第37話 勝算あり

「みんな、待たせたな。もう大丈夫だ、明日出発しよう」


 ネルをここに運んで四日目の夜。

 ネルは体の動き具合を入念にチェックした後、私たちにそう言った。



 そして、今はネルがこの屋敷に来て五日目の朝。


 私たちは旅の準備をしている。

 ……と言っても、買い物をテツとダイにお願いして、その帰りを待っているだけだけど。


 その間に、フェルルはここの子供達にしばらく留守にすることを説明しに行き、私とネルは次の目的地について話し合っていた。


 ……が、話は逸れに逸れていた。


「えー! テツとダイの見分けがつかない?!」

「ってことは、お前はわかるのか? どっちがテツでどっちがダイか!」

「わかるよ! そもそも顔が全然違うじゃない」

「嘘だろ、そうなのか? 俺には全然わからん……」

「二人ともずっとネルの看護をしてくれてたのに、薄情なんだから」

「ほとんど寝てたんだ! その間に区別がつくようになる方が不自然だろうが!」

「それはそうか……。いや、待って! もしかして包帯の巻き方が日によって違ったりしてなかった?」

「ああ、確かにあった。やたら丁寧で几帳面に巻くときと、スピード重視でちょっと荒めに巻くときと」

「それよ! 几帳面な方がテツで、効率重視なのがダイだから。はい、覚えてね」

「そんな無茶な」

「無茶じゃない! 入れてくれるお茶の味だって違うんだから」

「お茶の味なんて俺にはわからん」

「えー。じゃあ何ならわかるのよ!」

「だいたい! そっくりな見た目にする方が悪いだろうが! 名前だってテツとダイで”手伝い”になるなーって気付いた瞬間から二人セットでしか見れねえし、そもそも”お助け玉”といいネーミングセンスがわ——」


 ——ヒュン


 ネルの首筋を風の刃が通り抜ける。

 当たりはせずとも、ネルの血の気を引かせるには十分だった。


 いつの間にか部屋に入ってきていたフェルルはデコピンを放ったポーズで止まっている。


「……ネルくん。病み上がりであまり叫ばない方がいい。体に悪いよ」

「そうよ! それにいい名前じゃない! 覚えやすいのに可愛くて!」


「……かわいい?」


「流石ルイ。やっぱりルイは好き、わかってくれると思った。ネルくんは嫌い」

『同感です』


「おいおい、槍様まで……。勘弁してくれよ……」


 そのやりとりが面白くって、私はお腹を抱えて笑っていた。

 しかし、ネルはまだめげていないらしく、反撃を試みる。


「……というかよ。フェルルはずっと俺のこと”ネルくん”って言ってるけどさ、俺の方が年上だろ? 普通”ネルさん”じゃないのか?」

「……いや、多分私の方が年上」

「嘘だろ?! 俺どころかルイよりも小さいじゃないか!」

「……身長と年齢は必ずしも比例しない」

「じゃあ何歳か言ってみろよ。俺は十九だ」

「……やっぱり私の勝ち。私は二十二」

「マジかよ……嘘じゃないだろうな」

「こんなことで嘘なんてつかない。これからは”フェルルさん”と呼びなさい」

「なんでだよ! 年齢が上だからって偉いわけじゃないだろ!」

「……さっきと言ってることが違う」


 またしても言いくるめられるネルを見て笑う私。


「二人とも。なんだか、すっかり仲良しになったねー」

「「どこが?!」」


 ツッコミのタイミングもバッチリだし。


「でも、ネル。フェルルにはちゃんと感謝してよ? フェルルがいなかったらネルはすんなり返してもらえなかったんだから」

「……どういうことだよ」

「あ、話してなかったっけ。ネルが捕まってた部屋でね、男が二人待ち伏せしてたの。でもフェルルを見ると”貴方のような方にはかないませんなあ〜”みたいなこと言って引き渡してくれたの」

