第30話 罠

『ぐぅ……おい、聞ごえるか……? はぁ、はぁ……』


『?! ネル?! 無事だったの? 大丈夫? 酷い声だけど……』


『ああ……なんどかな……』


 よかった!

 なんとか無事みたい。


『今どこにいるの?!』


『はぁ、はぁ……今、無流街から東の廃墟に隠れてる。悪いが迎えに来てくれないか……?』


『わかった! すぐに行くから待ってて!』


『……すまない。近くに井戸があるところだ、頼む』


『うん!』


 心伝石からの声は聞こえなくなった。


「フェルル!」


「な、なに? 急に大きな声を出して、どうしたの?」


「今、心伝石でネルから連絡がきたの! 今、むるがい?ってところの東の廃墟にいるって。近くに井戸があるらしいんだけど、どこかわかる?」


「……わかる。無流街は魔力がない人の集落、つまりここのこと。古い大井戸ならここから二十分くらいのところにある」


「すぐに案内して!」


 ネル、ひどい怪我をしてた。

 早く助けに行かないと!


 焦りから勢いよく立ち上がと、私を諌めるようにラウが話しかけてくる。


『ルイ、落ち着いてください』

「落ち着いてられないよ! 早くネルを助けに行かないと……!」

『今の通信ですが、ネル少年の声ではありませんでした。おそらく罠です』

「……え?」

『ガラガラの声はルイを騙すための演技でしょう。ですが、ネル少年とは声の波長が違いました』

「波長……。そんなものがわかるんだ」

『年の功というやつです。とにかく、おそらく指定された場所に行っても少年はいないでしょう』


 ラウの言うことは何より信じられる。

 きっと本当なんだろう。


 私一人だったら騙されてた……。


「……ルイ、また独り言。井戸のところに迎えに行かなくていいの?」


 立ち上がったきり、動かなくなったのをフェルルに心配される。


「うん。それなんだけど、どうやら罠みたいで、行かないほうがいいって、ラウが……」


「……罠とわかっているならやりようはある」


「え?」


「ルイ、私に考えがある」




 ◇◇◇




「見えた。あの井戸ね」


 フェルルの屋敷から二十分ほど歩いて、一人ひらけた場所に出てきた。

 あたりは崩れた建物だらけで、瓦礫やら木片が足元を埋め尽くしている。


「ネルー! 来たわよ、どこにいるのー?」


「ネルのやろーならここには来ねーよ」


 後ろから声をかけられる。

 その声は、ネルのものではなかった。


 ……やっぱり。


 声のする方を見ると、そこには赤色のバンダナを右腕に巻いた細身の男が立っていた。


「あなた、誰? ネルはどこ?!」


「あいつはもうここにはいねーよ」


「どこに連れて行ったの?!」


「ああ、もー。ピーチクうるせー女だな。ここで死ぬお前と話す時間もめんどくせー」


 目の前の男が右手を地面に向かって振り下ろすと、袖に仕込んでいた黒色の短剣が出てきた。


 やる気みたいね。

 フェルル頼むよ……。


「さっさとくだばってその槍よこせや!」


 男がそう言い放ち、こちらに向かって走り出した時、大きな瓦礫の影から人影が飛び出してくる。


『お前ら! こんなところで何をやってる!』


 この国の治安維持部隊の変装をしたテツだ。

 しかし、男にとっては変装とわかるはずもなく。


「あ? なんでこんな外れに治安維持部門こんなやつがいるんだ?」


 一瞬、男の気を引くには十分だった。


 男はテツに目を奪われてる隙に、両手両足を小さな竜巻に包まれる。


「なんだっ?! ぐあああああ!!」


 小さな竜巻は男の四肢をズタズタに切り裂いて消え、男は受け身を取ることもできずにドシャっとその場に崩れ落ちた。


「イッテええええ! なんだ! どこから?!」


 手足は動かせないのか、もがくこともなく叫び続けている。


「す、すごい……」

『ええ。あれだけの距離からピンポイントに魔法を発生させるテクニック。そして威力。大魔法使いと言われることはありますね』

「うん! 作戦通り!」


 遠くの建物の上にいるフェルルに向かって親指を立てると、フェルルも返してくれた。


「さて、と」


 地面に突っ伏す男に近づいていく。


「くっそー! まさかこの俺が逆に罠にはめられるとは……!」


「さっき心伝石で私に話しかけてきたのはあなた?」


「ああそうだよ! うまく行ったと思ったのな、畜生!」


 痛みで逆上しているのか、すんなり答えが返ってきた。


「じゃあ、あなたがベルナー?」


「はあ? ちげーよ、バーカ! ベルナーの旦那ならネルのやろーを連れてとっくにアジトに帰ってるだろーぜ!」


「アジトって、なんの?」


「それはー……っ」


 そこでようやく自分が喋りすぎたと気づいたのか、男は口を閉ざす。


 私が「答えなさい!」と言うも男が口を開かないのを見て、戻ってきたフェルルが魔法を唱える。


「”押風ウィンドプレス”」


「ガハッ! ……」


 男に向かってズンと突風が吹き、男の体を二十センチほど地面にめり込ませて男の動きを止めた。


「ちょっとフェルル! まだ話を聞いてたのに!」


「……あそこまで聞けば十分」


「でもどこにネルを連れて行ったか聞かないと!」


 するとフェルルは男の腕を指差す。


「このバンダナ、見覚えがある」


「赤いバンダナ?」


「そう。”赤竜胆”。この辺じゃ有名な盗賊団のシンボル」

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