第36話 これからもよろしくね!

「う…………ここは…………?」


「あ! ネル! 気がついた? 大丈夫?!」


「……ルイ、か」


「うん! ここはフェルルの館。よかった、目を開けてくれて……」


 盗賊団のアジトを出てウィンベルンへと帰ってきた私たちはフェルルのお屋敷にお世話になっていた。


 私はお助け玉に向かって「フェルルを呼んできて」というと、『かしこまりました』と言って灰色の球は部屋を出て行った。


「ルイ……お前が俺を……?」


「私だけじゃないよ、フェルルも手伝ってくれたの」


「フェルルって、あの……?」


 ネルは寝起きで朦朧としながら現状を確かめようとしていると、フェルルが部屋に入ってきた。


「……いかにも」


 体を起こせないラウは顔と目を動かしフェルルのことを観察してる。


「まさか、こんな小さな女の子が……?」


「でも、フェルルったら本当に強いんだよ! フェルルがいなかったらネルはここに居ないんだから!」


「……そうか……礼を言う」


「ううん。ネルくんが助かったのはルイのおかげ。ルイは貴方を助けるために死ぬ気で頑張ってた」


「ちょっと、フェルル!」


「……そうなのか?」


「そう。貴方をここに運んだ後すぐにルイも倒れた。そこから丸一日寝ていた」


「もー! 言わないでよ、フェルル!」


「……そうか、限界まで頑張ってくれたんだな……。それで、俺はどれくらい寝ていたんだ?」


「丸三日」


「そうか、それは世話になったな……っ!」


「まだ起き上がるのは無理。焦りは禁物。ゆっくり休んでいくといい」


「ああ、そうさせてもらうよ……」


 フェルルはその言葉に頷き、部屋を出て行った。


「……ルイ」


「ん? なあに?」


「お前には話さないといけないことがたくさんある」


「……うん」


「けど、すまない……もう少し……寝かせてくれ……」


「……うん、わかった。おやすみ、ネル」


「ああ、おや……す……」


 おやすみも言い切らずにネルは寝てしまった。

 よっぽど体が休みを欲してるんだろう。


 確かに話は聞きたいけど。

 ネルも話す気があるみたいだし、私はそれを待つことにした。



 ◇◇◇



 翌日。


 私とフェルルはネルに客間に集まるように言われ、私たち三人は椅子に座っている。


 テツの入れてくれたお茶がテーブルに置かれている。


 紅茶のいい匂いのする中、ネルが口を開いた。


「まず最初に……ルイ、ラウ、フェルル。助けてくれてありがとう。こんな俺のために危険なことをさせちまって申し訳ないと思っている」


「そんなこと、謝らなくてもいいよ」


 フェルルはコクコクと頷きながらお茶を飲んでいる。


「わかった、じゃあ話の本題に入る。

 ……もう知ってると思うが、俺は赤竜胆の一員だった。俺がまだガキだった時、両親を亡くして行き場がなかった頃に拾われたんだ。それ以来、いろんな仕事を手伝わされながら育ってきた。ああ、いろんな仕事っていっても今みたいな汚い仕事ばかりじゃない。先代の頭領までは、いわゆる義賊的なことをやってたからな。いろんな国の裏仕事を金で引き受けるようになったのはつい最近のことさ」


 ネルが真面目な顔をして話をするのを私は黙って聞いている。

 フェルルは二杯目のお茶を飲んでいる。


「すまん話が逸れたな。俺がルイに近づいたのは、カシラから命令されたからだ。”雷槍を持ち帰れ。手段は問わない”ってな。それでトリナにいるルイに近づいた。

 最初は適当に騙して槍を取り上げればいいって思ってたんだけどな……」


 そこでネルの言葉は一旦途切れる。


「……ネル? どうしたの?」

「っああ、すまん。取り上げればいいって思ってたんだけど、できなかったんだ。……お前が、妹にダブっちまったから」


 ネルは手で顔を覆いながら話し続ける。


「妹……?」

「明るいところ、前向きなところ、そんでちょっと抜けてるところ。全部そっくりだったんだ。だから、できなかった。

 それでも、指令は果たさないといけない。俺は悩んだ。けど、答えも出せなかった。だからアジトへ向かいながらその道中でどうすべきか考えようとしたんだ」

「じゃあ、トリナの街を出た時は……」

「ああ、アジトに向かうつもりだった」

「……」

「けど、お前と一緒にいるうちに……お前の優しさ・ひた向きさを知れば知るほど、俺の考えは変わっていった。”こいつを守ってやりたい、こいつの力になってやりたい”ってな。それが妹への償いにもなる気がして」

