第一章 カサの少女と流浪の少年
リイは日課である剣の鍛錬を行なっている。
剣を振るう時はただ無心で。
それはリイが亡き父親から学んだ剣の極意であった。リイの近くにあるのはリイの住まいであるゲルと愛馬の星だけだ。
リイは剣を振るう時には邪魔になるために長い黒い髪を後ろで縛っている。そして服装はカサの民の女性がよく着ている胡服、スリットは深く太ももが露わになっている。
「……ふぅ」
リイはため息をついて納刀し、流れる汗を拭いた。リイはブリギット帝国や傭兵達の国であるパゾム王国の人々からは修羅民族と呼ばれるカサの民だ。戦闘訓練をするのは呼吸や食事と同じである。
「失礼」
リイは声をかけられたのでそちらの方を向く。そこにいたのは黒いフードを被った旅人。リイはそれを意外に思う。なにせカサの民は修羅民族として大陸中に知られている。そのためにカサの民以外にマンダリア大平原を旅する自殺志願者などいない。
(何か訳ありかしら?)
その他国の人間が入り込まない土地柄、帝都などで犯罪をした人物がマンダリア平原に住むカサの民に庇護を求めることは少なくない。
だいたいはカサの民の修羅思想に耐えきれなくなって逃げ出すか自殺をするそうだが。
「申し訳ございません。持っていた水と食料が尽きてしまいまして……よろしければ売っていただけませんか?」
なるほど、とリイは思う。水や食料が尽きたから譲って欲しい。もし断られても少女一人であるリイからだったら奪うのも容易いと考えたのだろう。
(まぁ、別に水も食料も余っているから譲ってもいいんだけど)
「人に頼み事をする時は素顔くらいみせたら?」
「おっと、これは失礼いたしました」
そう言って旅人は黒いフードを外す。フードの下から出てきたのは片眼鏡をかけた学者風の少年だった。年頃はリイと同じくらいだろうか。
「いかがでしょう?」
人の良さそうな笑みを浮かべながらの言葉。
その笑みを見てリイの答えは決まった。
「グッボフ!」
とりあえず笑みが胡散臭かったから腹パンである。
(おかしい、俺の頼み方に問題はなかったはずだ)
少年の聡明な頭脳は自分が何をされたかを正確に弾き出す。
水と食料を、欲しいと、頼んだら、腹パンされた。
(……全く意味がわからんぞ!)
だが、少年の混乱は止まらない。
あまりの腹パンの威力につい踞ったら、目の前に綺麗な膝が入ってくる。
「ゲボッフ!」
顔面に膝蹴りを叩き込まれた少年は軽く空中遊泳をして地面に落ちた。
リイはしまったと思う。腹パンをしたのは完全に意図的だったが、膝蹴りをだしたのは体が反応してしまったからだ。
(でも、うん。カサの民の前で隙だらけになるのが悪いわね)
完全にリイの思想が修羅民族だが、残念ながらこれがカサの民のデフォである。だから他国の人間から修羅民族扱いされるのだ。
軽い空中遊泳した後に地面に倒れてビクンビクンしていた少年は勢いよく起き上がる。
「突然何しやがる!?」
「あなたの笑顔が胡散臭かったからつい」
「つい!? ついであの威力の腹パンと膝蹴りを叩き込むのか!?」
「何言ってるの。顔が潰れてないだけ恩情よ」
リイの言葉に戦慄している旅人の少年。だがリイの言葉は事実だ。カサの民にとって『相手が不愉快だから』で殺し合いになることは珍しくない。
「悪かったわね。水と食料だったわね。わけてあげるわ」
リイはそう言って少年に手を出す。少年はその手を握りながら立ち上がった。
「とりあえず水と食料の代金……と思うことにしよう」
「それがいいわね」
「こ、このアマ……っと、そうだった。君の名前は?」
笑顔が引きつっているが、さっきの胡散臭い笑顔よりはマシだと思うリイ。だから改めて握手をしながらリイは自己紹介をする。
「私はカザル族のリイよ」
「わかった。カザル族のリイだな」
少年もそう言いながら握手をしてくる。
その瞬間にリイは身体中の力が抜けるのを感じる。いや、感じるだけではない、リイは地面に倒れこんでしまう。
「あ、あ、なた……なに……を……」
倒れ込んだリイを見て愉快そうに笑う少年。その瞳は黒く濁っていた。
「魔術師相手に本名を名乗るのは自殺行為だぞ?」
「ま、さ……か」
苦しそうなリイを見て少年は本当に愉快そうに笑う。
「喧嘩を売ってきたのはお前だからな。致死性の呪いをプレゼントだ」
(こいつ絶対に殺す)
リイはそう思いながら意識が暗闇に落ちた。
リイは夢を見ている。両親がいてカザル族の仲間がいる。
幸せだ。間違いない。
両親が言う。
ここで一緒に暮らそう。
カザル族の仲間が言う。
ここならみんな一緒だ。
間違いない。幸せはここにある。
両親が笑顔で手を差し出してくる。
ここで両親の手をとればこの幸せな時間が永遠に続くのだろう。
ならば話は簡単だ。
リイは持っていた剣で容赦無く両親の首を飛ばした。
「どんな種類の呪いかは私には理解できないわ」
リイは首をゴキリと鳴らす。その表情は忿怒に染まっていた。
「でも私の両親やカザル族の仲間は他の部族との戦いで気高く死んだの」
そう言ってリンは足を踏み出す。先ほどまでの両親やカザル族の幻影はいない。代わりに地面から大量の黒い手が伸びてくる。それはリイを地の底に引きずり込もうとしているようあった。
「この夢はその両親や仲間を愚弄したことに等しいわ」
黒い手を斬りはらいながらリイは叫ぶ。
「我がカザル族を愚弄したこと、絶対に許さないわよ!」
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