第27話 無流街の養護施設

 フェルルの家はレンガ造りで、これまでの貧しそうな建物とはまるで違った。

 それに、周りを見渡すと、ここら一帯はレンガ造りの建物もちらほら見受けられる。


「……どうぞ。入って」


 フェルルが大きな扉を開いて私に手招きをする。


 では、お言葉に甘えて……。


「お邪魔しまーす……」


 建物の中も綺麗に掃除されており、家具や照明も綺麗だった。

 ここがさっきまでの寂れた通りにあるだなんて忘れそうなくらい。


 私が部屋の内装を見渡していると、建物の奥からドタドタと大量の足音が響く。


「……な、なんの音?」


 ——バン!


 部屋の奥の扉が開き、そこから大勢の子供たちが押し寄せてきた。


「ふぇるるだー!」

「おかえりー!」

「ふぇううー!」

「今日は早かったね!」

「おかえりなさい!」


 上は十歳くらいで、小さい子は三歳くらいかな。

 十五人ほどの子供たちにあっという間にフェルルは囲まれた。


「……ただいま。みんな、いい子にしてた?」


 子供たちを見るフェルルの目は優しさで溢れてる。


「うん! してた!」

「けどね、”テツ”がまた動かなくなっちゃったの!」


「……わかった、後で見ておく。ところで”ダイ”はどうしたの?」


「わからなーい」

「買い物にいった後帰ってこないの」

「それよりふぇるるー! 遊ぼー!」


「ごめんね、みんな。今日はお客さんが来てるの。また後で遊ぼうね」


「えー!」「やだー!」と嫌がる小さい子を、比較的年齢の高い子たちが「お姉ちゃんを困らせたらダメでしょ」と奥の部屋へ連れて行った。


「……騒がしくてごめん。ルイはこっちに来て」


「う、うん」


 フェルルは子供たちが入って行ったドアとは別のドアへ私を案内してくれる。


 ここは……客間かな?

 装飾の施された椅子に、綺麗なテーブルクロスの敷かれたローテーブルがある部屋だ。


「ちょっとここに座って待ってて」


「あ、うん」


「すぐ戻るから」


 フェルルは私を置いて入ってきたドアから出て行き、私は椅子に腰掛ける。

 フカフカの背もたれが着いた椅子で、高級さを感じる。


「ねえ、ラウ。この部屋……と言うか館は全然貧しくなさそうね」

『はい。家具揃えは見事なものばかりで、隅々まで掃除が行き届いています。そもそも、魔法を使える者が、魔力を使えない者の集落に住んでいることが不思議です』

「……フェルルは魔法を使えるってなんでわかるの?」


「それは……魔導具を作るには魔力が必須だから。これは常識」


 ラウと話をしていると私の通ってきたドアの方からフェルルの声が聞こえる。


「おかえりなさ……いッ?!」


 ドアの方を見ると、ドアから覗いていたのはフェルルではなく白目をむいた若い男性だった。


「きゃああああ! 誰えええええ?!」


「落ち着いてルイ。これは人形、人じゃない」


 白目男の後ろからフェルルがひょっこり顔を出す。


「なんだ、人形か。驚かさないでよ……って、なにその人形?! なんでそんな怖い顔してるのよ?!」


「……この子は”テツ”。私の作った魔導人形」


「魔導人形?」


 ルイはテツと呼んだ人形を床に座らせて、自分もその横に膝をついて座った。

 腹部のパーツを外し、そのまま話しながらメンテナンスを始める。


「……そう。人の形をしたお助け玉だと思ってくれればいい。人間ができることはたいてできる優れもの」


「へえ。そんなすごいものも作れるなんて、フェルルはやっぱりすごいんだね!」


「……それほどでも……あるかも。このレベルを作れるのは世界で私だけ。……多分」


 フェルルは得意げに「ふふん」と胸を張理、ラウも『こんな高度な魔導具は初めて見ました』と言っている。


「うん! きっとそうね! ……でも、今は壊れちゃってるの?」


「……高性能なお助けロボでも、子供たちの無茶なお願いの前では無力」


「なるほどね」


 私は苦笑いを浮かべると同時に、新たな疑問が湧く。


「そういえば、さっきの子供たちは?」


「……あの子たちは、魔力がなくて捨てられた子供達。私が引き取ってここで暮らしてる」


「じゃあ、ここは養護施設なんだ……」


「そう、私がつくった」


 テツの調整が終わったのか、フェルルは立ち上がりテツに手をかざし魔力を流し入れる。

 すると、テツは立ち上がり、フェルルに向かって頭を下げた。


『おかえりなさい、フェルル。何か手伝えることはありますか?』


「お客さんが来てるの、お茶を淹れて」


『はい、ただいま』


 テツは流暢に話し、滑らかに歩いて部屋の奥へ向かった。


「よかった。目はちゃんと黒目もあるのね」


「……当たり前。変わり者の私でも常時白目の人形はいや」


「だって、急に白目で部屋を覗かれたんだもん! 本当に怖かったのよ?!」


「ごめんごめん」


 口では謝りつつも、フェルルは微かに笑っていた。


 こうしてみると、私と歳もさほど違わない少女なんだけどな。


 あんなすごい魔導具をつくれて、こんな大きな養護施設を建てるなんて。

 もしかしてフェルル、只者じゃないのでは?



 その予感はちょうどいいタイミングでネルが確信に変えてくれた。



『ルイ、聞こえるか? フェルルについていい情報が入った。フェルルは今”無流街むるがい”ってところで引き取り先のない子供達と暮らしてるらしい。そこに向かってくれ』


『えっと……今、その養護施設でお茶をいただいてます……』


『………………………………はあ??!!』


 いや、そう言われても文句言えないです。


 ネル、ごめんね……。

 まさかこんな少女が大魔法使いだなんて思わないんだもん……。


『どういうことかはわからないが、それならいい。なんとか一緒についてきてくれるよう説得してくれ。俺は……訳あってそこへ行けない』


 あれ、怒られると思ったのに、まさか流されちゃった。

 それどころか何? ここには来れない、って?


 なんだか、いつものネルと違う。


『え? どうしたの急に』


『悪いが今は説明してる暇がない』


『……何かあったの? ちゃんと説明して!』


『……すまん。けど、必ず戻る! 俺が戻るまでなんとか無事でいてくれ!』


『ちょっと! ネルどうしたの?! ネル?! ネル!!』


 その後、ネルから返事は来なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る