「……戦わずして勝つ。それが真の強者」


 フェルルはえへんと胸を張っているが、ネルはそれに反応せず下を見て考え込んでいる。


「二人組、それとそのねっとりした話し方……。ユータスとベルナーか」

「あ、そうそう。ツルツルのおじさんはベルナーって名乗ってた。もう一人の名前は出なかったけど」

「メガネをかけてニタニタ笑ってただろ? 間違いない、ユータスだ。あのユータスがあっさり引き下がるなんて……」

「……有名人は辛いわね」


 今度はフッと髪を揺らして遠くを見るフェルル。


「ユータスは赤竜胆のナンバー3だ。そいつから不戦勝とするとは、やっぱり大魔導士様は俺たちとは格が違うってわけか……」

「……でも、ルイはもう一人の方を一人で倒した。それも一撃で」

「なに! ベルナーをか?!」

「そうよ!」


 今度は私が誇らしくVサインをネルに向ける。


「あんたが捕まってる間に、私だって強くなったんだからね!」

「……そうみたいだな。ベルナーは組織のナンバー8。ユータスよりはるかに劣るがかなりの実力者だ。ルイもかなり腕を上げたんだな」

「うん! ……あ、もしかして私ネルよりも強くなっちゃったってこと?! だって、ネルを捕まえたやつを倒せたんだから」


 と、私が調子に乗っていると、私を一瞥した後ネルは大きなため息をつく。


「あのなあ。そんなわけないだろ。俺はユータスとベルナーに二人掛かりでやられたんだ。一対一ならあんな筋肉ダルマにゃ負けん」

「そ、そうですか……失礼しました。……ん? ”筋肉ダルマには”ってことは、メガネには勝てないの?」

「……ああ。おそらくな。俺は組織の中のナンバー5だ。いや、ナンバー5だった、が正しいか」

「ほええ。やっぱりネルも強いんだねえ……」

「けれど、ナンバー3がビビるほどだ。フェルルは俺とルイとは比べものにならないほどさ」

「……フェルル”さん”、と呼びなさい」

『私のことも、ラウ様と呼びなさい』

「さっきからいちいち入ってくるなよ!」


 とても心地が良い空間だった。


 これまでもラウとなら何処へだって行けると思ってたけど、この四人ならもっと遠くまででもいける。

 そんな気がする!



「けど、元勇者の連中はそのフェルルよりも上だろうな」


 一旦、場が落ち着いてからネルが真面目に話し出す。


「そうなの? フェルルはリーカさんと同じくらいの実力なんでしょ?」

「けど、リーカ達は伝説の武器を持ってるだろ? 伝説の武器ってのはそれくらいすごいものなんだよ。逆に言えば、ルイがベルナーに勝てたのも槍様のおかげだ。槍様がなければルイの戦闘能力は著しく落ちるだろう」

「それは……そうかもしれないけど……」


 そっか。

 私、ネルの奪還作戦で強くなった気になってたけど、ほとんどラウの力だ。

 ラウの魔法がなければ私はベルナーやカマキリはもちろん、森にいた蜂だって倒せないかもしれない……。


 シュンとする私を見かねてか、ラウが『それは違いますよ』と言う。


『私はルイ以外の人間に力を貸す気はさらさらありません。たとえ盗まれて他の者の手に渡ったとしても私はただの槍と化します。ですので、私の力はルイの力です。ここは譲れません』

「ラウ……そうよね! 私たちは二人で一つなんだから!」

『その通りです』


 私はラウの一言ですっかり元気を取り戻した。


 一人だと強い敵は倒せなくても、ラウと一緒なら倒せるなら良いじゃない。

 私たちはいつでも一緒なんだから!


 すると、光明を見つけたように、ネルの顔もパッと明るくなった。


「なあ、ラウ。一つ聞いて良いか?」

『なんでしょう?』

「お前たち武器には、幻術って効くのか?」

『効きませんね』

「フェルルは?」

「……そんな幻術は聞いたことない。と言うか武器が生きていると知ってるのはここにいる私たちだけ。武器に効く幻術を開発しようと思われることもなかったはず」

「よし。……なあラウ、もしルイが魔人に捕まって幻術にかけられるようなことになったら?」

『ネル、あなたを大地の肥やしにします』

「いや、そう言うことじゃなくって! ラウは操られたルイに力を貸すのか?」

『ああ、そう言うことですか。……貸さないでしょうね。私は最低限の機能しか持たない槍として振る舞うでしょう』

「……だったら、勝算ありか……」


 二人の話に最後までついていけず、私は首を傾げた。

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