言っていた。少年はすぐにその結論に至ったのだろう。面白そうに笑った。

「リイは変な奴だな」

「それはあなたもよ」

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