第26話 お助け玉

 門からまっすぐ街の奥に進むと、門の付近よりもかなり賑わっていた。


 人の数はもちろん、見たことのない乗り物や設備が点在している。


「ねえラウ! これ何かな?」

『さあ……。魔力を感じますので魔導具の類だとは思いますが、用途については検討もつきません』


 私が駆け寄ったものは、胸ほどの高さで宙に静止する丸い物体だ。

 グレーがかったその球体の感触を確かめようと指先でトン触れると、球体は突如私の前の高さに浮き上がる。


『ご利用ありがとうございます。ご用件はなんでしょうか?』


「わ! 喋った! どうして?!」

『ルイ、離れなさい! 危険です!』


 ラウに言われて数歩後ずさりをするも、灰色の球体はぴったり私についてくる!


『ご用件はなんでしょうか?』


「つつつ、ついてくる! どうしよう!」


 再び数歩後ろに歩くも、灰色の球はついてくる。

 けれど、それ以上のこともない。


「……もしかして、危ないものじゃないのかも?」

『ですね……』


「……当たり前。街の真ん中に危ないものが置いてあるわけないでしょ」


 ようやく、灰色の球への警戒を解いたとき、後ろから誰かに話しかけられる。

 ……けど、声が小さくて聞き取れない。


 声のする方を振り返ると、私と同じ年頃の女の子が立っていた。


 ……多分、さっき話しかけてくれたの、この子よね?


「あの、ごめんなさい。よく聞こえなくて、なんですか?」と私が聞き返すも、少女は「はあ」と一息ついただけでもう一度は言ってくれなかった。


 なんて言ったんだろう、気になる……。


 お互いの顔を黙って見ていると、少女が灰色の球体を指差す。


 私は少女に指された球体を見ると、未だに『ご用件はなんでしょうか?』と質問を繰り返していた。


「あの、これが何か?」


「……聞かれてるでしょ、さっきから」


「う、うん。けど、何に使うものなのかわからなくて……」


「……なんでもいいから、命令してみて」


「え? じゃあ、えっと……」


 急に言われてもな……。

 今、命令したいことか。


「三回回ってワンって言え!」


 すると灰色の球体はその場で三回くるくると回った後無機質に『ワン』と言った。


「すごい! ちゃんと回った!」


「……ぷっ」


 後ろから変な音が聞こえたので振り返ると、少女は腰を折に口元を抑えて笑いを堪えていた。


「何その命令……。普通、”誰かに伝話したい”とか”病院まで案内して”とか、そういうのじゃないの……。あーお腹痛い」


「えっ……」


 顔が熱くなる。


 ”ご用件”ってそういうことなのか。

 命令って言われて、思わず犬にするようなことを言っちゃった。


 ……これもネルのせいね。

 うん、きっとそう。


 先ほどの発言を後悔する私を嘲笑うように、少女は「くく」と笑い続けている。


「”お助け玉”にそんなこと頼む人初めて見た……」


「お助け玉……これのこと?」


 私が宙に浮かぶ灰色の球を指差すと少女は首を縦に振る。



「……うん。人の暮らしのサポートをする自律式魔導具。道案内や伝話から戦闘のサポートまで。なんでもこなせる優れもの。私が作ったの」


「えっ?! あなたが?」


「うん。すごいでしょ?」


「うんうん!」


 私が掛け値無しに即答したのが嬉しかったのか、少女は満足そうに口元を緩ませる。


「……家に帰れば他にもたくさんある。見る?」


「うん! 見たい!」


「……じゃあ、こっち。私の家は国の端っこ」


 少女は先導するべく私の前を歩き始めた。


 声は小さいし、大人しそうな子だけど、なんだか仲良くなれそう。


「そう言えば、名前聞いてなかったわね。私はルイ。あなたは?」


「……フェルル」


「そっか。よろしくね、フェルル」


 フェルルは黙って頷いてくれた。


 フェルルの家、他にも色々見たこともない魔導具があるんだろうな!

 楽しみだな!



 ……ってあれ?

 ”フェルル”って、私たちが探してる人の名前じゃなかった?


 前を歩くフェルルを凝視する。


 ……でも、リーカさんと同等に強い魔法使いが、こんな若い女の子なわけないか。

 大きな国みたいだし、同名の人がいてもおかしくはないわよね。

 人違い人違いっと。


 私はフェルルの後をついていった。



 ◇◇◇



 しばらく歩くと、先ほどのカラフルな街並みではなく、土の壁やトタンで作られた寂れた通りに変わっていった。


 不安になり「本当にこっちであってるの?」と聞くも、前を歩くフェルルは「うん」と即答する。


「……表の街は魔力ありきになっててとても便利。けどそれは”魔力を持っている人にとっては”の話」


「じゃあ、ここは……」


「そう。魔力を持たない人が暮らすところ。

 この国の王政は魔力ありき。魔力がある人を中心に、魔力を必要とする設備や道具を作って国を発展させた。

 その方針は急激な進化をもたらすと同時に、差別をも生み出した」


「これが、その差別ってこと?」


「そう。魔力を持たない人間に回す金はないらしい。”魔力を持たない人間は、何にも使えないから無価値”、それがこの国の当たり前」


「そんな、ひどい……」


 私がそう言うと、話すときも前を向いていたフェルルがバッとこちらを見る。


「そう! ひどい! 魔力を持たない人が何もできないのは、この国がそういう風に発展してきたからってだけ。魔力がない人間だって、無価値なわけない!」


 これまで物静かだった、フェルルの言葉に初めて熱を感じる。


「私も、そう思うよ」


 フェルルは私の言葉に少し頷いた。


『この少女、ルイと似ていますね』

「ええ? そうかなあ。私こんなにおとなしくないと思うけど」

『はい、性格というより、考え方がです』

「それは……そうかも」


 ラウの言う通りかもしれない。


 フェルルの言ってることはよくわかる。

 魔力がないってだけで差別されるなんて、ひどすぎる。


 この子と私は似た者通しなのかな。


 フェルルを見ると、先ほどの憤った表情ではなく、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。


「……ルイ。お助け玉の時もそうだったけど、誰と話してるの?」


「あ」


 しまった、心の中じゃなくて口に出しちゃってたか……。


 初めての国でテンションが上がってたからかな。

 全然気にしてなかった。


 うーん、どう説明しようか。

 でもやっぱり、嘘をついてもしょうがないかな。


 フェルル、いい子みたいだし。


「私、武器と会話ができるの。だから、さっきから独り言してるように見えたかもしれないけど、ずっとこの槍と話してて……」


「武器?! 武器とお話ができるの、ルイ?!」


 フェルルの顔に再び熱が戻る。


「う、うん……」


「すごい! そんなの初めて聞いた! どうやってるの? 私にもできる?!」


 すごい圧で目と鼻の先まで迫るフェルル。


「えっと……。何か特別なことをしたわけじゃなくて、生まれつきなの。だから、どうやってるかは私にもわからなくて……」


「……そうか。残念」


 フェルルはガックリと言う文字が見えそうなほど肩を落としてしまう。


「あの、フェルル? フェルルは私の言うこと嘘だと思わないの?」


「……嘘なの?」


「あ、いや! 嘘じゃないんだけどさ。こんな話、信じてもらうことなんてほとんどないから……」


「……思わない。ルイはいい人」


「そっか、ありがと」


「……着いた、ここが私の家」


 私が案内されたのは、これまでの貧しそうな家屋とは不釣り合いなレンガ造りの大きな屋敷だった。

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