第31話 近道の森へ

 先ほどの男はテツが本当の治安維持部隊に引き渡してくれることになり、私とフェルルはウィンベルンを出た街道に来ていた。


 一刻も早くネルを救いたい。

 赤竜胆のアジトに向かうため、フェルルに案内をお願いした。


「それで、アジトまではどれくらいで着くの?」


「うーん、フルに走って三時間、かな? ルイ、走れる?」


「三時間……あまり自信ないかも」


 ここまでの冒険で、遠距離魔法を使っての戦闘には慣れたけど、運動が伴う行動についてはからっきしだ。


 さっきも男が襲いかかってきたとき、足が動かなかったし……。


「……別に生身でついて来いとは言わない。強化魔法は使えないの?」


「……強化魔法??」

『自身の身体能力を向上させるための魔法です。もちろんルイも使えますよ』

「へえ! そうなんだ、それは初めて使うね!」

『はい、”雷装ボルトコート”と唱えてください』

「うん……雷装ボルトコート!」


 すると、私の体がバチバチと鳴る電気のオーラのようなものに包まれた。


「わわ! これ、私はしびれないの?!」

『大丈夫です。この魔法は身体強化の他に、雷耐性の付与と物理攻撃に雷属性を付与します。それと探雷針サーチライトの効果も受けられます』

「そんなに?! それってすごくない?」

『ええ。控えめに言って、最強の強化魔法の一つです』

「今までどうして教えてくれなかったのよ!」

『……何事も、順番と言うものがあるのですよ』

「そんなあ」


 けど、確かに体が軽くなった気はする。

 これならきっとアジトまで走れる!


 ラウとの話がひと段落したので、ほったらかしにしてしまっていたフェルルに「ごめん、お待たせ」と言うと、フェルルはこちらを呆然と見ていた。


「えっと、フェルル? どうしたの?」


「……今のが武器の声?」


 あ、そうか。


 意識を失った男が他に何か手がかりになるものを持ってないか調べるため、一通り持ち物をチェックしたらネルから奪ったであろう心伝石が見つかった。

 連携に役立つからと、それをフェルルに預けてたんだった。


「すごい! 武器の声、初めて聞いた!」


 フェルルは興奮気味にこちらに近づいてくる。


「あの……あなたのお名前は?」


『ラウニアです。ルイからはラウと呼ばれています』


「ほ、本当に話せる!!」


 フェルルは嬉しさのあまりか、恍惚とした表情になっている。


「……あの、フェルル? 悪いんだけど、今はアジトに向かいたくって……」


「……ごめん。アジトはこっち。行こう」


「うん」


 表情にほんのり赤さを残したまま、フェルルは走り出したのでついていく。


 ……早い!

 フェルルの走るスピードは相当早く、いつもの私なら「ついていけないよ!」って弱音を上げるところだけど。


「あれ! 私、ついていけてる! すごい! 本当に足が速くなってる!」


 これまでじゃ考えられないスピード。

 周りの景色があっという間に変わるくらいの走りで、自分の体で風を切る感触が気持ちいい!


「……さすが伝説の武器。これなら二時間もかからないかも」


「うん! まだスピード上げられるよ!」


「……ペースを上げるのはもう少し後にする。ルイがもこの調子でついてこられたら」


「あの森?」


 私の疑問に答えることなく、フェルルは街道を外れて走り出した。

 草をかき分け道無き道を進んでいくと、正面に鬱蒼と茂る森が現れる。


「あの森って、この森?!」


「そう、ここを抜けるのが近道」


 遠くに見えた森もあっという間にすぐ目の前に迫ってくるので、自分の走るスピードに改めて驚く。


 魔法って本当にすごいなあ。


 でも、調子に乗らないようにしなきゃ。

 まだまだ戦闘経験でいったら素人同然なんだから。


 気を引き締めていると、大木の間を通り森の中へと入った。


 と、同時にけたたましい鳴き声が森中に鳴り響く。


 ——ゲキャキャキャキャキャキャキャ!!


「な、なに?! この声!」


警猿けいさるの声。森の番人、侵入者を見つけると大声で森の魔物たちに侵入を知らせるの」


「侵入者って、私たちは襲いに来たわけじゃないのに」


「そんな事情は魔物には通じない」


「そんな……」


「早速くる。ルイ、構えて!」


 フェルルの言葉を聞き周りの気配に集中すると、前方から三体の攻撃的な気配が接近してきていた。


「私は右二体をやるから、残りお願い」


「う、うん!」


 木の葉から飛び出てきたのは、大型の蜂だ!


 フェルルは小さな竜巻を浴びせてあっという間に二匹を倒す。

 残った一匹は私がやらないと!


 けれど、これまで走りながら電撃ショックボルトを打ったことがないし、ましてやこんなスピードで走るのも初めて。


 ……狙いが定まらない!


 すると、焦る私にラウがアドバイスをくれる。


『自分も相手も動きながらの戦闘だと、魔法を当てるにはコツがいります。まずは近接攻撃から慣れるべきです』


 もうすぐそこに蜂が来てる。

 あれこれ質問してる暇はない!


『わかった!』


 蜂も私もお互いに向かって進んでおり、あっという間に距離は詰まる。


 けど、私は槍で向こうは針。

 リーチの差は歴然で、私の方が先に敵をリーチ内に迎える。


 ——今だ!


 私が思い切り槍を薙ぐと、すごい速さで槍は蜂の体を真っ二つにした。


『ラウ、今のって……?』

『この強化魔法が強化するのは脚だけではありません。腕力、動体視力、耐久力も強化されます』

『なるほど、それでいつもよりラウを軽く感じるのね』

『……私、そんなに重かったですか?』

『え?』

『いいんです! どうせ私なんか無駄に歳をとったおデブ槍ですよ!』

『ちょっと、そんなこと一言も言ってないじゃない』

『女性に重くなっただの軽くなっただの言うのは失礼ですよ! 以降気を付けてください、ルイ!』

『あ、はい……。すみません』


 本当にそんなつもりなかったのに。

 よくわからない注意を受け首を傾げていると、少し前を走るフェルルから心伝石で連絡がくる。


『ルイ。そろそろ足元にも注意して』

『足元? モンスターが潜ってたりするの?』

『違う、あちこちぬかるんでるの。足を取られてる間にモンスターにやられるなんて、この森ではザラ』


 確かに、次第に土は湿り気を帯び、所々小さな沼のようなものが現れてきた。


『それを避けつつ、向かってくるモンスターに対処して』

『ええ! そんな難しいこと私には——』

『それができないなら、ペースは上げられない。アジトにたどり着くのが遅くなってネルを助け出すのも遅くなる。それでもいいの?』

『それは……』

『大丈夫、ルイならやれる』

『……うん! わかった、やってみる!』


 私の答えに満足したのか心伝石からの声は途絶え、前方を走るフェルルは前を向きながらも私に向けて突き立てた親指をこちらに見せた。


 よっし……。

 やってやろうじゃないの!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る