第34話 正面突破
カマキリの亡骸を前に立ち尽くす私。
まだ自分が倒したっていう実感が湧いてこない。
「ルイ! すごい! 本当にすごい!」
駆け寄ってくるフェルルが私を労ってくれる。
私は放心状態のままだが、フェルルは嬉しそうに私の肩をポンポンと叩く。
「私、やったの?」
「そう! ルイが一人でやった!」
「本当に?」
「本当に!」
「私に気づかれないようにカマキリを攻撃したり、してない?」
「そんなことしてない! 本当にルイがやった!」
未だに信じられない。
目の前に横たわる巨大なモンスターを、私一人で倒したなんて……。
「ラウ。私、一人で倒せたの?」
『はい。お見事でしたよ。本当に……』
「……ラウ、泣いてるの?」
『……だって。これまで何かにつけてラウ!ラウ!と助けを求めてきたルイが、一人で……』
「ラウ……」
『小さい頃は夜のトイレが恐くて一人では行けないからと私を持って行きましたし、学校入学の際に武器の持ち込みはできないことを知って駄々をこねたり、寝付けない夜には子守唄を歌わされたりもしました。今の旅の間だって何度も私に助けを求めてきました。
そんなルイが、私に話しかけることもなく、一人で初めての敵に立ち向かう姿を見るだけで感極まってしまいました……。そして、その上勝ってしまうんですから……』
「ははは、そんなこともあったっけ」
『やっぱりルイはすごいです。胸を張ってください』
「うん。ありがとう」
少し目に溜まった涙を誰にもバレないようにぬぐいとる。
「けど、まだまだ知らないことはたくさんあるし、これからも色々教えてよね。ラウ?」
『はい、もちろんです』
「これからもよろしく!」
『こちらこそ!』
握手の代わりにラウを少し強く握った。
「……それで、この後どうする? 一旦ルイの手当てをする?」
私の体を見てフェルルが心配してくれる。
「ううん! 私なら大丈夫! それよりも早くネルを助けに行こう!」
派手に何度か吹っ飛ばされたけど、
それに、今小休止を挟んだら、一気に気が緩みそうな気もしたし。
「……わかった。ルイかそう言うなら行こう」
「うん!」
アジトまではここから走って十分ほど。
フェルル先導の元、赤竜胆のアジトへ向かう。
「……そういえばさ」
走りながらフェルルが顔だけこちらに向けて話しかけてきた。
「うん? なに?」
「さっきの戦闘中にルイが投げた箱、あれ何?」
そういえばそんなこともあったっけ?
無我夢中であまり気にしてなかったや。
「え? あっ、箱? なんだろう。最初に手に触ったものを投げただけで、何を投げたかは……」
走ったまま手をポーチに突っ込み、形状を頼りに無くなっているものを絞り込む。
水筒はあるし、携帯食料もある。
これは丸薬入れで、救急セットもある。無くさないように奥に入れてる心伝石もある……あ!。
もしかして……。
「やっぱり……」
「なに? 何を投げたかわかった?」
「……裁縫セットが入った箱だ」
「裁縫セット?」
「うん。私裁縫が得意でね。出先でボタンが外れたり、裾がほつれたりした時に直すのに使ってたの……。
あーあ、あれがなかったら服の破れたところとか直せないじゃない! カマキリに吹っ飛ばされていろんなとこに穴が空いちゃったのに!」
『次の街で新しい服を買いましょう』
「と言うか、ネルに買ってもらおう!」
『はい、そうしましょう』
私たちはアジトに向けて進み続ける。
……さようなら裁縫セット、今までありがとう。
◇◇◇
「そろそろだからスピードを落とす。ゆっくり付いてきて」
フェルルは徐々にスピードを落とし、腰を屈めて草に身を隠しながらゆっくりと進む。
「……見えた。あれがアジト」
フェルルが指差す方向には大きな古城が見えた。
ところどころ崩れた城壁とは似つかわしくない、綻びのない赤色の旗が立てられている。
「……大昔に城主を失った城跡に住み着いてアジトにしてるらしい」
「本当に堂々としてるんだ……」
「うん、だけど警備は厳重みたい」
古城の周りには、複数の物見櫓が設置されており、その上には複数の見張りが配置されているようだった。
そして古城の周りは砂地となっていて身を隠せそうなものは何一つなかった。
「あれじゃあ、敵にバレないで城までたどり着くのは無理。かといって全員ステルスキルを狙おうにも、一つの櫓を制圧してるうちに他の見張りにバレちゃうのがオチ」
「……つまり?」
「私たちだけの戦力では隠密行動は無理」
「……と、言うことは?」
「むしろ派手に暴れて引っ掻き回す。相手が体勢を整える前に一気に奥まで進行する」
「それって、正面突破ってこと……?」
フェルルは黙って頷いた。
「……そもそも私は作戦担当なんて柄じゃない。大丈夫! 今のルイならできる!」
「……ま、わかりやすくていっか! 一刻も早くネルを助けだしたいし、一石二鳥!」
「そういうこと」
私とフェルルは立ち上がって、古城の方を向く。
「……正面突破と言っても、好き勝手やっていいわけじゃない。単独行動は控えて、私についてきて」
「うん、わかった」
「それじゃ、行こう!」
フェルルが駆け出し、私はその後ろにぴったりついていく。
「おい! あれなんだ?」
見張りの一人がこちらに気づいたようだが、もう遅い!
「私は右でルイは左!」
「わかった!」
見張り台の横を抜けながら足場を知り崩し、櫓を壊して行く。
「その調子」
進路付近の見張り台を全て倒しながら、城の入り口まで一気に走り抜けてきた。
「なんだお前ら! ……ぐあ!」
「何者だ?! ……ギャッ」
入り口にも見張りがいたが、足を止めることなく無力化する。
場内に入ったが、やはりまだ増援は来ていなかった。
「ルイ、ネルくんの居場所を」
「わかってる……いた! ここから二時の方向!」
よかった……。
ネルが生きていることはわかったので一安心する。
「行こう!」
けれど、無事でないのは確か。
再びフェルルを先頭に走り出す。
すぐに城内に非常事態を知らせるサイレンが鳴り響くも、私たちの居場所は掴んでいないようで、たまに遭遇する敵は私たちに驚いている間に次々と無力化できた。
だんだんとネルの気配に近づく。
……ネル、もう少しだよ。
「フェルル! 次の部屋を左に抜けたところにネルが!」
——バン!
勢いよくドアを開き、ネルの気配が感じられる部屋に入る。
「ネル!」
ネルは部屋の中央で、両腕両足に手錠をはめられ空中で大の字を描いていた。
ネルの右脇腹からは大量の血が流れている!
「ネル! 今助けるから!」
私がネルに駆け寄ろうとすると、フェルルに「ルイ危ない」と手を引っ張られる。
すると、明かりの届かない部屋の奥から男の声が聞こえてくる。
「おやおや、惜しいなあ。そっちのお嬢さんは勘がいいなあ」
「チッ。さっさと引っかかれば楽に死ねたものを」
これまでの敵とは明らかに違う、強者のオーラを纏った男二人が闇から姿を表した。
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