「償いって、どういうこと?」

「……妹は死んだんだ。俺の目の前で。俺に力がなかったから」

「そんな……」


 知らなかった。

 ネルに妹がいて、もう亡くなってるなんて。


 ネルは一瞬奥歯を噛みしめるが、「フゥー」と一息ついて話を戻した。


「だからお前をアジトに連れて行くのはやめたんだ。けど、ウィンベルンであいつらに見つかって……捕まった。自業自得さ。自分の組織の命令に逆らったんだからな。あのまま死んでも誰への文句もなかった。助けに来てくれるとも思わなかった。ルイとは短い付き合いだったし、俺を助けるメリットなんかないからな。

 それで、ルイ達に助けてもらって、今ここにいる、というわけだ」


 ネルはそこまで話すとようやく一口お茶を含んで喉を潤す。

 フェルルはすでに五杯目に突入している。


 お茶を飲み終えたネルは、カップを置き私たちを見た。


「何か聞きたいことはあるか?」


 フェルルは”二人でやってください”と言わんばかりに手のひらを私とネルに向ける。


「えっと、じゃあ私から……。ネル、怪我の方はもう大丈夫なの?」

「え、怪我? ああ、大丈夫だ。しっかり手当てをしてもらったからな。他にはないか?」

「えーじゃあねー……。眠気は? もう寝なくて大丈夫?」

「あれだけ寝かしてもらったからな。もうすっかり目が覚めた」

「お腹は?」

「空いてない」

「喉は?」

「乾いてない」

「んーと、あとはねー」

「……おい、ルイふざけてるのか?」

「えー? ふざけてないよ? ねえ、ラウ?」

『はい。ルイは質問がないか聞かれたから気になることを答えているだけです。ルイは全くふざけていません、ふざけたことを言わないでくださいネル』

「俺がしてるのはそういう話じゃなくってだな……」


 ネルは憤りと呆れを混ぜたような顔をしてやれやれと下を向く。


 ……ま、仕方がないか。

 私はネルが寝ている間に気持ちの整理はついてるし、今こうして本人から話を聞けてもう満足なんだけど。


 ネルはずっと寝てたものね。

 まだケジメっていうかケリがついていないんだ、自分に対して。


「……わかった。じゃあ一つだけ質問するね」

「……」


 ネルからの返事はなかったけど、私は続ける。


「ネルは、これからどうするつもりなの?」

「……俺は……」

「私とフェルルはね。勇者の人たちを探して元に戻す旅に行くんだ。そしたら魔王の勢力も大きく削ぐことができて、多くの人が助かる。だからまずはそうしようって話したの。

 ……ネルはどうする?」

「……俺も行く。これからも、お前と一緒に旅がしたい、お前の力になりたい。ルイ達がいいって言ってくれるなら、の話だが……」

「うん、オッケー。じゃあこれからもよろしくね、ネル!」


 私はカップに残っていたお茶を全部飲み干して椅子から立ち上がる。


「じゃあ、これで話は終わりよね? 私、街を探検してくるから!」


 そう言って私が部屋から出ようとすると、「ちょっと待てよ!」とネルに引き止められる。


「何? どうしたのよ」

「……怒ってないのか?」

「何が?」

「何がって……俺が盗賊団の一員だって隠してたことだよ」

「あーそれ? うーん……何日もうなされてるネルを見てたらどうでもよくなっちゃった」

「……は?」

「もちろん最初はムカついたけど、最後は私をかばってくれたんでしょ? それがわかったからもういいの。直接ネルの口から聞けたしね。

 ……それとも何? ネルは私に許されたくないの?」

「いや! それは違う!」

「でしょ? だったらもういいじゃない。ネルはさっき私に”俺を助けるメリットなんかない”って言ったけど、人間理屈だけじゃないんだよ。”私はネルを助けたかったから助けた”、”ネルは私を守りたかったからかばった”それでいいじゃない

 少なくとも、私はそれで納得してるの」


 私の言葉にネルは黙り込み、フェルルはパチパチと小さく拍手をしてくれた。


「まったくお前ってやつは……」


 ネルが小さくそう言ったのが確かに聞こえた。


「じゃ、ネルはもう少し安静にしてなさい! ネルが回復したら出発だからね!」




 客間を出て、そのまま屋敷を出る。


 今日の太陽は一段と輝いてるみたい。

 暖かさも輝きも昨日までと全然違う。


「ん〜〜〜」


 その太陽に向かって手を上で組み大きく伸びをする。


 伸びを終え、そのまま太陽に向かって手をかざす。


「これからもよろしくね!」

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