第29話 八方塞がり
「ご馳走さまでした」
魔導人形のテツに淹れてもらったお茶を飲み干して、カップをテーブルに置く。
同じくお茶を飲み切ったフェルルもカップを置く。
「……それで、これからどうするの?」
「うーん、それなんだけど……」
これまで、どこに行くかはネルがすべて決めていた。
悔しいことに、そのネルがいなくなった今、どう動いたらいいか私にはわからない。
「……決まってないの?」
「う。えっとね……」
『これから一緒に旅をする相手に対して誤魔化してもいいことはありません。これまでのことを説明すべきだと思います』
『そ、そうだよね』
私はこれまでの経緯を話した。
私が勇者一行に選ばれたことから始まり、トリナの街でネルに助けられて以来行動をともにしていること、道中の砦の事件でリーカさんに会ったこと、そしてこの国に来たこと。
「と、いうわけで私はあまり外の世界に詳しくなくって、これまでどこに行くかは全部ネルに考えてもらってたんだよね」
ここまで黙って聞いていたフェルルがようやく口を開く。
「……それで、そのネルって子は今どこにいるの?」
「それが、”必ず戻る”って言ったきり連絡が途絶えてるの……」
「……ふうん」
……とんでもない奴についていくって言っちゃった、とか思われてないかな。
一通り現状を共有したところで不安になる。
というか、そもそも私のこと詳しく聞く前に、一緒に来るって言うフェルルもなかなかの大物ね。
そんな感心を抱いていると、玄関側のドアがゆっくりと開かれる。
『フェルル、少しよろしいでしょうか?』
入ってきたのはテツだった。
「ああ、おかえり。いいよ、どうしたの?」
フェルルがそう答えると、テツは白目を向きぐったりとしている男性を部屋の中に引きずり込んだ。
「ひっ! また白目!!」
『町外れの裏道で”ダイ”を見つけたのですが、ご覧の通り機能停止状態でして』
「ああ、わかった。直すからこっちに運んで」
そう言われたテツは動かないダイをローテーブルの横まで運び、フェルルはその横に座り込む。
「……体の背面、広範囲に打撲痕みたいなのがある。それと全身の切り傷。どうして……?」
『私が発見した時は既にその状態でした』
私にはどんな傷があるかよくわからないけど、ダイの服が土で汚れていることはわかった。
「……直す前に何が会ったか確認しよう」
フェルルはダイの頭をスポンと引っこ抜き、隣の部屋まで持っていった。
「ひっ! 首が……」
『我々は魔導人形です。また元に戻りますので、ご心配なく』
「あ、そうですか……」
首から上がなくなったまま、ぐったりとするダイ。
人形って言われてもなあ……。
見た目は人間そのものじゃない……。
これまでの人生で、魔導人形なんて見たことがなくて耐性のない私には衝撃的な光景であることには変わりない。
気持ちを落ち着かせようとティーカップを手に取るも、中が何もないのでそのままソーサラーの上に戻す。
その様子を見たテツが、『おかわりをお持ちしますね』と言って離れていった。
「あ、ありがとう」
けど……ひとりにしないで欲しい……。
私はそれからダイの方に目をやることなく、フェルルの帰りを待った。
「……お待たせ」
五分もしないでフェルルは戻ってきた。
手のひらサイズの綺麗な石を一つ持って。
「フェルル、それは?」
「……これは、”
「へぇ〜初めて見た」
「これはダイの頭部についてたもの。今からダイがこうなった原因を見せてもらう」
フェルルは一緒に持ってきていた小さな三脚の上に映像石を固定し、壁に向くようにしてローテーブルに置く。その間にテツは部屋の明かりを消した。
……一体何が始まるんだろう。
フェルルが置いた映像石の前の椅子に座り手をかざすと、真っ白な壁に向かって映像石から光が飛び出した。
「す、すごーい……」
「軍やギルドでの訓練用の教材とか、お店での商品説明とか。何度も繰り返し使える映像を記録・再生するために作られた」
石から出る光は段々色付いていき、真っ白な光から空間を切り取ったような鮮明な映像に変わった。
「え! どうなってるの?! 壁が街並みになった! すごい!」
「……これはダイ視点の記憶映像」
これまた初めての体験に、語彙力も低下する。
興奮する私を他所に、フェルルは映し出された映像に目を凝らしていた。
壁に映し出された街並みは、次第に人通りの少ない細い道に変わっていった。
「……ここは、中心街から
『はい。私がダイを見つけたところです』
「じゃあ、もうそろそろダイは動かなくなる」
『おそらく』
ダイが裏道を進んでいくと、正面に脇腹を抱えて壁にもたれかかる人影が見えた。
『どうしました? 大丈夫ですか?』
映像の中のダイが負傷した人に近づき声を掛けると、話しかけられた人は驚いたようにこちらを向いた。
『ハァ、ハァ、おい! ここは危ない、早く離れろ!』
『でもあなた、ひどい怪我をしてるじゃないですか。すぐに手当てを』
『いいから! 向こうに行けって言ってんだ!』
ダイが見つけた怪我人は、私のよく知る少年だった。
「ネル!」
「……へえ、これがネルくん」
ひどい怪我をしてる!
左手で抑える右の脇腹は血で赤く滲んでいるようだった。
やっぱり、何かに巻き込まれたんだ!
そんな私の動揺は石にとっては関係がなく、映像はそのまま進んでいく。
『ったく、分かんねえやつだな! 俺のことはほっといて早く離れろ!』
『いえ、私は人のためになるように生み出されました。動けない怪我人をほっといたら主人に怒られます』
『そんなこと知るか! ……って、やばい、ベルナーの野郎もうここに気がつきやがったか……!』
『さあ、肩を貸しましょう。ここからすぐの屋敷まで来てください』
『おい! ベルナーよせ! 一般人を巻き込むな!! って、聞く耳を持つ奴じゃねえか……お前! 危ない!! 逃げろ!!!』
『はい?』
——ドゴォォォォン!!
何か大きなものがぶつかったのか、衝撃音とともに突如ダイ視点の映像が激しくブレた。
ほんの数秒後、映像は空を映すようになり、映像石からの光が消えた。
「……ここでダイは機能停止したみたい」
『はい、私が発見した時ダイは仰向けに倒れていました。それと、周りには誰もいませんでした』
テツが部屋の明かりを付けながら情報を付け加える。
「……ダイは怪我をしたネルくんを手当しようとして、ネルくんに向けられた誰かからの攻撃を背中に受けたみたい」
『ええ、状況からしてネルさんは誰かに追われているようでしたが』
「……ルイ、何か追われるような心当たりは?」
さっきの映像の怪我をしたネルが頭から離れない……。
けど、今は状況を整理しなきゃ。
「私が追われるのはわかるけど、ネルが追われる理由はわからない」
「……そう」
「私がわかるのは、ネルがやられるなんて相手が相当な手練れってことくらい」
「……相手のことをネルくんは”ベルナー”って呼んでたし、知ってる人だと思う」
確かに、映像の中でネルは相手のことをそう呼んでいたけど、そんな名前は初めて聞いた。
「ごめん、私は聞いたことない」
「……そっか」
あの怪我、ネルの身に何かあったのは確かだ。
早くネルを助けにいきたい!
けれど、情報が足りない。
どこへ行ったの? ネル……。
すると、八方塞がりで頭を抱える私に心伝石より声が届いた。
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